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私は逃げない ある女性弁護士のイスラム革命
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | ランダムハウス講談社 |
発売年月日 | 2007/09/12 |
JAN | 9784270002513 |
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私は逃げない
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商品レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
あらすじ 謙虚な筆致ながら、情熱と人間への深い愛によって書かれた本書は、 悲しみと喜び、ノスタルジアと希望が、それぞれ等しくまじりあったユニークな回想録である。 中東の中央に位置し、世界的な事件の渦中であやうく平衡を保つイランに踏みとどまり、 愛する祖国の「心」を求めて戦う一人の傑出した女性の物語は読者をひきつけてやまない。(アマゾンより) 1950年代のシャーの統治と1970年代におけるイスラーム革命。激動のイランを生きたイラン初の女性判事であり、イスラム革命による失職後には人権問題の弁護士として活躍。2003年にはノーベル平和賞を受賞している。 イスラム革命以降のイランイスラム共和国では、女性の人権侵害が大きな問題となっていた。本書では、男性三人による11歳の少女の強姦事件が書かれている。男性三人が11歳の少女を強姦し、殴る蹴るの暴行を加えて末に崖から突き落として殺害。主犯格は死刑となるが、刑務所でなぞの自殺。ほかの二人は、一人は脱獄、もう一人は再審となった。(三人の一人がいわゆる権力者の親戚だったということらしい) しかし注目すべきは、この事件では被害者である少女の家族も罰せれたということである。イランイスラム共和国では、男性は女性の二倍の価値があるとされ、損害賠償請求も二倍となる。死刑にも損害賠償請求が適応されるので、被害者女性の遺族は加害者男性の家族に賠償金を払うことが求められ、名誉を守るため泣く泣く財産を全て擲って損害賠償をしたという。 これがイランにおける女性の置かれている状況であり、彼女の闘う理由である。 最近のイスラームフェミニズム関連で読むサバ・マフムードなどでは、リベラリズム的人権をイスラーム世界に持ち込むという暴力性を指摘していた。 しかし、イランにおけるこのような状況に対して、どう応答することができるのだろうか。 たぶん鍵となるのは、イスラーム=イランイスラム共和国ではないということであろう。イスラームを簡略化し、単一的なステレオタイプのイメージの一つとするのではなく、多面的なものとして理解することが重要。イランイスラム共和国では、コーランによりどころを求めてはいるものの、これもあくまで一つのイスラーム概念で言うイジュティハード(解釈)の一つに過ぎない。イランの例を引き合いに出し、イスラーム=劣っている統治形態とするのは、文明の衝突論者と同様の問題性を内包する。イスラームとは何かと問い続ける営み、それこそがイスラーム圏において求められることではないのだろうか。 著者の主張は、ある意味でアメリカの「西洋VSイスラーム」という構図の再生産に寄与している部分はあると思われる。 イスラームフェミニストのライラ・アブールゴッドは 「われわれがすべきことは、差異を尊重し、認識するための努力です。差異は異なる歴史の産物であり、異なる状況の表れであり、異なる形で構造化された欲望の表明であります。」と述べ、異なる宗教や伝統のなかで成長した女性たちは、「自由」と呼ばれる何かを、第一の理想とはしないかもしれない、と議論する。(『グローバル権力から世界を取り戻すための13人の提言』) しかし著者の問題提起は、イスラームフェミニズムの理想論的側面や相対主義の泥沼に陥ってしまう部分に対して、痛烈な批判となっている。相対主義の陰に隠れて行われている不公正は見逃されていいのか、そう問われている気がした。アカデミックな部分で批判することはある意味で容易であり、彼女のように抑圧されながらもイランに留まり、名もなき人々のために闘い続けた姿勢からは、示唆されるものは大きい。 イスラームフェミニズムが相対主義の泥沼に陥らないためには、差異を前提とした社会を意識しつつも、現実として目の前に存在する絶対的不公正をどう解決できるかにかかっている。象牙の塔で留まっていてはいけない。 「それがイスラームの伝統だから」という相対主義では、11歳の少女に対する暴力は正当化されえない。 著者は、宗教と政治は分離すべきだと主張するが、そうではなくイスラームの枠組みや体系の中で人権を議論することはできないものだろうか。 そういった意味で、大きな宿題をもらった図書であった。 それにしても著者の生き方や賢明に不正義に立ち向かう姿勢には、ただただ感服するしかなかった。
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アカデミー平和賞を受賞された女性 イラクの女性抑圧的な政治に立ち向かった女性 職を失ったり、投獄されたり・・・それでも女性であることを諦めなかったシリン・エバディさん 彼女の心の強さは、世界の女性に光を・・・
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(2008.02.01読了) この本は、日経新聞夕刊の書評で興味を持ち、神さんにクリスマスプレゼントとしてお願いしました。プレゼントをいつまでも積んでおくわけにも行かないので、読みました。 一年に100冊以上の本を読みますが、衝撃を受ける本は、一冊か二冊です。 この本は、衝撃を受...
(2008.02.01読了) この本は、日経新聞夕刊の書評で興味を持ち、神さんにクリスマスプレゼントとしてお願いしました。プレゼントをいつまでも積んでおくわけにも行かないので、読みました。 一年に100冊以上の本を読みますが、衝撃を受ける本は、一冊か二冊です。 この本は、衝撃を受ける本でした。紹介してくれた人に感謝したいと思います。 1970年ごろから2004年までのイランで何が起こっていたのかをイラン内部で暮らしていた人が書いたものです。判事として暮らし、結婚し、子供を生み、パフラヴィー王朝の独裁体制を倒したと思ったら、イスラム教による宗教政治が始まり、女性に対する差別、西洋流知識人に対する迫害が始まってしまった。 著者は、イスラム教の解釈の範囲で、可能な限りの女性差別撤廃、人権擁護のために弁護士として戦ってきた。 著者自身も、政府側の罠にはめられ、逮捕され、二回の公判の後、保釈金?を支払って釈放されている。 ●宗教は解釈次第(186頁) 私は宗教と政治は永遠に分離されるべきだと信じていた。なぜなら基本的にはイスラム教といえども他の宗教同様、解釈の問題であるからだ。イスラム教は女性を抑圧するようにも解釈できるし、解放するようにも解釈できる。理想的な世界にいれば、気まぐれな解釈に引きずられないことを選択するだろう。なぜなら神学論争の両義性は螺旋形を描きながら7世紀までさかのぼるもので、決定的な解釈は不可能だと思われるからだ。 (女性を抑圧しようという解釈を正当化しようとするのは、そのほうが都合がいいと考える人がいるから、ということです。宗教の問題ではなく、人権の問題なのです。) ●1997年大統領選挙(221頁) 70パーセントの票を獲得したハータミーの驚異的圧勝は、変革を求める大衆の意思表示に他ならない。人々は改革より新生イランの誕生を待ち望んでいるらしい。法典からの女性差別法完全撤廃と経済的な腐敗の根絶を願っている。 憲法は大統領に限られた権限しか保障していないことを知らないのだろうか。選出すらされていない聖職者たちが政策を決定し、大統領は蚊帳の外におかれていることを知らないのだろうか。 ●決定権者(229頁) イランではホメイニー師が創案し確立した聖職者統治権「ヴェラーヤテ・ファギー」に基づき、すべては最高指導者に決定権がある。 著者 シリン・エバディ 1947年生まれ テヘラン大学法学部卒業 1970年3月 イラン初の女性判事となる 1979年 イスラム革命により失職 弁護士として復帰 2003年 ノーベル平和賞受賞 (2008年2月11日・記)
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