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街の本屋はねむらない 現代書店業1
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街の本屋はねむらない 現代書店業1

奈良敏行(著者), 田中淳一郎(著者)

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街の本屋はねむらない 現代書店業1

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 アルメディア/
発売年月日 1997/06/13
JAN 9784900913073

街の本屋はねむらない

¥385

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2015/02/24

たしか、こないだ読んだ『一箱古本市の歩きかた』に書いてあったのだと思うが、東京の往来堂書店は、「本の学校―大山緑陰シンポジウム」の分科会での、定有堂書店(鳥取)の奈良敏行さんの発言に感銘を受けて、安藤哲也さんが新たな店をつくったのだそうで、その大山シンポの分科会の記録だという本が...

たしか、こないだ読んだ『一箱古本市の歩きかた』に書いてあったのだと思うが、東京の往来堂書店は、「本の学校―大山緑陰シンポジウム」の分科会での、定有堂書店(鳥取)の奈良敏行さんの発言に感銘を受けて、安藤哲也さんが新たな店をつくったのだそうで、その大山シンポの分科会の記録だという本が、近所の図書館にあったので借りてきて読んでみる。 1996年9月に米子市で開かれた「本の学校」の第二回シンポの分科会「書店は地場産業」での報告に加筆し、インタビューを加えてまとめたという本。奈良さんの「町の本屋という物語」と、東京の恭文堂書店の店長・田中淳一郞さんの「コミュニティーとしての本屋」、さらに(おそらく田中さんを相手にした)インタビューが入っている。 大山シンポのごっつい報告書は前に5冊揃いで買って、図書館に寄贈したけど、96年の報告書にこの話は載っていたっけな… 奈良さんは、「かつて本屋が普通にやっていけた時代がありました」(p.18)と述べている。 ▼私の考える本屋というのは、もっと受け身で、控え目な地味なものという気が致します。…(略)… 〈普通〉というのは、とくに仕掛けを必要としなかったということです。働くことの喜びの延長に、意欲や試みが工夫されるわけですが、それは、ここでいう仕掛けとは違うように思います。(p.18) 〈普通〉とは、人が日常的に往き来をする〈往来〉にあることだと思う、とも書いている。そして、〈本屋の青空〉の話がいい。 ▼私は〈本屋の青空〉という言葉が好きです。  従来本屋は、空間としては非常に閉鎖的な感じを持たれています。まず壁際が書棚で埋めつくされる必要があるため、窓がない。天井も人工的な照明を強くするため、極めて低くなりがちです。そうした機能的な現実面とは別に、書物の前では、観念的に意識が拡大し、精神は大空へと飛翔します。つまり心の中の出来事としては、ここにこそ「青空がある」と思えるからです。  また本屋の仕事というものは結構大変で、日常まさに地をはうような作業の繰り返しが多いわけです。しかし書物を扱っていく行為には、不思議な精神の拡張感があります。こんな喜びや感慨も含めて、〈本屋の青空〉と呼んでみました。(pp.23-24) ▼店頭での立ち話、本の話などから関係が始まり、構造的にも風通しの良くない本屋の棚に囲まれた空間に、いつしかポッカリと〈青空〉をつくりだすことができたら、これこそは本屋の〈青空〉だなァ、と。本屋の〈青空〉とは、本好きの人たちと出会い、そして一緒に何かができるということだと思います。(p.27) 田中さんの話でそうやなーと思ったのは、住む場所を考えるとき、家やマンションを買うときに、以前なら「「本屋があるといいな」というのがあったんじゃないか」(p.77)というところ。不動産広告をみると、病院や役所、学校、公園が近いとか、スーパーまで歩いて何分とかいうのは、今も決め手なのだと分かる。 私の場合は、「図書館」が大きかった。できたら歩いていけるところに図書館がほしい。 今のところに住んで15年ほどになるが、もとはここの駅前には、週3日、半日だけ開くという小さい図書室しかなかった。2駅隣には図書館があるから、私はずいぶん迷ったのだ。その後、公民館の移転や駅ビル竣工などがあって、週3日の図書室は、休みは週1日だけの図書館になった。図書室しかなかった頃は、予約本の受け取りにさえ苦労して、結局かなり本を買っていた。 本屋は駅のこっちと向こうに1軒ずつあったが、私が住み始めた頃にあったその2軒は閉店し、いまはチェーンの本屋が駅ビル内にある。この最寄りの本屋がなくなっては…という気持ちもあって、本を買うときにはなるべくここで買うようにしている。 田中さんは、いまでは新興住宅地を歩いても、コンビニはあるけど本屋はない、「本屋の存在は徐々に、地域の中の欠くべからざる地位から退かされてきているのではないかという思いを持ち始めています」(pp.77-78)と述べる。この話が、かれこれ20年近く前のことで、現状は、町の本屋、地域の本屋がなくなっていく方向にすすんでるんやろうなと思う。 本のタイトルは「街の本屋」、本文では「町の本屋」。「街」と「町」は私にはちょっと印象が違うのだが、著者なり版元なりは、なにか考えがあってこの使い分けをしているのだろうか? (2/23了)

Posted by ブクログ

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