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17歳のための世界と日本の見方 セイゴオ先生の人間文化講義
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 春秋社/春秋社 |
| 発売年月日 | 2006/12/25 |
| JAN | 9784393332658 |

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17歳のための世界と日本の見方
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商品レビュー
4.1
120件のお客様レビュー
中学時代にお世話になった英語の先生の推薦書。 松岡正剛先生によって、日本と世界の成り立ちや現在起きている問題はそもそもどこが発端なのかなどが語られている本。私は自分が人より多少は多くのことを知っていると思っていたが、自分の無知を思い知らされる一冊となった。 特に、理系の道を進んで...
中学時代にお世話になった英語の先生の推薦書。 松岡正剛先生によって、日本と世界の成り立ちや現在起きている問題はそもそもどこが発端なのかなどが語られている本。私は自分が人より多少は多くのことを知っていると思っていたが、自分の無知を思い知らされる一冊となった。 特に、理系の道を進んできた私にとって、宗教編成史や世界史を編集工学という視点から見ている本作は非常に面白くあった。しかし、その内容を理解するには一回で読み切ることもできず、もう一度読み直す必要があると私は感じた。もう一度読み直す際は、さらに知識をつけたうえで話を読むようにしたい。
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学校の授業には、生徒の理解力や教師の個性による、独自の空気感やリズム感のようなものがある。時々、理解が追いつかなかったり、別のことを空想していたりで、そのリズムに乗れない。で、ぼんやりしていると「脱線」みたいな話に急に引き込まれる。1コマ、理解してもしなくても、「聴き取った部分だ...
学校の授業には、生徒の理解力や教師の個性による、独自の空気感やリズム感のようなものがある。時々、理解が追いつかなかったり、別のことを空想していたりで、そのリズムに乗れない。で、ぼんやりしていると「脱線」みたいな話に急に引き込まれる。1コマ、理解してもしなくても、「聴き取った部分だけ」頭に残す。これは、難しい本を無理矢理読み切る時の感覚にも近い。 セイゴオ先生の授業は、その碩学な知識に導かれ、あちらこちらと縦横無尽。懐かしい脱線みたいな話もあり、何だか大人になってから給食の揚げパンをゲットしたような嬉しい懐かしさ。授業を百パーセント理解したなんて、昔も今も言えやしないが、それで良かったのだろう。思えば授業中に教師の話をまともに聞いた事など数少なく、勝手に受験勉強している学校だった。脱線だけ、聞いていたのだ。 ー しかも枯山水は水を感じたいがゆえに、あえて水をなくしてしまっている。つまりそこには「引き算」という方法が生きているんです。それが新しい美を生んだ。私たちは極端な消費生活をしていて、何でもポンポン買っていますが、これは「足し算」の社会です。しかし、ときには「引き算」のほうがずっといいときもある。ずっと美しいときもある。このこと、よくよく考えてみてください。 もしかすると、学校の授業は、単なる知識をベースにしながらも「道徳」や「美的感覚」に触れずにはいられない。人に教えるというのはそうした素地の上で成り立つものでは、と今更ながら気付く。化学や歴史、全ての教科に通ずる事だ。偏見を述べる事が如何に非教育的かという事にも同時に気付く。 ー 少しずつ教団としてのルールなども定めていきます。たとえば個人で守らなければならない「戒」と、集団で守る「律」とを決めていった。 ー 「死海文書」のなかに、「善の教師」(義の教師ともいいます)というリーダーのことが描かれていることがわかってきました。この人物は、クムラン宗団のなかでは神から遣わされた預言者とされていて、なんと紀元前五〇年ごろに処刑されているんです。うーん、誰かに似ていますねえ。残された人々は、「善の教師」の復活をじていたといいます。ということは、ここには救世主への期待、救世主への信仰がすでに見られるというわけですね。まさにイエスについてキリスト教が伝えている話とそっくりです。それならば、では、イエス・キリストは「死海文書」が描く「善の教師」のような人物だったのか、どうかです。もしそうだとすると、「死海文書」の成立した年代と、イエスの活動した年代にズレがあって、そこをどう考えるかが問題になる。はっきり言ってイエス以前に「死海文書」が先に成立したものと思われる以上、イエスの死と復活の話は、あとから「善の教師」のイメージに合わせてつくられたものとしか考えられなくなるんです。そうだとすれば、キリスト教というものは、ユダヤ教徒たちのなかでも、最も心深い一派の人々が育んでいた救世主信仰を、換骨奪胎することで成り立っていったということになります。 物語は、換骨奪胎かも知れない。しかし、道徳は意図せず感染していくはずだ。それは多分、教育や伝道における基本的な作用だからだ、という気がした。
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多様な歴史の見方を知ることができて面白い。 歴史と文化が現代とどのようにつながっているのかが知ることができて面白い。 今の自分は歴史の延長上にあること、様々な文化の地層の上に立っていること、先人たちの思想の影響を受けて「今」の私が形成されているのだと感じた。
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