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深い泉の国「日本」 異文化との出会い 中公文庫
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深い泉の国「日本」 異文化との出会い 中公文庫

トマスインモース(著者), 加藤恭子(著者)

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深い泉の国「日本」 異文化との出会い 中公文庫

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 中央公論新社/
発売年月日 1999/02/18
JAN 9784122033511

深い泉の国「日本」

¥220

商品レビュー

4.5

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2010/04/24

著者のトマス・インモースは、スイス出身だが日本に在住するカトリック司祭であり、日本ユングクラブ名誉会長でもある。彼は、「神道とヨーロッパの先史時代とは共通のものを分かち合っている」という。スイスは、ケルト文明のひとつの中心地であった。それで、縄文的な心性が現代に残る日本という土地...

著者のトマス・インモースは、スイス出身だが日本に在住するカトリック司祭であり、日本ユングクラブ名誉会長でもある。彼は、「神道とヨーロッパの先史時代とは共通のものを分かち合っている」という。スイスは、ケルト文明のひとつの中心地であった。それで、縄文的な心性が現代に残る日本という土地で、少しずつスイスの過去に出会うようになった。日本という「深い泉」に触れることで、自分自身のルーツのより深い意味を見出していったというのだ。随所に、日本の民族芸能や神道儀式などへの、ユング心理学に基づく深い洞察がちりばめられており、刺激的だ。

Posted by ブクログ

2008/10/27

全く異なった文化をもつ民族の中にも、同じ人間から派生し進化してきたDNA(普遍的無意識)というものがあり、全く縁のなかった文化の中にふと懐かしさを感じたりするのはその所為であるという。その証拠に、個々の国の文化や伝承の中に、多くの共通点を見出すことが出来る。トマス・インモースもま...

全く異なった文化をもつ民族の中にも、同じ人間から派生し進化してきたDNA(普遍的無意識)というものがあり、全く縁のなかった文化の中にふと懐かしさを感じたりするのはその所為であるという。その証拠に、個々の国の文化や伝承の中に、多くの共通点を見出すことが出来る。トマス・インモースもまさに日本の能を見て、そして学んでいく中で自分の故郷スイスの文化の原型を発見するのである。 日本人というのは生粋のプラグマティストであり、実生活において自分たちの益のないものは切り捨てていく。そして外から入ってきた文化も自国に合った特異な結晶格子に加工してしまう。それゆえそこからさまざまな誤解が生まれてくるのである。たとえば宣誓や法廷などの言葉にはキリスト教の概念が背後に含まれているのだが、日本にこの言葉を持ち込んだとき、日本人は日本人独特の義理人情によって言葉の意味を加工してしまった。宣誓とはキリスト教国にとっては神にとの約束であり、それを破ることは最大の罪である。しかし、日本ではその神との契りという概念が省かれたために、時と場合によっては、その宣誓を破っても許される。それは義理と人情、忠君などの日本的価値観によって。それはなぜか?日本は八百万の神々がつかさどる国であり、その意味で超越した絶対的な唯一神はいないが、キリスト教の神は絶対的なものである。つまり、日本人は自分たちも神になれるのであり、神から人間が派生したわけではないのだが、キリスト教では、まさしく人間は神の被造物であるのだ。こういった背景を理解していないがゆえ、宣誓という言葉の本質もまた異なってくるということらしい。そして、その日本的意味合いの宣誓を外国でも当然の宣誓として用いることにより、宣誓という言葉の誤解が生じてくる。これは他の言葉や文化にも言える。 面白かったのは、煉獄と地獄について。キリスト教にとって、天国や地獄はひとつの状態であり、日本のように場所を意味するものではない。では、天国とはいかなる状態かといえば、神と一緒にいる状態であり、地獄とは神とともにない状態である。しかし、神と共にあるためには罪を背負ったままではいけない。ではその罪を贖罪していない人々はどこにいるのかといえば、煉獄にいるのである。死者が天国にいけるように、遺族がその者の罪を消すために祈るのだ。つまり、キリスト教においては煉獄についての怪談的なストーリーはたくさんあるのだが、日本のように地獄についての物語はない。なぜなら、地獄は神と共に魂がない状態、すなわち無であるからだ。なお、上に述べている、煉獄の概念はキリスト教の中でもカトリックの思想にあたる。プロテスタントは煉獄を持たない。よって死者のために祈ることもしないのである。そういえば、以前日本旅館の外国人女将である藤ジニーさんが自分の本に、「日本の墓参りという習慣がわからない。アメリカでは死者の墓に参りに行く習慣がない」というようなことを書いていたが、これはアメリカというよりもプロテスタントの教義であったということみたいだ。 僕はトマス・インモースなる人物をこの本ではじめて知ったのだが、大変興味深い人物であるとともに、とても面白い対談本だった。

Posted by ブクログ

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