テミストクレス 古代ギリシア天才政治家の発想と行動 中公叢書

仲手川良雄(著者)

• 販売会社／発売会社: 中央公論新社
• 発売年月日: 2001/12/01
• JAN: 9784120032110

商品レビュー

2022/06/07

ペルシア戦争の英雄テミストクレスの本。日本語で読めるテミストクレスを主役に据えた本はなかなか貴重。『ギリシア人の物語』も悪くはないが、やはりギリシア古代史の専門家が書いている本も読んでおきたい。

この手の古代をテーマにした本は固有名詞が多くて読みにくいことが度々あるが、本書はわりとスラスラと読めた。まあ、俺が古代ギリシア関連の用語に慣れているだけかもしれないが。同じレベルの文章でも古代中国だとこうはいかないかもしれない。

しかし改めて思うのは、テミストクレスの主人公らしさである。ギリシア世界最大の危機に現れ、戦いを勝利に導く。そして用済みになったら追放される。こんなに美味しいキャラなのに、なぜ『300 帝国の進撃』はあんな内容になってしまったのか。ちなみに本書ではペルシアへ亡命した後のテミストクレスは病死した説をとっている。まあ、悪くない終わり方ではないか。

2016/03/04

古代ギリシアきっての政治人・軍人たるテミストクレスについて、学者による一般向け教養書。

テミストクレスといえば、ペルシア戦争におけるサラミス海戦勝利の立役者でその後の歴史に与えたインパクトは計り知れないが、如何せん（少なくとも日本では）知名度が低い。
そんな彼に特化した教養書というだけで価値があるが、中身も歴史学者の手になる安心できる内容。
この時期のギリシアについての一次史料というとどうしてもヘロドトスが中心になるが、そのほか、トゥキディデスやプルタルコス、その他同時代人の歴史書や詩、あるいは最近の研究成果や発掘成果等を時には批判的に総動員して、テミストクレスを中心としたペルシア戦争史を丹念に構築している。
それだけでなく、時には史料でどうしても埋められない溝は、果敢にも想像力をたくましくして「テミストクレスならこうしたであろう」と推測していく。

そこから浮かび上がるテミストクレスは、洞察力と先見の明に富んだ天才的な戦略家であり、勝利や目的のためなら手段を選ばない上昇志向の塊のような人物である。クレイステネスの改革の申し子とも言える、自由で新しい力が発揮できる環境に存分に天分を発揮した姿が描き出される。一方それゆえに、必ずしも民衆から広く人気を集めていたわけではなさそうな不器用な側面もある。
では彼の目的とは何か。
それはひとえに、自身が所属するアテネひいては全ギリシアの発展向上に他ならない。

ポリス的人間の究極的な姿を体現している人物のようで、彼を通して古代ギリシアの価値観といったものも透けて見えるように思える。なかなか面白かった。