女たちよ、大志を抱け の商品レビュー
『#女たちよ、大志を抱け -- 戦時下、外地で就職する』 ほぼ日書評 Day953 副題にある通り、(大東亜戦争)戦時下、「どのような歴史的コンテクストの中で、女性たちが海外へ仕事のために移動することが可能になったのか。これ自体が本書のテーマ」であると冒頭で明示的に語られる。...
『#女たちよ、大志を抱け -- 戦時下、外地で就職する』 ほぼ日書評 Day953 副題にある通り、(大東亜戦争)戦時下、「どのような歴史的コンテクストの中で、女性たちが海外へ仕事のために移動することが可能になったのか。これ自体が本書のテーマ」であると冒頭で明示的に語られる。 正直、読前はいわゆるDEI的な内容かと多少身構えるところもあったのだが、そうした思想的な側面は無い、かなりフラットな内容であった。 一般に大正・昭和初期、教育は良妻賢母を養成するためのものであり、"働く女" は貧しい家庭の娘という "常識" がある中、教育も受けた中流家庭の子女が、なぜ「新天地」(=海外)での仕事を求めて旅立ったのかを、実に多くの資料にあたり、さまざまなエピソードを拾いおこしている。 個々の事例を丹念に拾う記述姿勢のため、やや散漫な印象も受けるが、過度に統計的な処理や傾向分析等をすることなく、具体的なエピソードを多様に窺い知れるのは興味深い。 以下に引くのは、評者が印象深いと感じたケースのみであり、数多の事例は実際本書で確認されたい。 日本軍が満州や南方へ進出すると、戦地へ赴く男性が増えたことで「外地」が心理的に身近なものとなり、「戦地を見たい」「戦争に関わる仕事がしたい」という若い女性も一定数存在するようになった。 さらには1930年代後半から40年代初頭まで、日本で旅行ブームがあったことから、「外地」を戦場の延長ではなく「観光地」的に認識する向きもあったようだという。 戦時機に入ると、女学校卒業後に働かず家にいると「遊休婦女」と呼ばれ、婦人会などの地域活動に参加するよう求められたり、早婚と多産が奨励され結婚圧力が高まったりした。特に高学歴な女性は欧米的な文化に「染まっている」と疑いの目で見られるなど、内地に居ることのいづらさ、息苦しさ、肩身の狭さがその背景にあった。 その逆に外地に赴くと、単なる慰安旅行を「産業戦士」の「錬成旅行」と称することもあるなど、非常に開放的な世界が広がっているというような噂は内地に伝わっていたらしい。 とは言いながらも、外地へ働きに行くことに、たとえば "自由を求めた脱出" というような思想・信条的なものがあるわけではなく、(当時の基準では)婚期を逃した女性たちが、物見遊山かたがた仕事に行くというレベルの者も少なくなかった。 あるいは、むしろそれくらいの方が、外地の環境に馴染みやすいとも言え、逆に、お国のため…と勇んで南の国へ行く者も多かったが、いざ現地に入ってみると、待っていたのは内地と変わらぬ「平常勤務」であったことに肩透かしのような感を覚えたと語る者もいたという。 いずれにせよ外地を目指す理由や動機は、千差万別であり、何かひとつの要因に集約できるものではなさそうだ。 ちなみに、そうした女性の働き口の主は、いわゆるお茶汲みのような仕事ではなく、タイピストや電話交換手という専門職種である。何かしら手に職のない者が外地勤務に応募しようとしてもやんわりと断られることも多かったという。 ちなみに、後者は固定電話同士を物理的に回線で接続することで通話できるようにする仕事で、電話が繋がるまでは架電側と回線で繋がっていた。待ち時間(架電相手が話し中)が長いと、役立たず呼ばわり(カスハラ)をされたり、セクハラ紛いの言葉を投げかけられることも多く、ストレスの多い職場であったという。 あくまでも一例だが、今日では存在しない仕事ゆえ、我々の想像できない苦労も多かったと見える。 https://amzn.to/448QDot
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静岡市女性会館図書コーナーの書誌詳細はこちら↓ https://lib-finder.net/aicel21/book_detail_auth?authcode=jSEmXAx1vCYAdcPtFZ8rXg%3D%3D
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