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民主政の規範理論 憲法パトリオティズムは可能か
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 勁草書房 |
| 発売年月日 | 2002/03/20 |
| JAN | 9784326402052 |
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民主政の規範理論
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民主政の規範理論
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商品レビュー
4.5
3件のお客様レビュー
本書の前半はハーバーマスをルーマンに対置させる構図になっているが、システム理論の乗り越えというより、むしろ補完とみた方がいい。諸システムの機能的分化と自律性を受け入れた上で、できるだけシステムがうまく作動するように、控えめな形で対話的理性が要請される。ここでは市民の討議が形成する...
本書の前半はハーバーマスをルーマンに対置させる構図になっているが、システム理論の乗り越えというより、むしろ補完とみた方がいい。諸システムの機能的分化と自律性を受け入れた上で、できるだけシステムがうまく作動するように、控えめな形で対話的理性が要請される。ここでは市民の討議が形成する「公論」は政治システムの「決定」をダイレクトに統制する役割を担わされていない。だが逆にそのことが著者の民主政論の説得力を高めている。公論は決定と切り離されることで、むしろ党派性や歪みを免れる。自由で公正な公論への参与を通じて市民に共同性が立ち上がり、国民的統一の基礎となる。こうして民族や歴史といった前政治的な所与に頼ることなく、社会の多様性と国民的統一の両立が目指される。 とは言え決定を拘束しない公論に市民が参与するインセンティブは何か?著者はここでアーレントを参照する。討論という謂わば闘技(アゴーン)を通じて徳や卓越性を競い合い、他者から賞賛されることで生は輝きを得る。討論を政治的決定という目的から解放し、活き活きとした「活動」に転ずることで、ギリシャ的な公共圏の再生を展望する。要するに熟議民主主義とは民意を政治に反映することよりも、民意形成のプロセス自体に重きを置く。「合意」より「相互承認」に民主政の基盤を見出している。 最後に問われるのは機能的には切断された公論と決定を実践の中でどう再接続するかである。これは論理的には矛盾だが、矛盾をノイズと捉えるのではなく、システムが円滑に作動するための回路として導き入れ、自律性を損なわずにシステムを鍛えることが意図されている。批判理論とシステム理論は「あれかこれか」の選択ではない。ヘラーの矛盾に満ちた、しかし粘り強い思考を辿りながら、おそらく著者が最も心血を注いだのもここだろう。それがどこまで成功しているかは理論を理論として読むだけでは答は出ない。本書の後半が書かれたのはそのためだ。 具体的にはアメリカの判例を素材として現実の政策課題(政治資金規正と住民投票)が検討される。政治資金規正の目的は政治そのものの公正もさることながら、より重要なのは政治の公正性への信頼だ。それなくして公論への自発的参与は望むべくもない。他方で住民投票は公論と決定を直結させるものであり、その濫用は公論の基盤を掘り崩すことが示唆される。これに代えて著者が提案するアイデアは、請願権という拘束力を持たない回路を通じた市民の法案提出である。全体を通じて実に説得的な議論を展開している。特に感心するのは理論と実務の橋渡しを立法論に踏み込んで具体的に示した点だ。もちろんほんの一例に過ぎないが、両者の架橋は往々にして口先に終わるだけに価値ある試みだ。本書は20年以上前の著者の博士論文だが、著者の憲法理論、とりわけ統治機構論のベースを形作っている。
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目次 第一章 憲法パトリオティズムとは何か 一 「ドイツ人としてのアイデンティティ」を求めて ニ 前政治的所与としてのナツィオンと国家? 三 文化による立憲国家の基礎づけ? 四 合理的政治文化による国家 第二章 熟議の民主政を求めて 一 機能的に分化したシステムとしての民主政...
目次 第一章 憲法パトリオティズムとは何か 一 「ドイツ人としてのアイデンティティ」を求めて ニ 前政治的所与としてのナツィオンと国家? 三 文化による立憲国家の基礎づけ? 四 合理的政治文化による国家 第二章 熟議の民主政を求めて 一 機能的に分化したシステムとしての民主政 ニ コミュニケーションの力と代表的になされる討議 三 コミュニケーションの力と複数性 四 統一体としての国民と複数性としての国民 第三章 民主政の歪みとは何か 一 日本の問題状況から ニ 連邦最高裁判決の流れと理論の選択肢 三 経済市場と民主政過程 四 営利法人と民主政過程 五 日本の現状をどう考えるか 第四章 国民に直接の決定を求めうるか 一 直接民主政と「善意の市民」 ニ イニシアティブの「産業化」と連邦最高裁判決 三 イニシアティブと民主政との緊張 四 「人民」への訴えとカール・シュミット 五 自由かつ力ある公共は可能か あとがき 索引 https://www.keisoshobo.co.jp/book/b25500.html https://ameblo.jp/yasuryokei/entry-12885296975.html
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ドイツにおける「憲法パトリオティズム」をめぐる論争を手がかりとしながら、「熟議の民主政」の理論構築を図る研究。とはいえ、全4章からなる本書は、戦後ドイツにおける政治理論・社会理論のみに焦点を絞るものではない。まず、第3章と第4章において、政治資金規制とイニシアティヴをめぐるアメリ...
ドイツにおける「憲法パトリオティズム」をめぐる論争を手がかりとしながら、「熟議の民主政」の理論構築を図る研究。とはいえ、全4章からなる本書は、戦後ドイツにおける政治理論・社会理論のみに焦点を絞るものではない。まず、第3章と第4章において、政治資金規制とイニシアティヴをめぐるアメリカ連邦最高裁の判例解釈をメインとして取り上げながら、表現の自由を権利として確保し、市民がそれを行使する公共の場を構築することと、国家ないし州による法的規制の緊張関係が鋭く析出される。もちろんその際にも、法人の基本権を認める法理論が存在する日本や、現在の国会を「唯一の」立法機関として認める日本国憲法の解釈をめぐる問題(日本国憲法をフランス第五共和政憲法と同じ「半直接制」と解釈する)が意識されている。もちろん、そのような具体的事例の分析に際しても、(ヴァイマル期以来の)ドイツ国法学や社会学、さらにはアーレントの議論が下敷きになっている。特に第2章では、ルーマン、ハーバーマス、アーレント、ヘラーの議論が批判的に吟味され、この4者の理論と哲学に熟議の民主政の理論構築に向けた手がかりが見出されている。基本的に本書が対決するべき相手方として想定しているのは、カール・シュミットとルーマンと言ってよいだろうが、それも彼らの議論を綿密に検討して、政治的決定(ないし討論)への市民の参加という熟議の民主政の根本理念がイデオロギー化する可能性を炙りだした理論家として捉えていると思われる。その点で、「熟議の民主政」の理論構築のみならず、過去の理論家とどのように対決していくのかという問題についても、多くの示唆を与えてくれるだろう。
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