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少年裁判官ノオト
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少年裁判官ノオト

井垣康弘(著者)

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少年裁判官ノオト

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 日本評論社/
発売年月日 2006/02/15
JAN 9784535515000

少年裁判官ノオト

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商品レビュー

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2021/07/28

少年Aの審判を担当した井垣康弘元裁判官による2006年の著書。ご本人による客観的な事実の羅列からも分かる、当局の意向。ご本人も感じただろうが、きっと当局は、井垣さんにこのような審判を担当させたくは、なかったのだろう。それでも制度上、本当に偶然が重なって、このように確固たる信念を持...

少年Aの審判を担当した井垣康弘元裁判官による2006年の著書。ご本人による客観的な事実の羅列からも分かる、当局の意向。ご本人も感じただろうが、きっと当局は、井垣さんにこのような審判を担当させたくは、なかったのだろう。それでも制度上、本当に偶然が重なって、このように確固たる信念を持った井垣さんが彼の審判を担当することになった。 この本を公刊された後の2015年、井垣さんは文藝春秋に、少年Aの審判の決定文を全文公開。これにより、井垣さんは神戸家裁からの抗議や弁護士会からの懲戒処分を受けた。 この「少年裁判官ノオト」を読むと、審判当時から、井垣さんは「決定文は社会全体で共有すべき」という信念を強く持っていて、決定文の公開範囲に関しても当時の所長と大喧嘩したことがわかる。少年審判そのものとその決定が非公開になっているのは少年のプライバシーなどが一番の理由ではないかと思うから、少なくとも元少年の許可などは必須じゃないか…とか私としては思うけれど、井垣さんには別の信念があるようである。 この本では、決定文公開に関するくだりだけでなく、配転されてから審判が終わるまでの限られた時間の中で、できたこと・できなかったことが、素直に書いてあった。 少年Aに関することは、前半三分の一ぐらい。他の様々な少年事件も取り上げられていて、井垣さんが、被害者に関する制度ができる前に、被害者の声などをなるべく取り入れる試みをしていたことがわかる。 家裁の同席調停を始めたのも、井垣さん。ただ、おそらく、この同席調停を始め、裁判所内の反対等があってもやめなかったことが、井垣さんが少年部配属となった原因であり、そして少年Aの審判を担当することにつながったことはまちがいなさそう。

Posted by ブクログ

2019/06/23

 裁判官もまた人間である。当たり前の前提だが、ぼくたちは、それに気付くことがほとんどない。井垣さんの手記は、決して目立ちたがりのよいこノートではない。まともな大人として、少年に出会い、少年を裁き、少年を生かす。そのために何を考え、何をしたか。  今、やはり、読みなおすべき本。  ...

 裁判官もまた人間である。当たり前の前提だが、ぼくたちは、それに気付くことがほとんどない。井垣さんの手記は、決して目立ちたがりのよいこノートではない。まともな大人として、少年に出会い、少年を裁き、少年を生かす。そのために何を考え、何をしたか。  今、やはり、読みなおすべき本。  ブログに書きました  https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/201906230000/

Posted by ブクログ

2014/03/30

 酒鬼薔薇聖斗こと神戸の「少年A」の担当裁判官(当時)による手記。  従来の少年法のもとでは、加害少年の保護・教育ばかりに熱心で、被害者の存在は忘れられていたにひとしかった。そんな中で、『少年裁判官ノオト』の井垣氏は修復的司法の考え方をとりいれ、少年加害者が被害者あるいは被害者...

 酒鬼薔薇聖斗こと神戸の「少年A」の担当裁判官(当時)による手記。  従来の少年法のもとでは、加害少年の保護・教育ばかりに熱心で、被害者の存在は忘れられていたにひとしかった。そんな中で、『少年裁判官ノオト』の井垣氏は修復的司法の考え方をとりいれ、少年加害者が被害者あるいは被害者遺族へ謝罪するとか、賠償金を支払い続けるとか、被害者に加害者がどうしているのか情報提供をするとか、そういった試みをしつづけた人で、この本にはそういった取り組みがていねいにつづってある。その考え方や、努力について、すばらしいと思う。  井垣氏が、少年Aの成育歴などもマスコミに説明しようと配慮したのだが、裁判所長によってその部分が大きく削られたというエピソードも初めて知った。犯行に至る経緯や、精神鑑定の結果などを知りうる立場にあった著者には、少年Aは、けっして「怪物」ではなかったのだろう。  しかし、重大な犯罪を犯した少年に対する世間の目は、いま大きく移り変わろうとしている。井垣氏が事件後に新聞に発表したコメント(少年Aが贖罪の念をかみしめながらよき社会人となる未来を夢みる、といった内容)には、嘲笑が浴びせられた。「山口県・光市母子殺害事件」では、「矯正教育による更生可能性」を理由に、死刑ではなく無期懲役を判決とした1審・2審に、世間は大きな不満の声を上げた。  いま世の中には、おとなしい子どもが突然殺人者に豹変するという恐怖がある。非行少年が消え、校内暴力も消えるなか、相対的に「理解不能」な少年犯罪が、世間から突出した注目を浴びるようになってきている。 「怪物」とは対話できない。ましてや教育や保護なんてもってのほか。必要なのは「排除」と「監視」だと、現代の世論は叫んでいる。しかし、この『少年裁判官ノオト』に示されている「対話」の姿勢は、ただ単に時代遅れの思想と片付けるには済まされない輝きを、たしかに放っているように、私には見える。

Posted by ブクログ

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