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夷狄を待ちながら 集英社文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 集英社 |
| 発売年月日 | 2003/12/22 |
| JAN | 9784087604528 |
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夷狄を待ちながら
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夷狄を待ちながら
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商品レビュー
4.2
18件のお客様レビュー
南ア生まれアフリカー…
南ア生まれアフリカーナー作家クッツェーの初期作品。植民地期の様子をアレゴリカルに描いた作品で、ポストコロニアル研究をする人にもおすすめです。そもそも南アの文学に興味があってクッツェーを知った人もいると思いますが、文庫で手に入るものはまれなので、これは読んでおくべきだと思います。
文庫OFF
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人々は、共通の物語(ナラティブ)を持ち、社会を形成している。社会は内側で秩序が及び、外側で及ばない。内と外の境界域では、物語が薄れ、秩序を押し付ける暴力が横行する。 主人公の老人は、帝国の入植地に長年住む民生官。外側の世界にいる夷狄と触れ合う境界域であるために、 「自由」「多様性」「寛容」という価値観を尊重しながら生きてきた。帝国の暴力が次第に激しくなる時勢の中で、それに抗うが、結局はどうすることもできなかった。 老人は闘った理由を自問する。自分は単に自然と直結した生活を理想とし、それを守りたかったのだが、結局は帝国の人間でありながら、帝国の外に身を置きたいがために闘ったのではないのか、と。かといって、帝国秩序の外側にいる夷狄のことを理解しようとしたわけでもない。自分が生きられる場所はどこにもない。寛容という価値観に基づく秩序や歴史を作れる力も備えられず、寛容でいるほかに何もできない無力な己を知っただけだった。 老人が悟ったのは「暴力=秩序」という現実であり、「寛容=虚無」を受け入れるほかない余生だった。 定年退職を数年後に控え、組織との距離を考える自分にとって、「自由」や「寛容」という価値観のために闘う老人の姿勢は憧れだ。しかし、その後老人が味わう無力感、絶望感を思うと、身に詰まされた。
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「帝国」の端にある砂漠のオアシスで、周囲を城壁に囲まれた都市の民政官を務める初老の男「わたし」。大事ないまま過ぎようとしていたその任期の終わり近くに、「夷狄」と呼ばれる遊牧民たちの脅威を払うためとして、首都からジョル大佐が派遣されてくる。帝国の愚行が招き寄せる大きな災厄を示してい...
「帝国」の端にある砂漠のオアシスで、周囲を城壁に囲まれた都市の民政官を務める初老の男「わたし」。大事ないまま過ぎようとしていたその任期の終わり近くに、「夷狄」と呼ばれる遊牧民たちの脅威を払うためとして、首都からジョル大佐が派遣されてくる。帝国の愚行が招き寄せる大きな災厄を示しているような捕虜の拷問につよい嫌悪感を抱く一方、「わたし」は拷問によって視力を失った夷狄の女になぜかのめりこんでいく… きわめて抑制的な「わたし」の語り口が、むしろこれからやってくる大きな暴力の波を予感させて、なかなか先に読み進めなかった。その恐ろしさは、部分的には、語り手があきらかに民政官として帝国の方針に反対しているためなのだが、実際のところ、スケープゴートにされるのは彼自身ではない。ジョル大佐が「義人のつもりか」と嘲笑うように、実際のところ、自分は帝国の権力がもつ穏やかな側の面にすぎないのだと、語り手は悟ることになるのである。 夷狄の女の身体に対する語り手の耽溺(通常の性的意味でなく)もまた、拷問やレイプと対極にあるように見えながら、帝国による凌辱の別の側面にすぎないということなのだろうか。ここで思い出されるのが、語り手がひそかな趣味としている、過去の遺跡の発掘であり、夷狄の女の身体の表面をさすりながら忘我の眠りに引き込まれるありさまは、支配する対象の過去の文化を愛でる知的植民地支配と似通うものであるのかもしれない。 遠征者たちを砂漠に引き込み全滅させながらもついに最後まで夷狄は姿を現さない。災厄の気配は前面化しつつもなお恐ろしい予感のままにとどまり、と同時にここには生々しい、傷つけることも触れ愛おしむこともできる肉体の手触りがあるのだ。
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