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文字逍遥 平凡社ライブラリー46
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文字逍遥 平凡社ライブラリー46

白川静(著者)

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文字逍遥 平凡社ライブラリー46

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 平凡社
発売年月日 1994/04/15
JAN 9784582760460

文字逍遥

¥605

商品レビュー

4

4件のお客様レビュー

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2025/08/27

小池博史ブックフェア選書より 「文字逍遥」 文字の世界に留まらず、文字を介した歴史、人類史の巨人で、常に異端にあって本道を行く凄みがあり、ぼくは長く畏敬の念を抱いてきた。本書も初っ端からやられた。遊ぶものは神である……から始まるが、ぼくも神によって遊ばさせてもらっている感覚がある...

小池博史ブックフェア選書より 「文字逍遥」 文字の世界に留まらず、文字を介した歴史、人類史の巨人で、常に異端にあって本道を行く凄みがあり、ぼくは長く畏敬の念を抱いてきた。本書も初っ端からやられた。遊ぶものは神である……から始まるが、ぼくも神によって遊ばさせてもらっている感覚がある。(小池博史)

Posted by ブクログ

2013/09/28

左と右、左手と右手を意味しているのは分かりますが、 工と口は何か分かりますか??? 工は○○○で、口は○○○を表現したものです(^^)/ 気になる方は読んでみてください。 少々読みづらいですが、後半は一気に読めました。

Posted by ブクログ

2013/03/29
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

漢字は線によって構成される、とはじまる書中「漢字の諸問題」の小題「線の思想」に、「すなわち横画は分断的であり、否定的であり、消極的な意味を持つ。これに対して縦画は、異次元の世界をも貫通するものである。それは統一であり、肯定であり、自己開示的である」と。 白川静の遊字論  -2009.05.25記 白川静の「文字逍遥」平凡社ライブラリの冒頭には「遊字論」が置かれ、「神の顕現」と小題された一文にはじまる。 松岡正剛によれば、この「遊字論」の初出は、彼が嘗て編集していた雑誌「遊」での連載ということだ。 「神の顕現」 ―白川静「文字逍遥」より- 遊ぶものは神である。神のみが、遊ぶことができた。 遊は絶対の自由と、ゆたかな創造の世界である。 それは神の世界に外ならない。 この神の世界にかかわるとき、人もともに遊ぶことができた。 神とともにというよりも、神に依りてというべきかも知れない。 祝祭においてのみ許される荘厳の虚偽と、秩序をこえた狂気とは、神に近づき、神とともにあることの証しであり、 またその限られた場における祭祀者の特権である。 遊とは動くことである。 常には動かざるものが動くときに、はじめて遊は意味的な行為となる。 動かざるものは神である。 神隠るというように、神は常には隠れたるものである。 それは尋ねることによって、はじめて所在の知られるものであった。 神を尋ね求めることを、「左右してこれを求む」という。 「左」は左手に工の形をした呪具をもち、「右」は右手に祝詞を収める器の形である口-サイ-をもつ。 左右とは神に対する行為であり、左右颯々-サツサツ-の舞とは、神の在り処を求め、神を楽しませる舞楽である。 左右の字を縦に重ねると、尋となる。 神を尋ね求める行為として、舞楽が必要であった。 それで神事が、舞楽の起源をなしている。 祭式の諸形式は、この神を尋ね求める舞楽に発しているのである。 隠れたる神の「隠」の字、左偏の部首阝は山をたてざまにした形とされ、神が天上に昇り降りする神梯-シンテイ-であったこと。 神はその神梯を陟降-チョクコウ-して、地上に降り立っては「身を隠したまうて」人々の住む近くに住みもするが、 その神梯の前に神を祭ることを「際」という。

Posted by ブクログ

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