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中国書史
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石川九楊(著者)

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 京都大学学術出版会
発売年月日 1996/02/29
JAN 9784876980307

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2022/10/21
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※このレビューにはネタバレを含みます

       -20100330 大著「書史」三部作の第1作は'96年刊。本書の刊行は京都大学学術出版会であるのに対し、続く「日本書史」、「近代書史」が、なぜ名古屋大学出版会の刊行となったのか、疑問に思っていたら、この「中国書史」の編集を担当した八木俊樹なる人物は、石川九楊の友人でもあったらしく、めずらしいことに本書巻末の跋文を書いてもいるのだが、この出版後まもなく死亡したとみえ、そういった事情が背景にあるようである。 その跋文に曰く-先に帯文を幾つか列挙しておく 宣言文-マニュフェスト-として―― 書ははじめてその理論をもった。書史ははじめてその論理と文体をもった。ここに書が自らを定立する体系が提示されている。 定式-テーゼ-風に―― 従来のすべての書論や書史の主たる欠陥は、書が、筆触と筆蝕が、ただ文字の形態美すなわち直感の形態のもとにのみとらえられて、書する現実性としてとらえられず、書が主体的に逆説的にとらえられないところにある。 従って、書の主体的営為は観念的に、人格と心理と感情の抽象的様相や形として解釈されたに過ぎず、 書史は又、書の便覧とその訓詁と注釈の展覧となる他はなかったのである。 著者の代理人-エージェント-として―― 書の主語とは何か、書の述語とは何か、書するとは何であるのか、これらの根底の問いと謎に応接することによって、書的表出を筆蝕と角度による放縦で慎重な戦術と、それに機能的に領導され、それを領導し返す構成と断定するに到った。 私なりに解して、ここに、書の自立を宣言する、書の言わば哲学大系を叙述し、書的表出の哲学史を遠近しえたと思う。 書が書の近代の不在という貧困に孤独であったとすれば、これによって私は、漸う書の現代に直面し、そこに自己と世界を賭けることができるであろう。 「中国書史」跋文より  -2010.03.31記 -編集者八木俊樹による幾つかの帯文- ◇書の回遊魚たちに対して- 書と道と生の哲学-宗教-を巡る凡ての言説は見え透いた意匠に過ぎない。文字の整調と階調とあるいは変形美-デフォルマシオン-を競うのは、実用性から見ても歴史的に見ても、日常性の誤りのない算術である。ただ、教育家と僧侶とこの世の美の請負人-アーティスト-が、芸術としての書の独立や自立を強いられたとき、文字や言葉や書する劇-ドラマ-の解析学や微積分学を推し進めて考える労を取ることなく、文字の美的工夫や造形美の表面-うわべ-と取引して、己の地位や商売や趣味を保守せんがために美に雄弁たらんと、修練や仏教的呪文や、書は散也懐抱を散ずる也の曼荼羅を唱え、また心的に行動的に形容し死化粧したに過ぎない。 ◇文字と言葉と意識-社会-について- 一般的に言えば、文字は外化された言葉であり、言葉は外化された意識である。逆に言えば、文字は言葉という星雲の、言葉は意識宇宙-社会-の原子核である。この順逆の、陰陽の構造を明らかにしたものは誰もいない。言葉の肉体-陰-を書する逆説-パラドクス-、書の本質を問うことによって、文字と言葉と意識-社会-の構造をもはじめて露わにすることができるに違いない。 ◇書する人々に- 書とは如何なる芸術-アルス-か-。ここに、書と書する自己の半ば無意識のうちに緘黙していた美を解剖して、書の理論-テオリア-と書的行為-プラクシス-と技法-テクネー-の三位一体の、凡ての逆説にみちた脈絡と必然性が微と細の極限まで辿られ視覚化された。ここに、書の美は書家たちの曖昧に装飾語たることを脱し、書の現代に立ち会うことができる。 ◇異境の職人たちへ- 書とは言語-詩-の逆説であり肉体であり、社会への距離の函数の、陰画-ネガ-からの対照法である。文明に対する根源的な懐疑とその一般化が現代であるとすれば、書と書的思考はそれ故、言語という陰画-ネガ-世界をも蝕筆し相対化するものである。本書は、蝕筆によって現代を計量する異彩の文明論であり、反時代的考察でもある。

Posted by ブクログ

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