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「国語」と出会いなおす の商品レビュー

3.5

15件のお客様レビュー

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2026/04/14

大量の本が紹介されていたけれど、殆どが読んだことない本で、ちょっと自分には難しかった。 ただ、「ルポ誰が国語力を殺すのか」について書かれていたページで、著者の「常識的に考えれば」の常識が、今の子供達とは違う…というツッコミを入れてる箇所にはすごく共感した。 この本に登場する本...

大量の本が紹介されていたけれど、殆どが読んだことない本で、ちょっと自分には難しかった。 ただ、「ルポ誰が国語力を殺すのか」について書かれていたページで、著者の「常識的に考えれば」の常識が、今の子供達とは違う…というツッコミを入れてる箇所にはすごく共感した。 この本に登場する本を何冊も読んだ上で再読したら印象が違うかもしれない。

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2026/03/07

何かで紹介されていて。 今思えば、ひとつの作品を時間をかけて読んで、クラスメイトと感想を話し合えるなんて、すごく贅沢だと思えるけど、当時はねぇ⋯特に説明文の問題は苦手だった。しっかり読んでいるつもりなのに、選択肢をよく間違えた。 主張の異なる専門家の意見も載せてくれているので、...

何かで紹介されていて。 今思えば、ひとつの作品を時間をかけて読んで、クラスメイトと感想を話し合えるなんて、すごく贅沢だと思えるけど、当時はねぇ⋯特に説明文の問題は苦手だった。しっかり読んでいるつもりなのに、選択肢をよく間違えた。 主張の異なる専門家の意見も載せてくれているので、偏りすぎず読めたのがよかった。 最後の滝口さんとの対談も興味深かった。作家さんの、自作の出題へ愚痴を言っているところは見聞きしたけど、実際に出題者の意図を聞きながらというのは初めてで新鮮だった。逆に納得されていたり。

Posted byブクログ

2026/02/22

一読だけではなかなかどうして理解が追いつかない。 これは二度三度と読む必要があるし、読んでおきたい本であると思う。 入試制作に携わる身としては、勉強になったし、「そうだよね!」となるところもあった。 どの教科もそうだが、国語は奥が深い。

Posted byブクログ

2026/01/13

『こちらあみ子』を題材とした設問は興味深い。国語教師の考えるべきポイント(とてつとなく広く深い)や、発達障害児への対応も含め学ぶことができた。

Posted byブクログ

2026/01/03
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

そういえば、国語という名前について不思議に思ったことは確かにあった。 英語という教科名に対しての国語 その違和感の正体について深く考えることなく今まで来てしまったけれど、 国語、と称して日本語を教えられていたことの暴力性について考えさせられた。 きっと日本語という教科名であったとしても、名前の問題ではなく同様のことが問題になるだろう。 「ほたるの光」の3番4番の歌詞については全く知らなかった。 知ってしまうと1番2番についても印象が変わってしまうなぁ 同様に文学とは何かということも深く考えたことはなかったけれど、 物語を試験の問題として取り入れること、解釈に正解をつけることについては 疑問があった。 本書を読んで、一定の理解はしたかな。 まだ納得いってない部分はある。 適当なもの、はやはり個人の経験や考え方に深く依拠するものであって、 どちらも正解、が正しい場面も出てくると思う バックグラウンドとして「常識」が必要というのはあまり意識はしていなかったけれど、本書でコードと称するものについて、知っていれば試験問題としての物語文への向き合い方も少し違っていたのかもしれない。 人称と語り手的な話は興味深かった。 でもそんなに深く考えず、小説はさらっと読みたい。 文学、文字で書かれた文章を通して、擬似的に共同性を抱くことができる。 属性にとらわれず、他者とコミュニケーションができる。 その共同性は言語的な共通性に担保されている。 ブクログで他の人の感想を読むことで得られる共感や新たな視点の発見ができるのも 共通の体験を経たもの同士でしかできない特別な経験なのだろう さて、この気持ちのまま次(読む技法)を読むぞ! 備忘録  一回的な出来事性を一般性に解消してしまうもの 安易に共感をしてしているようだが、本来的には「単独者」なのだ …これは忘れてはいけないな

Posted byブクログ

2025/12/15

どこかの書評から、だったか。個人的な記憶では、国語の授業そのものには悪いイメージはない。ただ、こと現代文については、結局のところ経験値がモノをいう世界だとはずっと思っていたし、今もそう考える。話がずれたけど、本書が説くのは、学習面の効用ではなく、文学との関係性。いまだ文学とは距離...

どこかの書評から、だったか。個人的な記憶では、国語の授業そのものには悪いイメージはない。ただ、こと現代文については、結局のところ経験値がモノをいう世界だとはずっと思っていたし、今もそう考える。話がずれたけど、本書が説くのは、学習面の効用ではなく、文学との関係性。いまだ文学とは距離を感じてしまう自分だから、関係性の点で、国語と文学を論じるだけの論点を持ち合わせない。意見としては、国語が役に立たない(むしろ害悪)とは思わんし、試行錯誤を続けながら、義務教育として在り続ければ良いと思う。

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2025/12/02

友人が海外で、日本語を教えて欲しいと頼まれ「私は日本語教師ではなく国語教師です。」と話したのを思い出す。 義務教育で「国語」を皆が通過する中で、寄り添うものであるように。まず、知ること。考え学び続けることができるよう、努めたい。

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2025/11/17

タイトルからくる内容のイメージとちょっと違った。 文学と、国語試験の関係を、国語試験出題者自らが 謙虚に分析している本だった。 本の最後に、出題者と、その題材になった著者が対談をして、 その出題を著者が答える、というのはシュール。 御多分に漏れず著者が誤答する、、、 文学が学校...

タイトルからくる内容のイメージとちょっと違った。 文学と、国語試験の関係を、国語試験出題者自らが 謙虚に分析している本だった。 本の最後に、出題者と、その題材になった著者が対談をして、 その出題を著者が答える、というのはシュール。 御多分に漏れず著者が誤答する、、、 文学が学校教育の国語に矮小化される。 国威発揚、国民の洗脳に使われてきた歴史。 そして今の試験。 こんな試験の正解が大学選別に使われるなんて、 違和感しかない。 文学なんて自由に読めばいいはずなのに。 世の中正解なんてないのに。 著者はそれをわかってあえて出題者にもなっている。 生徒と寄り添い、極力楽しく国語を教えながら。 確かに、批判しているだけでは変わらない。 大学ではなく、中高一貫校で教えているという。 「国語」を変えるための第一歩。 ・・・全然関係ないけど、 そういう意味では女性首相誕生はとにもかくにも第一歩ってことになる。 最初から理想の女性首相が生まれるわけはない。 まずは「女性が総理になれる!」ということを小さな女の子にも認識してもらい、 何十年後かに本当に女性に優しい女性総理がうまれればいいのかも。 話はそれた。 「国語」の授業、「国語」の試験、、、 この本を読んでその位置付けを再認識できた。 はじめに 第1章 国語は文学をわかってない!? 第2章 物語と共同性 第3章 最近の教科書を見てみよう 第4章 書きすぎていない小説と試験問題 第5章 文学史について考えよう 第6章 「文学」を再設定する 対談 滝口悠生×矢野利裕 「国語が問うもの、文学が描くもの──出題者と作者による国語入試対談」 あとがき 参考文献

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2025/11/14

●「文学」について考えるために「国語」と向き合い、「国語にとって文学とはなにか」あるいは「文学にとって国語とはなにか」という問いを通して、「文学/国語」のありかたを再設定しようと試みた本。 ●その結論の一つとして、「『文学』とは、文字を通じて再獲得された《私》たちが互いにコミュニ...

●「文学」について考えるために「国語」と向き合い、「国語にとって文学とはなにか」あるいは「文学にとって国語とはなにか」という問いを通して、「文学/国語」のありかたを再設定しようと試みた本。 ●その結論の一つとして、「『文学』とは、文字を通じて再獲得された《私》たちが互いにコミュニケーションをする場所である」ということを著者は導き出した。ただ、これは本書でも語られた国語の授業風景が多分に含まれたがゆえの結論だと感じた。物語の共同性という視点には同意できるが、文学というものは「《私》たちが互いにコミュニケーションの場所」というよりは、やはり個人的な営みと考える人の方が大勢ではないだろうか。

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2025/10/26

学校の国語は文学をわかっていない、学校の国語で文学は教えることはできない、学校外で自発的に読んでこそ文学だ…このような意見がある。一方で新学習指導要領で「論理国語」と「文学国語」に分けたところ、学校国語は文学を軽視している、という批判があがる…。どちらも共通しているのは「国語」は...

学校の国語は文学をわかっていない、学校の国語で文学は教えることはできない、学校外で自発的に読んでこそ文学だ…このような意見がある。一方で新学習指導要領で「論理国語」と「文学国語」に分けたところ、学校国語は文学を軽視している、という批判があがる…。どちらも共通しているのは「国語」は「文学」をわかっていない、という考え方。著者のこの指摘から、学校で教える国語と文学が結びつくような関係のありかたを再設定することを目指したのが本書。 なるほどと感じたのは、文学作品を読むとき、つねに、すでにある既存の文学作品のコード(規則)を参考にしながら読む。現代文の試験問題は、そのような文学を読むにあたっての常識的な規則を問うもの、ということ。学校国語と文学がつながるし、小説には論理がない、というのはちょっと当たらないなぁ…と知った。

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