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たましいのこと 十牛図で考える人生
定価 ¥1,980
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | ユビキタスタジオ/ユビキタスタジオ |
発売年月日 | 2007/06/25 |
JAN | 9784877585105 |
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たましいのこと
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【きっかけ】著者のほかの本がおもしろかったため/人生の流れ、のようなことの解説に興味があるから タロットカードの図柄を見るように、十牛図の絵を解釈していくような本。いまの自分には理解が難しい部分もある。牛(能動的な自分)にのみ若者(受動的な自分)が見つけられる、というのがおもし...
【きっかけ】著者のほかの本がおもしろかったため/人生の流れ、のようなことの解説に興味があるから タロットカードの図柄を見るように、十牛図の絵を解釈していくような本。いまの自分には理解が難しい部分もある。牛(能動的な自分)にのみ若者(受動的な自分)が見つけられる、というのがおもしろい。
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P50 忠誠の錬金術師たちは、しばしば「女性の所有」ということを目標にしたという。これは受容性というものを外界に託さず、自身の中に組み込み、精神的な意味で両性具有となるという意味である。これも客観意識の獲得のいうことと同義語だ。 P94 外界に対して完全ではないが、ある程...
P50 忠誠の錬金術師たちは、しばしば「女性の所有」ということを目標にしたという。これは受容性というものを外界に託さず、自身の中に組み込み、精神的な意味で両性具有となるという意味である。これも客観意識の獲得のいうことと同義語だ。 P94 外界に対して完全ではないが、ある程度独立した人類の生活。この背後で、より大きな自然リズムから孤立して、異なる秩序のもとで働くようになった国家という共同体と、カレンダーという固有の時間リズムの作成などが安全な家造りに貢献したのは言うまでもない。カレンダーづくりは、いつの時代でも支配者の支配権を見せつけるための必須項目だった。 P114 わたしたちは自己というものを追求する旅で、自分の牛には関係がないと思われた他人の牛の足跡を切り捨て、自分の牛の足跡のみを追跡するという第二図の体験を経過した。そうやって自己という第七図の帝国ができあがった。そこから出て行くときに、第二図で捨てたノイズが、こんどは反対に第八図では拾われていく。これは私の牛の足跡ではないと、たくさんの牛の足跡を捨てて第三図に向かった牧人は、第七図から出て、第八図の路上に戻ったとき、他人の牛の足跡も、これは自分の牛の足跡だったというのである。 横山式に言うと、個から、全体の生命の器に入れ替えられたので、自己という意識の器がより大きくなり、もののみかたが変わってしまった。 近代以降のわたしたちは、人間という自我に閉鎖しているので、わたしたちよりも上位にあるものを認識することはないし、下位にあるものを生命とは認めなかった。人体ではこの連鎖する生命圏が脊髄に対応していて、この大きな鍵盤の中の一つ、人間の位置に割り当てられる部分のみを拡大して、脳ができあがるのだとシュタイナーは説明していた。 里は、この鍵盤の中の一つが過大に増大した脳の球体の中にある生活であるが、そこから出て、須弥山にいたるというのは、人があらためて、宇宙的な階層構造の中での自分に位置づけを取り戻すことを示していたのである。脳という腫れ物がしぼんで、脊髄の中の一部に戻り、この生命圏の連鎖の全体像がクローズアップされるのである。 P128 集団社会から離れて、山に向かい、そこで第四番目の人格を得て、また里に下りてくる十牛図の行動パターンは、春に山から下りて穀物の育成を助け、秋になるとまた山に戻る山の神と同じ動きだ。
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