江藤淳と加藤典洋 の商品レビュー
みすず読書本から。加藤さんの著作に感銘を受けたので、それに近いインパクトを求めたけど、本作はそういう趣旨ではなかった。タイトルでは江藤・加藤が併記されているけど、実際の言及割合としては4:1くらいの体感。これが逆だったらもう少し楽しめたかも。
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この本は文芸批評、なんだそうだ。 そしてタイトルの二人は文芸評論の巨人。 江藤淳は聞いたことがあるが、加藤さんは初見。 この本の中に出てくる石原慎太郎やら 三島由紀夫、村上春樹、村上龍はもちろんわかる。 このタイトルの二人は、小説家の著作を批評している。 特に村上龍の「限りな...
この本は文芸批評、なんだそうだ。 そしてタイトルの二人は文芸評論の巨人。 江藤淳は聞いたことがあるが、加藤さんは初見。 この本の中に出てくる石原慎太郎やら 三島由紀夫、村上春樹、村上龍はもちろんわかる。 このタイトルの二人は、小説家の著作を批評している。 特に村上龍の「限りなく透明に近いブルー」を けちょんけちょんに批評している。 そうした文芸評論を通じて、戦後80年を追いかけている。 やたら性的な内容がとりあげられる。 小説、男女の関係ってことでそうなるわけだ。 そうした行動?が世相を反映している。 歴史は動く。 平和に対する考え方、、、 著者がいて、文芸評論家がいて、小説家がいて、、、 多重構造を十分には理解できない中、 書かれている事象を追いかけるような形になった。 なんか不完全燃焼。 ベース・キャンプにて(歴史が消えてからのまえがき) 戦後史の峰に登る (人間宣言 太宰治『斜陽』; 社会党政権 椎名麟三『永遠なる序章』; 六全協 柴田翔『されど われらが日々―』 ほか) ヒュッテでの一夜 (「満洲国」のあとで 大佛次郎から村上春樹へ) 現在への坂を下る (江藤淳小伝; 轟々たる雷鳴に死す 「喪の作業」が消えた平成; 書評 平山周吉『江藤淳は甦える』 ほか) 帰りの汽車のなかで (終わらない対話のあとがき)
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江藤淳と加藤典洋を軸にして、新聞や文芸誌に掲載された文章が収録されている。内容としては批評や文芸時評といったものになるのだろうが、加藤典洋への追悼文なども含まれる。 さまざまな媒体に書かれたものを収録しているので、文体の違いは目立つ。江藤淳はとにかく、加藤典洋への再評価は東浩紀...
江藤淳と加藤典洋を軸にして、新聞や文芸誌に掲載された文章が収録されている。内容としては批評や文芸時評といったものになるのだろうが、加藤典洋への追悼文なども含まれる。 さまざまな媒体に書かれたものを収録しているので、文体の違いは目立つ。江藤淳はとにかく、加藤典洋への再評価は東浩紀も行っていたが(再評価といったものの、要は批評空間周辺で批判されていただけなのだが)、このような仕事は大切といえば大切だろう。現在の日本を取り巻く排外主義的な雰囲気は江藤-加藤らの失敗した子どもたちのようなものでもある。
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与那覇潤の本を読んだのは『知性は死なない』以来。特にファンというわけでもないが気になる著者である。 著者にとって文芸批評の大きな先達である『江藤淳と加藤典洋』が書名となっている。 「文芸批評」を通じて戦後史を読み解くというアプローチは私にとって新鮮だった。 構成も前半の「戦後...
与那覇潤の本を読んだのは『知性は死なない』以来。特にファンというわけでもないが気になる著者である。 著者にとって文芸批評の大きな先達である『江藤淳と加藤典洋』が書名となっている。 「文芸批評」を通じて戦後史を読み解くというアプローチは私にとって新鮮だった。 構成も前半の「戦後史の峰に登る」で戦後の各時代を象徴する作者・小説の論考が集められ、後半の「現在への坂を下る」で江藤淳と加藤典洋についての論考がまとめられている。 著者という道案内を得て戦後史の峰を登り、日常に戻ってきた気持ちがする。 戦後という時代が急速に忘れられリアリティを失っているように見える現在、戦後史から学ぶべきこと、解決されないまま放置されていることはたくさんあると思った。これらについて考え直してみたいと思った。
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※このレビューにはネタバレを含みます
「戦後史を歩きなおす」と副題にある。 戦後80年の今年に読むには良いかなと、図書館に予約を入れて読んでみた。 歩き直すツールは「文学」だ。 ふたりの文芸評論家を軸に、太宰治や三島由紀夫、庄司薫などを題材に、戦後史を振り返る。 歴史とは、そもそもなにか? 要は、人の歩み、人が作り上げた物語、それによって語られる過去(執筆当時は現代であったとしても)の集積が歴史ということか。 論考が高尚すぎて、正直ついていけなかったが、日本の敗戦に潜む父性の消失、母子密着の構造を江藤淳は説き、少し後の世代の加藤典洋が「敗戦後論」で日本の敗戦と戦後評論に向き合った様を、歴史学者である著者が紹介する。 「戦後史」と銘打たれても、我々の生きる今も戦後史なわけで、少し前の過去とどうつながっているのか、もっと言えば戦中、戦前の思想とも連綿たるつながりがあるわけで、たとえGHQが学校教育で戦時中の日本の歴史を亡きものにしようとしても、人の営みには、すなわち文学の中に、その痕跡は色濃く残されている。 それは文学こそが、時代の苦悩と向き合い、その時代時代を生きた人の心が刻まれた物語に他ならないからだ。 庄司薫も、改めて読み直す必要を感じた。高校生の頃だったろう。周りの本好きに進められ、なにやら軽い筆致のミーハーな物語くらいの印象しか持っていなかったが、作者が戦後日本の社会に対する喪失感などを抱いていた世代であり、戦後の時代性を帯びた存在であった。そういう認識を以って、読み直すべきなのだろう。 高度経済成長の真っただ中をひた走っていた時代に、そんなことも思いもせずに読んだのも、読者側の時代性もあってのことだろう。周りが、深読みを許さなかった空気があったのかもしれないと、自分の不勉強を棚に上げて言ってみよう。 戦後80年。戦争からも遠く隔てられた我々。 ややもすると、戦後史からも、引き離されつつあるのかもしれない。 失われたン10年だかなんだかは知らないが、過去と今とはしっかり結び付けて考えておかないといけないなと、改めて思わされた。 その作業を文学を通じて行う歴史学者の著者の試みは面白いと感じた。 図書館で借りている貸出期間中に、そこまでも深読みは出来なかった。これは、手元に置いて、読み返し理解を深めるのがよさそうな一冊だ。
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[書評]221 与那覇潤『江藤淳と加藤典洋』、あるいは「歴史の消滅」の時代をめぐって(成田龍一) https://www.utp.or.jp/book/b10144120.html https://www.youtube.com/watch?v=8NPSGXDb0HA http...
[書評]221 与那覇潤『江藤淳と加藤典洋』、あるいは「歴史の消滅」の時代をめぐって(成田龍一) https://www.utp.or.jp/book/b10144120.html https://www.youtube.com/watch?v=8NPSGXDb0HA https://www.youtube.com/watch?v=j3XGtr0nO8Y
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【二人の巨人と辿る戦後80年間の魂の遍歴 】小林秀雄賞受賞の著者が放つ渾身の文芸批評。『帝国の残影 兵士・小津安二郎の昭和史』『平成史』に続く近現代史三部作完結編。
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