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目眩まし ゼーバルト・コレクション
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 白水社 |
| 発売年月日 | 2005/12/10 |
| JAN | 9784560027301 |

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商品レビュー
4.3
6件のお客様レビュー
10年ぶりに読み直すゼーバルト。 何度読んでも、拙い言葉で触れることさえ躊躇われる孤高の素晴らしさにため息がでる。 ある言葉が別な意味の言葉に徐々にスライドして行くことで、あるいは文章と絶妙に関係するかのような写真や画像のイメージ、それらのグラデーションが目が眩むほどの重層的な世...
10年ぶりに読み直すゼーバルト。 何度読んでも、拙い言葉で触れることさえ躊躇われる孤高の素晴らしさにため息がでる。 ある言葉が別な意味の言葉に徐々にスライドして行くことで、あるいは文章と絶妙に関係するかのような写真や画像のイメージ、それらのグラデーションが目が眩むほどの重層的な世界を生み出して、それらがさらに本の中や外の世界にある様々な断片とつながっていく。 ゼーバルトの言葉が解かれ、カフカやスタンダールの言葉と縒り合わされて、全く別な体験に変質していくこと。 そんなゼーバルトを読むことでしか得られない快楽がこの世にはあって、それを知らなかった自分とは比較にならない世界の豊かな表情を知る。(それは勿論心地よいだけの表情ではない。) 飲みながら、一晩中ゼーバルトについて語りあいたいのだけれども、誰か付き合ってくれませんか。いやマジで。
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スタンダールとカフカを始めとする過去の引用と自分の過去に旅する作者の物語が緻密に構築されている...ようなのですが正直なところいまいち無教養なわしには分からなかった...かな。難しいことを抜きにすれば作者自身が散りばめたコラージュ的な写真と文章の組み合わせはなかなか面白かったです...
スタンダールとカフカを始めとする過去の引用と自分の過去に旅する作者の物語が緻密に構築されている...ようなのですが正直なところいまいち無教養なわしには分からなかった...かな。難しいことを抜きにすれば作者自身が散りばめたコラージュ的な写真と文章の組み合わせはなかなか面白かったですね。 またそのうち読んでみようとは思いました。
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読む人によって変わってくる「目眩まし」 ナポレオン軍に従軍し後年は放蕩の末梅毒に悩まされたアンリ・ベールの旅「ベール あるいは愛の面妖なことども」、もの書きの「私」が非日常を求めてウィーンからイタリアへ現実と幻との狭間を旅する「異国へ」、国際会議出席のためウィーンを訪れたドクタ...
読む人によって変わってくる「目眩まし」 ナポレオン軍に従軍し後年は放蕩の末梅毒に悩まされたアンリ・ベールの旅「ベール あるいは愛の面妖なことども」、もの書きの「私」が非日常を求めてウィーンからイタリアへ現実と幻との狭間を旅する「異国へ」、国際会議出席のためウィーンを訪れたドクター・Kのリーヴァまでの旅の一部始終「ドクター・Kのリーヴァ湯治旅」、幼年期を過ごしたチロルのW村を訪ねた私は、そこでかつての住いや隣人たちの記憶を思い起こしていく「帰郷」の4編収録。 「目眩まし」には、だまし ・ まやかし ・ ごまかし ・ 手品 ・ トリック ・ 心理作戦 ・ 撹乱戦法 ・ 陽動作戦 などの意味がある。本書のタイトルに一番相応しい意味はどれだろうと考えた。 ゼーバルトの作品が一筋縄ではいかないことは覚悟の上だった。本書においては、それぞれの旅が独立したものとして書かれたものでありながら、実はベールはスタンダールであり、ドクター・Kとはフランツ・カフカであって、事実に基づいてここに書かれた彼らの旅が、私小説かとも思わせる他のふたつの旅に、解説の言葉を借りれば「ひそかに」(!)に繋がっているという。 ここに描かれる4つの旅は物理的には確たる目的地に向かってある明確なベクトルを持ってはいるものの、その道々で描き出される個々の場面にはおそらく著者の思考回路でのみ繋がっている背景があって、それを知り得ぬまま一緒に旅をしていると限りなく不安になる。不安になるから読みたくないかといえばそうではなくて、怖いもの見たさというか、不安ななりに著者のその知の深淵をどうしても覗いてみたいという好奇心が先を読ませてしまうのだ。 その魅力的な不安の正体を池内紀さんが明快に解説してくれている。 「たえず部分がズラされ、重ねられ、変化を受け、シャレている以上に残酷で、デリケートという以上に機知でひきゆがみ、グロテスクな影がさす。たのしく時空をとびこし眩ますためには、しばしば意味のないことが有効であることを作者はよく知っている。意味のないことに対して人は論理的に身を守るすべがないからだ。」 あ~ここなんだよなー。知の深淵を持つ著者の書いていることなら絶対何か意味があるはずと思って構えて読むのだが、実は全くの肩透かしだったり、逆にやっぱりある一点にちゃんと繋がっていたり、意味があるかどうかは著者にしかわからないわけで、そこにどこまで迫れるかというところは悲しいかな、あとは読者の力量なのだ。 タイトル「目眩まし」の意味に戻ってみる。真意が「わかって」はじめて「だまし」が成立することを考えると自分にとって本書は「だまし」ではない。著者の真意を探り探り、時には探りかねて置いてけぼりになったり、孤独になったり…ということでは「撹乱戦法」というのが一番近かったかな。読む人によっておそらく様々な意味を持つであろうゼーバルトの「目眩まし」。ためしに一度遭ってみませんか。
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