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この世を離れて ハヤカワ・ノヴェルズ
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この世を離れて ハヤカワ・ノヴェルズ

ラッセルバンクス(著者), 大谷豪見(訳者)

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この世を離れて ハヤカワ・ノヴェルズ

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 早川書房
発売年月日 1996/02/29
JAN 9784152079923

この世を離れて

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2022/12/02

『谷間に目を落とすと、サム・デントの家なみの明かりがひとつずつともされていくのが見てとれた。九号線と七三号線の道ぞいに、数台の車のヘッドライトが蛍のように光っている。 人びとが仕事に出かけるところなのだ。わたしは生まれてからずっと、この町で暮らしている』―『ドロレス・ドリスコル』...

『谷間に目を落とすと、サム・デントの家なみの明かりがひとつずつともされていくのが見てとれた。九号線と七三号線の道ぞいに、数台の車のヘッドライトが蛍のように光っている。 人びとが仕事に出かけるところなのだ。わたしは生まれてからずっと、この町で暮らしている』―『ドロレス・ドリスコル』 ニューヨークはマンハッタンだけではない。もちろん、ブルックリンも含めてロングアイランドもあるさと即座に言い返されそうだけれど、ハドソン川を渡った対岸は既にニュージャージー州だし、住み易いと評判のホワイト・プレインズを過ぎればすぐにコネチカット州。多くの人にとってのニューヨークはそこでおしまい。けれどその二つの州の間の狭い鍋の柄のような土地を北上した先に広がる土地もまたニューヨーク州なのだと改めて気付いたのは、コネチカット州リッジフィールドに一年程滞在した時。ガソリンに掛かる税金は州ごとに異なり値段に差が出る為、越境して給油する人が多いという話を聞いて、リッジフィールドがニューヨーク州境に近いことを実感したのだった。ニューヨーク・ニューヨークにとっての軽井沢のような町であるリッジフィールドの当時の人口は五千人程。街の唯一のスーパーマーケットには見知った住人以外はやって来ないというような町。夏の間は避暑に訪れる人々もいるのだけれど、記録的な豪雪の中、慣れない左ハンドルのレンタカーで辿り着いた町は居心地の悪い町だったという記憶が蘇る。 「アホウドリの迷信」の中での岸本さんとの対談で、柴田さんが語っている米国文学におけるディテールの書き込みというのを正に実感するラッセル・バンクスの「この世を離れて」。タイトルからは浮世に名残のある訳ありの人々が語る話のような印象を抱くけれど、一人称で語る四人は故人ではない。ニューヨーク州北部の寒村で起きた事故を、そして鄙びた街の日常を、それぞれの目の高さで語る。世代の異なる男女四人、事故を起こしたバスの運転手、事故で我が子を失った親、事故の被害者救済のため訴訟を起こそうとするニューヨークの弁護士、そして事故で半身不随となった少女、各々の倫理観、正義感、人知れず負っている罪悪感、負い目などが巧みに描き分けられ、淡々とした導入から寄り道の多い語りを最後まで注意深く読み通すことが求められる。若い主人公の語りの後半から次の最終章における熟年女性の語りの部分では、次の展開を読み急ぎたくなる筆致に少しだけ変化するけれど、翻訳者の解説にもある通り、本書は複数の視線で描かれる複数の価値観というのが主題であり、謎解きや問題の解決が物語の中心には据えられていない。それ故、前半もどかしい思いをする読者もいるかも知れないが、主人公たちの語りの中心にあるスクールバス事故(それにより幼い命が失われる)が小さな村の住民にもたらす感情、誰を恨んでいいのか分からないやり切れなさが伝わるには必要な仕掛けなのだと判る。 そして、語られるのは事故の事だけではない。様々な日常の出来事が振り返えるようにして語られ、事故前後で決定的に変わってしまったものや、変わってはいけないものへの思いが吐露される。そこにもまた米国文学流の細かな描写があり、想像し得ない筈のニューヨーク州の寒村の人々の心情へ、自然と寄り添えるような仕組みがあると読める。その反面、物語を通しての判り易いメッセージというようなものはないことも指摘しておくべきだろう。二十世紀後半、ベトナム戦後の米国が抱えていた判り易い価値観の喪失こそが、むしろテーマであるとも言える作品。的外れ気味かとは思うけれど、映画「アメリカン・ビューティー」を観た時の印象を何故か彷彿とさせる。因みにテキサス州南部の町で起きた実際のバスの事故を基にしたと言われる本書はカナダで映画化もされているらしい。 独りでいると閉塞感に襲われがちなリッジフィールドから週末ごとに通ったニューヨークへの道どりには二つの選択肢があって、一つは33号線から7号線を南に下ってノーウォークへ出てロングアイランド湾を眺めながらI95号線を行く道順。こちらは判り易く開放感もある。もう一つは35号線で西に向かいI684号線でマンハッタンを目指す道。こちらは、時に大きな鹿が車にはねられて横たわっていたり、クロスリバー貯水湖沿いには大きく「Bait[餌]」と書かれた看板を掲げた店があったりする細い山道を抜けて、原野を切り開いたようなインターステート684号に辿り着く道。レイク・プラシッドに近いサム・デント(9号線と73号線の交差する場所にその名前は見当たらない)とは異なるけれど、本書を読みながらその時の光景が絶えず蘇ってきた。

Posted by ブクログ