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空と無我 仏教の言語観 講談社現代新書997
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 講談社 |
発売年月日 | 1990/05/20 |
JAN | 9784061489974 |
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空と無我
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商品レビュー
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大乗仏教における「空」と「無我」の概念について解説している本です。 ウパニシャッド哲学では、通俗的な自我の観念を否定し、自我と宇宙が同一だとする「梵我一如」の思想が説かれました。これに対してあらゆる自性を否定する大乗仏教では、ウパニシャッド哲学における「自我」をも否定し、「無我...
大乗仏教における「空」と「無我」の概念について解説している本です。 ウパニシャッド哲学では、通俗的な自我の観念を否定し、自我と宇宙が同一だとする「梵我一如」の思想が説かれました。これに対してあらゆる自性を否定する大乗仏教では、ウパニシャッド哲学における「自我」をも否定し、「無我」の立場が主張されます。 こうした「無我」の考えを支えているのが、自性を否定する「空」の思想にほかなりません。著者はまず『般若経』の議論を紹介し、そこに見られる「空」の思想を、ことばによって束縛されることからの離脱として説明しています。そのうえで、「空」の思想をテトラレンマの表現によって一つの言語哲学にまで高めた思想家として、龍樹が紹介されています。著者によれば、龍樹の中観の思想はきわめて明晰な言語哲学であり、これを神秘思想の一種とみなすのは誤りであるといわなければなりません。また著者は、龍樹の中観の立場にくらべると、唯識がいまだ自性を完全に払拭するにいたっていないと批判しています。 なお著者は、龍樹とゼノンを比較して、ゼノンがロゴスに対して絶対的な信仰をもっているのに対して、龍樹はむしろロゴスの罠をしりぞけたと述べています。ただ、元来ゼノンのパラドクスは、師であるパルメニデスを擁護するため、批判者たちの説が矛盾に陥ることを示したものであったように思います。著者が論じるように、両者を対置させることがはたして正しいのかという点にかんしては、個人的には疑問をおぼえます。
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宮崎哲弥が薦めていて大分前に買っていたが、原始仏教の方にハマり、大乗には手を回せていなかった。 漸く読んだが、とても面白い。著者のスタンスは誠実かつ説得力があった。
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「自分」というものが「ある」と思っていたら、実はそれは誤り。 「無我」というテーマは本当に難しいテーマらしいです。 「行くものは、行くゆえに、行かない」など、パラドックス的な仏教哲学について、「常識」を覆される思いでした。 ナーガールジュナが、透明人間になって女を犯...
「自分」というものが「ある」と思っていたら、実はそれは誤り。 「無我」というテーマは本当に難しいテーマらしいです。 「行くものは、行くゆえに、行かない」など、パラドックス的な仏教哲学について、「常識」を覆される思いでした。 ナーガールジュナが、透明人間になって女を犯しまくってその後、発心したという神話には思わず笑いました。 「唯識思想の誤謬」や、「空思想は神秘主義ではない」といった主張もまた、私たちの漠然とした誤解を解いてくれるものと思います。 本書の文体は、著者が「私は~賛成である、と考える」という風に、著者の意見の立場を述べつつ、主張が展開されています。 主張としては非常に鋭い切り口です。デカルトに始まる西洋哲学も批判しております。 ただ、私にとっては現実に即して考えると、やはりまだ不可思議であってまだなかなか受け入れられません。
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