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「不自由」論 「何でも自己決定」の限界 ちくま新書
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「不自由」論 「何でも自己決定」の限界 ちくま新書

仲正昌樹(著者)

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「不自由」論 「何でも自己決定」の限界 ちくま新書

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 筑摩書房/
発売年月日 2003/09/10
JAN 9784480061324

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商品レビュー

3.8

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2025/12/10

2003年、もう20年以上前に出版された本だけど、古さはなく、現在にも通用するテーマ。 タイトルに近いテーマは後半に出てくる。 興味深かったのは、「自己決定」を特徴とする近代的主体性は、実は西洋人の「気の短さ」の表れだ、という指摘について紹介しているところ。 つまり、外から与え...

2003年、もう20年以上前に出版された本だけど、古さはなく、現在にも通用するテーマ。 タイトルに近いテーマは後半に出てくる。 興味深かったのは、「自己決定」を特徴とする近代的主体性は、実は西洋人の「気の短さ」の表れだ、という指摘について紹介しているところ。 つまり、外から与えられた刺激に対する反応時間が短ければ主体的に決断しているように見え、長ければ主体性がなくてぐずぐずしているように見えるというのだ。 たしかにそうかも。 西洋では、間違っていても、とにかく俺はこう思うとキッパリ言えることが自立の証というか、そんな文化を感じる。 しかも、決断が早い場合、それは本当に自分で考えた決断ではなく、周囲の共同体の意見を参照し、いやむしろ同化しているのではないかと思う。本当に自分で考えた場合、逡巡やためらいがあって当然だからだ。 言い換えれば、自己決定というとき、決定の内容よりも、決定を行う「自己」の方に疑問を持つべきなのだ。自己は、どの共同体に、どのような文脈で存在する場合の自己なのか、それによって自己の在り方は規定され、「自由」の範囲が変わる。 ひとつ言えることは、自己決定せよ、と強要することは、自己矛盾である。 ゆっくりいかせてもらいやす。 【おまけ:前半部分の要約】 ある「人間性humanity」=人間のあるべき姿を規定すると、それに反する人間を究極抹殺することになる。 そもそも人間性とは、古代ギリシャのポリスpolisという極めて限定的な環境で生じたもので、広場(アゴラ)で行われる公的活動=政治politicsを人間性のモデルとなった。ポリス的なものを共有していない現代、ましてや全く異なる歴史を持つ土地の人には一般価値として馴染まない。 人間性とは、単一的なの価値感による「人道的であること」ではなく、人間を人間であらしめる多元性である。多様な人がいて、他者相互の対話が進行し、色々な物語が絡み合い、日々更新されるものである。 対話能力=コミュニケーション能力は生得的なものではなく、人為的に構築された仮面personaである。西洋ではポリスで行われていた演劇的な活動を背景にもち、ここで弁論術(レトリック)が発展した。 そのようにして西洋では、弁論術・修辞学を含めた伝統的な「語り」の技法を人間性の本質的な部分と考える傾向がある。humanityの語源となったラテン語のフマニタスhumanitasは古代・中世のヨーロッパ人にとって、ギリシャ語やラテン語で書かれた美しい古典を読解し、その著者の崇高な精神から学ぶことを意味していた。大学で学ぶ伝統的な文科系の諸科目、哲学、文学、歴史学を総称して「人文科学humanity」と呼ぶのも、このためである。

Posted by ブクログ

2017/08/06

帯の「ポストモダンの中で、とりあえずどんな態度をとったらいいのか考えていこうという主題」への記述が自分の力では読み取れなかった。 102p エクリチュールによるパロール支配 190p~ アイデンティフィケーションと主体性、自己決定 指摘されて気がついたが、 このアイデンティ...

帯の「ポストモダンの中で、とりあえずどんな態度をとったらいいのか考えていこうという主題」への記述が自分の力では読み取れなかった。 102p エクリチュールによるパロール支配 190p~ アイデンティフィケーションと主体性、自己決定 指摘されて気がついたが、 このアイデンティティと所属する共同体との関係、 そこで求められる主体性との関係が良かった。

Posted by ブクログ

2017/07/20

仲正がこれを書いたすぐ後に宮台との対談をおこなったものを先に読んでいたので、対談の中で宮台が所々でこの本に言及していて、内容をそんなに覚えているわけではないけど、なんとなくつながった感じ。 宮台なんかの社会学の言論界隈では自己決定が強く叫ばれる。大きな物語が焼失した再帰的な現代...

仲正がこれを書いたすぐ後に宮台との対談をおこなったものを先に読んでいたので、対談の中で宮台が所々でこの本に言及していて、内容をそんなに覚えているわけではないけど、なんとなくつながった感じ。 宮台なんかの社会学の言論界隈では自己決定が強く叫ばれる。大きな物語が焼失した再帰的な現代において、自分で選び取る強さが必要だと、まあ道徳的なものとは一線を画して語られている。しかしその自己決定自体が欺瞞だろ、というのがこの本の要旨。自己決定の主体たる自己は本当に自由な自己であろうかという問いかけが、この書全体において問いかけられ続けており、結論としては完全に自由な自己なんてないだろというところに行きつく。いつも自分では選び取ることができないコンテクストに囲まれ、そこでおおわれている常識や価値観がいつも私たちの自由の下敷きにはあるわけだから、そんな自己に主体性もあろうはずがなく、自由もあるはずがない。まあ、そりゃそうだろうなと思う。宮台はこれを受けてなんか言っていたが、その肝心なところを忘れてしまった。ちょっと読み直すのもしんどいな。 アーレントの入り口に立った気がする。仲正は現代思想の読み直しの書を多く執筆していて、やっぱりその辺は鋭い。もっと学んでいこうと思う。 17.7.19

Posted by ブクログ

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