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グランド・フィナーレ 講談社文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社/講談社 |
| 発売年月日 | 2007/07/12 |
| JAN | 9784062757751 |
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グランド・フィナーレ
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グランド・フィナーレ
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商品レビュー
2.9
67件のお客様レビュー
すごいです
第132回『芥川賞』受賞。妻とは離婚、最愛の娘と会うこともできず、故郷「神町」へと帰った主人公。その、どうしようもないロリコン男をめぐる物語。違和感と気持ち悪さを感じるのに、読み止められない。すごい本。
abtm
「水たまりに映じた我がご面相は、絶え間なく生ずる波紋のせいで歪みまくり、ぴちゃぴちゃいう微かな唸り声を発しながら自問自答を繰り返している」 すごい表現だと思う。現状を説明しているだけでなく語り手が地面に生まれている水たまりを見てしまうほど、前を見ることなんてできないような心理状...
「水たまりに映じた我がご面相は、絶え間なく生ずる波紋のせいで歪みまくり、ぴちゃぴちゃいう微かな唸り声を発しながら自問自答を繰り返している」 すごい表現だと思う。現状を説明しているだけでなく語り手が地面に生まれている水たまりを見てしまうほど、前を見ることなんてできないような心理状況であることが分かる。娘を一目見るため、端から見たら犯罪まがいの行動をして見せているにもかかわらず、自らの企みは何一つ成功していないどころか、その企み自体に大きな欠点があったのだ。何がいけなかったのか、どうすれば上手くいくのか、なぜパパの権利を失ってしまったのか、なぜこんなにも愛している娘の顔一つ見られないのか。幾度も行ってきた、現状を作り出してしまった自らや他者の行動の振り返りは語り手にとっても、歪みを有し唸りを上げてしまうほど辛いものなのだろう。 語り手が写真の一枚でも見たことのないIの少女時代を容易に思い浮かべられているが、実際に彼と同じような嗜好を持つ人々にとって、それは本当に容易なのだろうか。少し気になるな。これが健全な喩えなのかどうかは些か怪しいものがあるが、幼少期に親戚の叔父さん叔母さんから、大人に成長したら絶対に異性にとって魅力的な顔立ちになりそうだねって言われるのと同じなのか。人が成長していく過程を大人は知っているからこそ、子供がどのように成長していくかを想像でき空想の大人を創造できるのだとすれば、自身を含む複数の子供の様子を知っているかつ興味がある人は、語り手のように大人から逆算して顔を合わせたことのない子供を創り出せるのかも知れない。本文中の当該箇所を読み、すごいことしてるなと思ったけど、こう考えてみれば世間で行われており、まったくもって問題の無いとされている考えと大差無いのかも知れない。確かな小差はあるんだけども。いや、やっぱ大差だわ。そんな感じで小児性愛者の片鱗を見せる語り手なんだけど、なんか足りない。それを意図的に見せないようにしているのだろうか。 ちょっと凄すぎる作品だな(小並感) 物語の全ては語り手にとってことごとく残酷。本作のフィナーレは誰にとってのフィナーレなのか。今のところは誰のものでもないと思えてしまうが、本昨のタイトルは間違いなく『グランド・フィナーレ』なのだから、誰かにとってのフィナーレなのだ。そう考えると、物語終了時点で既にフィナーレを迎えているといえる。この先、語り手がどんな行動をしたとしても、迎える結末は同じ。そう言えるだろう。そう言えてしまう。女優二人による壮大なフィナーレは決まっている。語り手の介入があったとしてもその決定は覆ることのないんだろうな。この考えが間違っていると一蹴してもらいたい気持ちがあるが、そんな生やさしいものなんかじゃないと信じている自分もいて、そもそも少女二人の結末への道を切り開いたのは彼女たちではなくて、世間含む他人なのだ。だからこそ、彼女たち以外の人間にそれを願う資格なんて持ち得ないんだよ。 物語の終演は、麗しく清廉な友情で結ばれた二人の女優による短い演劇の開演を告げてしまったのだ。 言葉にならない衝撃や感動が各所に散りばめられ、理解したくないのに理解しようとしてしまうほど美しい言葉や演出で描かれる本作のフィナーレは、本書を過去最大の読書体験であったと大きく胸を張って言わせる。残り数十ページを迎えたタイミングで、「本当に残りわずかなページで結末を迎えられるのか」と心配になったが、当然の如く杞憂に終わった。そこから先を描く必要が無かったからだ。 旅先のこぢんまりとした古本屋で出会った本書が、今後の人生においても大切にしたいと思えるほどの衝撃を与えてくれたという事実もまた、私の人生に大切な記憶として刻まれることとなるだろう。
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『グランド・フィナーレ』は、「視る」という行為を主題に据えながら、デジタルとアナログの対比を巧みに織り込んだ作品である。文章は驚くほど軽やかで読みやすい。しかし、その軽やかさの奥に不穏なものが潜んでいる。 とりわけ印象的なのは、少女への偏愛というモチーフがあからさまには語られな...
『グランド・フィナーレ』は、「視る」という行為を主題に据えながら、デジタルとアナログの対比を巧みに織り込んだ作品である。文章は驚くほど軽やかで読みやすい。しかし、その軽やかさの奥に不穏なものが潜んでいる。 とりわけ印象的なのは、少女への偏愛というモチーフがあからさまには語られない点だ。むしろ書かれないことによって、その欲望の存在がかえって不気味な輪郭を帯びてくる。視線のあり方そのものが問われる作品だからこそ、この抑制された描写は効果的に機能している。 一方で、第二部は最後まで可視化を拒むような構成を取る。読み終えてみると、最後まで視ることを欲した主人公は,本質的には何も変わっていないのではないかという疑念が残った。少なくとも私には、この物語を贖罪の物語として読むことはできなかった。 曖昧さが作品の魅力でもあるがゆえに、周囲の登場人物たちが説明的で、あまりにも「まとも」に配置されていることが気になった。主人公の不透明さを際立たせるための装置として機能しているとも言えるが、その分だけ人物造形のバランスを欠いているようにも見える。 総じて、優れた作家による意欲作であることは疑いない。だからこそ、その卓越した筆力に比して目につく疵が、かえって強く印象に残る作品だった。
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