- 中古
- 書籍
- 書籍
- 1206-05-04
ヒジュラ インド第三の性 写真叢書
定価 ¥2,200
110円 定価より2,090円(95%)おトク
獲得ポイント1P
在庫なし
発送時期 1~5日以内に発送
商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 青弓社/ |
| 発売年月日 | 1995/10/04 |
| JAN | 9784787270566 |
- 書籍
- 書籍
ヒジュラ
商品が入荷した店舗:0店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
値下げ前価格について
本価格は現中古販売価格の「値下げ前価格」となります。
直近約1か月間、値下げ前価格での販売実績があるものだけ表示しております。
ヒジュラ
¥110
在庫なし
商品レビュー
3
4件のお客様レビュー
テーマは、インドにおける第三の性「ヒジュラ」の存在とその文化的背景です。この作品は、男でも女でもない彼らの生きざまを17年にわたり追い続けた著者の視点を通じて、混沌としたインドの社会におけるヒジュラの実像を描き出しています。読者は、ヒジュラが単なる性のカテゴリーにとどまらず、祭りの際には神として祝福を与える存在であることに驚き、彼らの独特な生活様式や社会的役割について考えるきっかけを得ます。また、1990年代のLGBTQの認識の変化を振り返り、当時の社会状況と今の理解の違いを感じることができます。ヒジュラの文化を通じて、インドの多様性や寛容さが浮き彫りになり、読者はさらなる探求心を抱くことでしょう。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
男性が性転換をするという意味ではトランスジェンダーと同じなんだけど、宗教色がかなり濃く、しかも去勢必須なのがヒジュラ 地域によってヒジュラの扱いというか立場が全然違うのが印象的 田舎のヒジュラは結婚や出産といった行事に参加し幸せや平和、子孫繁栄を祈り踊る 普段は嘲笑の対象であったとしても祭り事の際は重要な立ち位置だったり祭りを盛り上げる大事な存在になる 都会のヒジュラからは宗教色はだいぶ消え、売春で生計を立てている 本来ヒジュラは売春をしないから彼らのような存在は同じヒジュラからも蔑みの対象になると この先、伝統行事を行わない都会的な人が増えれば伝統行事で生計を立てていたヒジュラたちは稼げなくなり、都会のヒジュラのように売春をしなければならないかもしれない ヒジュラとして誇りをもつ人たちがどうなるのか、そうなる頃には誇りすらなくなるのか気になるね ヒジュラを神格化している人々は本気でヒジュラは生まれながらの両性具有だと思っていたのが印象深かった そんな人々に彼らは去勢してるんですよってわざわざ教える必要はなかったんじゃないかなって思う
Posted by 
LGBTQの本棚から 第43回「ヒジュラ インド第三の性」 今回も少々お古い本……。 といってもよくみたら1995年であることに驚く……。 だって、いまとなったらものすごーく古く感じるんだもの。 「ヒジュラ インド第三の性」……。 ということは、1990年代までは、LGBTQは...
LGBTQの本棚から 第43回「ヒジュラ インド第三の性」 今回も少々お古い本……。 といってもよくみたら1995年であることに驚く……。 だって、いまとなったらものすごーく古く感じるんだもの。 「ヒジュラ インド第三の性」……。 ということは、1990年代までは、LGBTQはたいして問題にされてなかった、ということになるね。 この本で、男でも女でもない人たちが存在する! ということに、当時は少なからずショックを受けたのだから……。 (結構話題になったような記憶がある) この人たちがなんなのか……はいまもって私にはよくわからないのだが、インドには昔からいて、みんなとは別の場所で集団で暮らし、普段は蔑まれているが、祭りのときには神になって、みんなに祝福を与える、のだそうだ。 (生殖に関係できない者は僧侶になる? という萩尾もとの「11人いる」は1975年なのだから、それよりはるかに前だということになる。凄いねぇ、漫画家さんは。知識が半端でないよ) たぶん、ゲイの人や肉体的に半陰陽だったり、トランスだったりする人たちの、ゆるい集団なんだろうな、と……。 西原理恵子のコミックエッセーのなかで、インドのヒジュラの人たちのことを、とてもとても優しい人たちなのだ、と描いていた。 英語にはHeとSheしかなくて、ということは(言葉がないということは)はじめからいないことになっている、ということだから、それに比べるとインドのほうが、人間をよく観ていた、ということになるのかな。 1995年はウィンドウズ95が出た年……つまりコンピューター元年だ。 このあたりから、宝島がレズビアン特集をしたり、だんだん解き放たれていったような気がする。 でもいま思い出すと理解されてきたといっても、当時はダサくてどんくさくて、本当に何十年も大昔のように感じる……。 本当に、それがたった20年前とは思えないくらいだ。 そう思えば、理解と解放も格段にされてきたんだよね、と思える。 まだまだ、まだまだ、なところも凄くあるけれども。 言葉がある、というのは本当に強いことなんだな、と思う。 2018年04月02日
Posted by 
『ヒジュラ』とはウルドゥー語で 、両性具有者を意味する。 (といっても今は去勢して『ヒジュラ』になるものがほとんどだが。) 男でもない、女でもない。シャーマンではあるが、時には呪いをかけたり、売春もする。 ますますインドに興味が湧いてきた一冊。
Posted by 
