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時空蒼茫
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時空蒼茫

高橋英夫(著者)

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時空蒼茫

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 講談社/
発売年月日 2005/10/25
JAN 9784062131452

時空蒼茫

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2013/03/06
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東京生まれ、東京育ちというのは羨ましいな、というのが読みはじめてすぐに思ったことだ。高橋英夫の生まれた田端は田端文士村として知られるところ。芥川や室生犀星、朔太郎も少しの間住んだことがある。東京に生まれ育ったからこそ、幼児の記憶を頼りに、坂や崖の多い東京の町を散策しながら、それらの町を舞台にした数多くの文学作品について触れることができる。江戸時代まで遡ればなおさらだ。 そうした記憶に残る場所(トポス)を求めて蹣跚と町を歩き、今に残る名所・古蹟を(発見/再発見)しては、書きとめていったのが荷風散人の『日和下駄』である。高橋は荷風の顰みに倣い、自身の記憶に残る田端近辺の土地を「夕陽のトポス」と名づけ、あらためて訪ね歩いてみることから、この長編評論をはじめている。 それは著者の(記憶/忘却)の跡をたどることでもある。(記憶/忘却)のあわいから立ち上ってくる感覚や思念を拠り所にしながら、まるでしりとり遊びのように想像の翼を広げ、時には余談に走り、かと思うと思いもかけない飛躍を試み、まるで宝探しのように別の作家、異なるジャンルへと飛び移る。 田端界隈の夕陽のトポスから始まった連想は、夕陽、赤へと移ることで、荷風から『夕暮れまで』の作家吉行淳之介へ。『砂の上の植物群』から作家が題名をその絵からとったクレーへ。赤とんぼ、原っぱから子どもの時に遊んだ三角屋敷へと進んだ連想は鶴屋南北『四谷怪談』「深川三角屋敷の場」に至る。 とりとめのない連想ゲームのようでいて決してそうでないことは、その繋がり方の妙味にある。著者は、駆け出しの批評家の頃、河上徹太郎の『有愁日記』に出会い、愛読する。「連載評論だったが、主題や対象は一回ごとに論証、連想、迂回、飛躍などによって入れ替わったり、ずれたりした」と、あとがきでふり返っている。融通無碍といえる連想や飛躍の妙こそ、高橋が河上から学びとったものだろう。 しかし、芸術的な連想から引用された文章や絵画、音楽から著者自身の幼少時の記憶が時空をこえて甦り、彼岸と此岸、過去と現在を結び合わせる手法。たとえば、房総の海での夏休みの記憶を縁に、堀辰雄の『麦藁帽子』、森類の『鴎外の子供たち』から当時の堀辰雄や鴎外一家の房総の夏の暮らしを眼前に浮かび上がらせるその呼吸は、著者独自のもの。末子の類の目に映る鴎外の姿や内房の海の何と生き生きとしていることか。 『有愁日記』のようなものが書きたいと思って書いたのが、前作の『藝文遊記』。『時空蒼茫』は、それよりさらに「一歩か二歩踏みこんだ文学言語の試み」であると高橋は述べている。一般に評論の骨法は「実証や論証。カードの置き換えと組立と推理」によって形づくられているという。それら評論的とされる方法以外の「題材や夢、想像や回想、余談や逆戻りといった操作を盛りこみ、すべてを混ぜ合わせ、融かしこみながら」「何の実用の役にも立たないもの」を目指して書かれたのがこの本である。 それは、もはや評論というジャンルを超え「文学言語の試み」としか言えないものに昇華していると言っていいだろう。それにしても、同じ学校の三つ上で、その頃田端の隣町にあたる駒込に住んでいた澁澤龍彦のエッセイから、同じ三角屋敷という遊び場で遊んでいたことを知り、ひょっとしたらどこかですれ違っていたかもしれないと書けるのは、しつこいようだが地方に生まれ育った者には何とも羨ましい話である。

Posted by ブクログ

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