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能楽への招待 岩波新書
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能楽への招待 岩波新書

梅若猶彦(著者)

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能楽への招待 岩波新書

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 岩波書店/
発売年月日 2003/01/21
JAN 9784004308232

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商品レビュー

4

8件のお客様レビュー

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2023/04/04

禅、茶、能の相性が良いと感じるのも、三者とと内面を表現する文化だからか、と納得しました。内面と身体性の関係については、俳優さんなら、どのような感想を持つのかな、と気になりました。

Posted by ブクログ

2020/04/26

能楽師であり演劇の研究者でもある著者が、能についてわかりやすいことばで解説している入門書です。 前半は、能の舞台や面などの解説や、能楽の誕生までの歴史がとりあげられており、基本知識が手際よく整理されています。 後半に入ると、「幽玄」や「型」をめぐえる著者自身の思想が展開されて...

能楽師であり演劇の研究者でもある著者が、能についてわかりやすいことばで解説している入門書です。 前半は、能の舞台や面などの解説や、能楽の誕生までの歴史がとりあげられており、基本知識が手際よく整理されています。 後半に入ると、「幽玄」や「型」をめぐえる著者自身の思想が展開されており、入門書だと思って手にとった読者としては、やや戸惑いをおぼえてしまいました。それでも、能楽の達人とパントマイムの達人が舞台の上でコーヒーを飲む演技をしたときに、どのようなちがいが生まれるかという問題提起を手がかりにして、能の本質にせまっていこうとする著者の議論には興味を惹かれました。 また、能における「型」の重視や、いわゆる日本文化論における「型」のあつかわれかたに対する著者の異議申し立ても、おもしろく読みました。ただ、くり返しになりますが、入門書としてはやや異色の内容だと感じます。

Posted by ブクログ

2014/03/18
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

 能楽師かつ研究者である梅若猶彦の著作。  能楽について全くの無知であった私には、本書で解説される能の独特な思考と演じ方はとても斬新に映った。お能のあの基本、超絶スローの動作にはちゃんとした理由があったのだ!(当然のことかもしれないが)。著者海若によれば、シテ(役者)が身体を動かさずに内部の衝動のみを引き起こしたときにはじめて、動いていないはずのシテ(役者)の身体を目にしているはずの観客に、シテ(役者)の内面の衝動が伝わる、というのだ。  本書は、能楽についての基本知識や成立背景、家伝の型腑の読解解説を織り交ぜながら、能の精神に関わる本質的な部分を紹介している。能は流派間で差異を誇張し合いながら生き残り、発展してきた部分がある。一方で、本書では能の「型」が「無形文化」として安定した社会的地位を築くために必要だったことは認めながらも、「型」を何よりも重んじて内側の精神を二の次にするという現在の「型」信仰を批判する。  「型」は身体の動きのパターンに過ぎない。重要なのは「型」ではなく、精神的な価値を内面から身体の動きに与えるということである。それが、「身体性によってのみ真実が具現化する」(p.113)ということである。しかし同時に、その心理の動きは観客はおろか自分にさえ隠さければならない。その思考が、世阿弥のいう「無心」である。この「無」の観念は、禅の精神を引き継いでいる。  世阿弥の「幽玄」は能楽の美的観念と捉えられがちだが、世阿弥による最高美は「妙」と「安心」である。「幽玄」はあくまでも鑑賞される側から見た姿であり、一方で「妙」というのは「形のない姿」のことで、表現者の内的な原理と鑑賞者の印象にまたがって機能する観念であるという。最高美の「妙」が「形なき姿」というのは、身体性なくしては成立しない能における「無」の境地と繋がっている。  本書を読み、気付いたことがある。私のこれまでの能の鑑賞の仕方では、いくら観ても何も見えてこなかったということだ。能を目にする機会はごくごくたまにあれど、私は必死で能の「型」を見ようとし、他方で余りにも緩慢に見える動きに飽き飽きして、お能の面白さが全く分からなかったのだ。伝統芸能に対する固定観念としての「型」の認識は、能に関して無知だった私にも例外ではなく、私も「型」に捉われてカタチだけの鑑賞をしていたのだ。動きの「意図」を内面の衝動に留め、身体を動かさずに観客に伝える。次に能を見るときは、型ばかり見ようとせず、能楽師の意図や精神を感じてみたい。

Posted by ブクログ

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