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ディキンスン詩集 海外詩文庫2
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 思潮社 |
| 発売年月日 | 1993/06/01 |
| JAN | 9784783725015 |
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ディキンスン詩集
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ディキンスン詩集
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エミリー・ディキンスンの詩集ですね。 訳は、日夏耿之介・安藤一郎・新倉俊一・岡隆夫 詩人論 エミリー・ディキンスン論 アレン・テイト(訳・新倉俊一) エミリー・ディキンスンの回想 T・W・ヒギンスン (訳・高田宣子) 編者解説 (新倉俊一) 女性詩人の原型(プロト...
エミリー・ディキンスンの詩集ですね。 訳は、日夏耿之介・安藤一郎・新倉俊一・岡隆夫 詩人論 エミリー・ディキンスン論 アレン・テイト(訳・新倉俊一) エミリー・ディキンスンの回想 T・W・ヒギンスン (訳・高田宣子) 編者解説 (新倉俊一) 女性詩人の原型(プロトタイプ) 年譜 作品番号順検索 エミリー・ディキンスンの詩は、生前に出版されることがなかった。死後に草稿が見つかって、纏められたために、作品に番号がふられている。 「131番」(訳・新倉俊一) 詩人たちの歌う秋の他にも わずかな散文的な日々がある 雪よりすこしこちら もやのあちら わずかなきびしい朝 わずかな禁欲的な夕べ ブライアントの「あきのきりんそう」も トムソンの「稲束」もない 小川のざわめきは止んで かぐわしい花弁も封印され 催眠術の指先が 軽く妖精たちの目をさわる たぶん まだリスが一匹とどまって この気分を私とわかってくれるだろう ああ神よ 私に日の当たる心を恵み あなたの風の意志にたえられるように! 「668番」(訳・新倉俊一) 「自然」とは目に見えるもの 丘 午後 リス 日食 マルハナバチ いや 自然は天国だ 自然とは耳に聞こえるもの 米食い鳥(ポポリンク) 海 雷 コオロギ いや 自然は調和だ 自然とはよく知っているもの たがそれを表すすべを知らない 私たちの知恵は 自然の単純さにまったく無能だ 「750番」(訳・新倉俊一) ひとの成長は 自然の成長のように 内側で引力に引かれます 大気と太陽がそれを保証しますが それはただ一人で動き出す 各自が困難な理想を 自分で達成しなければなりません 沈黙の生活という 孤独な勇気を通して 努力だけが条件です 自己に耐えること 逆境に耐えること それに完全な信念だけが 傍観することは 回りのひとたちの役割です けれども自身の行為は だれの支援もうけられません 1886年に亡くなる。死後に妹が清書して束ねられた四十六束の原稿を見付ける。今日では他人の所有も含めて、一、七七五篇の詩作をしたことが明らかになっている。 エミリーは、生前に詩集を出そうとしたが、まだ、世間が女性詩人を受け入れる準備が出来ていないのと、エミリーの詩風が時代を先取りしていて、受け入れる様相を呈していない為に、断念したようです。 ホイットマンと似ていますね(ホイットマンは、理解を得られなくとも、協力者の元で出版をしましたが…!)。亡くなって詩稿が見付かるのは、金子みすゞさんを彷彿させます。 女性詩人の先魁として、幾多の文人、詩人たちに影響を及ぼした、栄光と悲惨をこの詩集を通して読み取る事が出来るのが幸甚ですね。
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「生前には1冊の詩集すら出版されることはなく」「女性詩人の原型」という惹句で手にした本。 ただし、英米詩どころか詩自体に詳しいわけでもないし、そもそもこの詩人のこともな~んにも知らない (^^;) ので、①解説②詩人論③作品の順に読んでみた。 …ところが①②ともよく分からず。...
「生前には1冊の詩集すら出版されることはなく」「女性詩人の原型」という惹句で手にした本。 ただし、英米詩どころか詩自体に詳しいわけでもないし、そもそもこの詩人のこともな~んにも知らない (^^;) ので、①解説②詩人論③作品の順に読んでみた。 …ところが①②ともよく分からず。①は訳編者によるものだけど、「作詩者エミリー・ディキンスンを主人公にした劇作があること」「ミクロコスモスとマクロコスモスの対比が作風の特徴」「(自身を含め)複数の訳者の翻訳を収録したのは、訳者による語感の違いを味わってもらうため」しか分からんかった。 ②にいたっては、冒頭に「偉大な詩は、特に難解な面を持つ必要はない。」とあるが、皮肉なのかこの評論は難解である。分かったことは、ディキンスンの詩はピューリタニズムに裏打ちされていることくらい。 そして、核心の③。これもやはり難解…。生前に出版されていないので、各作品にタイトルはなく、番号が付いている。また、複数の訳者のうち、訳編者の新倉のものが大半を占める。 作品番号400番台前後~900番台あたりは、何かに憑かれたように抽象的・観念的で、現実感・生活感はほとんど感じられず、理解もできないので、俺には心に刺さりにくい。「こまどり」「蜜蜂」「塵」「花」などの自然に関する頻出ワードが、「死」「墓」などの宗教的・観念的な頻出ワードのメタファーとかになっているのかもよく分からない。 これが1000番台あたり以降になると、憑き物が落ちたかのような、何か精神的に開けた風になって、少し馴染みやすくなった。 別の訳者・岡隆夫になると、基本女性ことばになるのでガラッと印象が変わるのが面白い。岡訳には新倉訳にあった抽象性・観念性が比較的薄く、日本語も分かりやすいのでとっつきやすい。両方を読んで比較すると、味わいの違いに大差があるのがよく分かるが、原著者の精神的な位置がどこにあるのか分からなくなる感が-。
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時折、思いつきに、気まぐれに、ページを繰って、そこの詩を読む。 自分でも気がつかない悩みを発見したりする。 その偶然をしばらく楽しんでいます。
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