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日本語に主語はいらない 百年の誤謬を正す 講談社選書メチエ230
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日本語に主語はいらない 百年の誤謬を正す 講談社選書メチエ230

金谷武洋(著者)

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日本語に主語はいらない 百年の誤謬を正す 講談社選書メチエ230

1,650

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 講談社
発売年月日 2002/01/10
JAN 9784062582308

日本語に主語はいらない

¥1,650

商品レビュー

4.1

16件のお客様レビュー

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2025/06/03

「日本語に主語はいらない」 https://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51301381.html

Posted by ブクログ

2025/05/05

日本語では主語を省略する方が自然だと思っていた。「わたしはうれしい」じゃなくて、「うれしい」。けど、これは省略ではなかった。 p77 日本語では、主語の省略というのは不適当で、実は『主語なしの表現』をするのである。 (1)お暖かになりましたね。 (2)ほんとうですね。 こんな場...

日本語では主語を省略する方が自然だと思っていた。「わたしはうれしい」じゃなくて、「うれしい」。けど、これは省略ではなかった。 p77 日本語では、主語の省略というのは不適当で、実は『主語なしの表現』をするのである。 (1)お暖かになりましたね。 (2)ほんとうですね。 こんな場合われわれは何かが省かれたとは感じない。こういう表現をめざしているのである。 p87 日本語にとっての「主語」は、ある日突然、明治維新と並行する形で導入される。まさしく脱亜入欧の時代精神が導入させたと言うべきだろう。「主語」を日本に天下りさせた人物は、あの国民的国語辞典『言海』を作った大槻文彦である。 文彦は江戸時代の蘭学者、大槻玄沢の孫! 「オランダ正月」という太陽暦での新年を祝うような家風に育った文彦が西洋文法を研究し、その「大槻文法」が明治政府の文部省により「学校文法」として採択された。 そしてフランスはモントリオールにて日本語を教える著者は、教える際この文法がからきし役に立たないと怒っているのです(そんな本だとは知らなかった)。 p109 多くの文法研究者、そして日本語教師にとっては、「は」と「蛾」の二つがいまだに根強く「主語を表わす主要助詞」という刷り込み(imprinting)がなされているのである。「主語症候群」あるいは「主語病」とでも呼ぶべきものだろう。我々はいまだに明治維新の精神構造から抜けだせていないのである。いかに黒船ショックが日本民族を心理的に震撼させたかを物語って余りある。日本語文法がこういう状態を続けることは、日本語教師を含めた日本人にとっても、日本語学習者にとっても不幸なことだが、実質的に被害を受けるのは後者の方である。 p129 「東京は面積が広い」、「象は鼻が長い」、「花子は頭がいい」などの文を、大槻文彦は二重主語文であると言い、それに反対した草野清民は、「は」の付いたものを「総主」、「が」のついたものを「主語」と呼んだ。橋本進吉は文を2段に分け、例えばここに挙げた最初の文をこう分析した。「東京は」が「面積が広い」の主語であり、下位レベルでは「面積が」が「広い」の主語である、と。 これらはすべて間違っている。正しいのは、名著『象は鼻が長い』における三上章の説明をおいてない。 象は、鼻が長い。 二重主語どころか、この文には主語が一つもない。(略)「象は」は主題(題目)であり、「こんにちは」のように文がここで切れている。「象について話しますよ」と聞き手の注意を引いておき、それに続く話し手のコメントが「鼻は長い」だ。これは単に、主格補語「鼻が」を伴った基本形容詞文「長い」にすぎない。 ----- このクリームは、肌にやさしい。 も同じ。 ・主題がある ・形容詞文である ・形容詞文が格助詞付きの補語を一つ持っている p137 大槻文彦、そして橋本進吉の2代にわたる学校文法は、スーパー助詞「は」の本来の姿を著しくゆがめてしまった。「は」に関してブラウンやチェンバレンと同じような考察が日本人の中から出てくるまでには長い道程があり、その「文を切る」機能を明確に主張し、日本語における主語の概念が否定されるには1960年の三上章という個性の登場を待たねばならなかったのである。

Posted by ブクログ

2025/04/20
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

日本語の主語述語という概念が、欧米語をむりやり日本語に持ってきたという説明である。他動詞、自動詞というのも同様である。これで日本語の文法体系が抜本的に変わるかどうかはわからないが、少なくとも英語の文法に準拠して日本語を無理やり適用して文法にするという考えは少なくなっていくであろう。

Posted by ブクログ