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落語家円菊 背中の志ん生 師匠と歩いた二十年
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商品詳細
内容紹介 | |
---|---|
販売会社/発売会社 | うなぎ書房/ |
発売年月日 | 2001/05/01 |
JAN | 9784901174077 |
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落語家円菊 背中の志ん生
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商品レビュー
4.5
4件のお客様レビュー
★落語家はいくらか狂ったところがないといけない ★哀悼/2012年 去る10月13日に、二代目 古今亭円菊が84歳で亡くなりました。師匠とは縁あって高座以外でもお付き合いがあった身として、ひとこと悼辞めいたものを。 1928(昭和3)年4月29日に静岡県島田市に生まれて、19...
★落語家はいくらか狂ったところがないといけない ★哀悼/2012年 去る10月13日に、二代目 古今亭円菊が84歳で亡くなりました。師匠とは縁あって高座以外でもお付き合いがあった身として、ひとこと悼辞めいたものを。 1928(昭和3)年4月29日に静岡県島田市に生まれて、1953(昭和28)年7月に人気・実力とも最盛期絶頂期にあった名人と称される五代目 古今亭志ん生に入門。この本は、その出会いから別れまでおよそ20年間、ことに最晩年の3年ものあいだそれこそ文字通り《背中の志ん生》=志ん生を背中に負ぶって、志ん生師匠のためなら死んでもいいとまで惚れ込んだ一番弟子円菊の思い出たっぷりの激白です。 円菊入門から8年目、師匠の志ん生は1961年暮れに落語の実演の真っ最中に脳溢血で倒れて半身不随の身になってしまいます。それでも高座への執念を捨てず不自由な身体を押して上がろうとする志ん生を、寄席へ背負って連れていって高座に座らせるまでの一部始終を手足となって一身に尽くしたのが彼でした。巷におんぶ真打と円菊を揶揄したこともあったようですが、ならばそういう連中は自分の師匠なりを三年間も誠心誠意とことん朝から晩まで面倒見てから・・・止めましょう。 名人の誉れ高い志ん生の本はあまた書かれていますが、志ん生の真横もしくは真下にいて、つまりもっとも一番近くにいた人間として、単なる弟子としてでなく息遣いや汗や涙にまみれた他の誰も知らないナマの志ん生を、活き活きと赤裸々に描いた貴重な本でもあります。 ここには、普通に高座で見聞きしたり、お付き合いのあった著名人や評論家からの視点では味わえない、まったく違う志ん生の顔が見え隠れするかもしれませんが、またさらにいっそう志ん生が好ましく思えてくる気がします。 円菊は前座で生次、入門4年目の1957(昭和32)年3月には六代目 むかし家今松と改名して二つ目に昇進。そして66(昭和41)年9月に真打になって二代目 古今亭円菊を襲名。失礼ながら、江戸落語のちゃきちゃきのきっぷの良さとは縁遠い芸風でしたが、好きなボクシングから移入した派手な身振り手振りや、口元爽やかな笑みを浮かべた艶っぽい口演で円菊落語を開花し完成して絶賛を浴びたのでした。1975年には手話落語を創出、長く全国の老人ホームや刑務所を慰問・ボランティア活動をされました。古今亭円菊は名人ではなく偉大な落語家として後世にも語り継がれると思います。
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誰にでも「楽」になるきっかけはある。 しかも本当に目の前に。 今は寄席に出てらっしゃらないようだけど、 圓菊師匠の噺聴いてみたいなあ。
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作者が「むかし家今松」時代、師匠の志ん生が、脳溢血で倒れた。 半身は不随になったけれど、おしゃべりはできた。だから、また噺がしたい、という志ん生をおんぶして、寄席に通ったという。イヤダイヤだと思いながらお...
作者が「むかし家今松」時代、師匠の志ん生が、脳溢血で倒れた。 半身は不随になったけれど、おしゃべりはできた。だから、また噺がしたい、という志ん生をおんぶして、寄席に通ったという。イヤダイヤだと思いながらおんぶすると、すごく重い。神様がくださった苦労だと思うと、とたんに軽くなる。とはいえ朝から家事一切やって、師匠の身の回りの世話をして、夜は自分の噺をしに行くんだけれど、その頃には、疲れ切ってうまくやれるわけがない。なんて自分で言ってる。いくら修行、勉強とはいえ、そこまで尽くす弟子も偉いし、尽くされる師匠も偉い。志ん生の落語だけ聴いていると、なんかちゃらんぽらんな感じがするけれど、勉強熱心で、弟子の世話もちゃんとしたらしい。そういう姿を毎日見ているから、この人のためならって、思えるんでしょうね。
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