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羊式型人間模擬機 の商品レビュー

3.4

46件のお客様レビュー

  1. 5つ

    8

  2. 4つ

    9

  3. 3つ

    16

  4. 2つ

    6

  5. 1つ

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2026/09/11

一族の男性は死を前に御羊に変化し、その後屠られて一族に饗される――そんな一族を近くから見守る人間型の機械(アンドロイド)の視点から描かれる、ある当主の御羊化に始まる物語。SFというより幻想小説だけれど、この一族が何なのか、一族以外の人間はどう暮らしているのか、いつの時代のことなの...

一族の男性は死を前に御羊に変化し、その後屠られて一族に饗される――そんな一族を近くから見守る人間型の機械(アンドロイド)の視点から描かれる、ある当主の御羊化に始まる物語。SFというより幻想小説だけれど、この一族が何なのか、一族以外の人間はどう暮らしているのか、いつの時代のことなのか、どこの国のことなのか、それらは一切説明されない。語り手についても、見た目を含め詳細な仕様は明かされない。けれどそうした語られないディテールが気にならないほど、語り手の美しくも少しほころびのある言葉によって紡がれる濃密で独特な世界の空気に引き込まれる。 浮世離れしているのにそれぞれに色濃い生を生きているこの一族の、閉じているのに果てしがない、積み重ねられてきた歴史。その歴史に寄り添い、有限の生の巡りを見届け続けてきた語り手の胸のうちから溢れる思いは、「人間的」な存在として作られただけあって、非人間でありながらとても人間的。なすべき務めは淡々と果たしながらも、命を慈しみ、一族を愛し、最後は有限の生を持たぬものとして与えられた柵を自らはみ出してゆく。 人は誰しも、少なからず柵と枷の中で生きる。それは性別であり体質であり、生まれ、運命、矜持である。作中で、女性たちはそうした柵や枷に、果敢に挑んでいく。愛ゆえに進んで枷にとらわれる者もいれば、本能が叫ぶままに柵を超えようとする者もいる。一方で、御羊になる定めの男性たちは、それぞれの柵や枷から解き放たれることはない。定めの生の中で時に虚ろな人形となり、抗いは病に負け、御羊となり歴史の一部になっていく。 愛ゆえに柵に挑み枷を乗り越える語り手の衝動は、人間的なのだろうか、それとも非人間的なのだろうか。人間的な非人間として作り出された語り手の、非人間性と人間性のあわいに立つまなざしと行動が、「人間らしさ」とは何かという問いとなって胸に残る。 愛を持つアンドロイドと言うとカズオ・イシグロの「クララとお日さま」を想起するが、この語り手はAF(人工親友)とはまったく違う。語り手は愛をプログラミングされた商品ではなく、一族のためにただそこにいること、一族の歴史の目撃者になることを求められている。その、時の流れの積み重ねが、語り手の中に愛を生んでいる。 御羊解体と大旦那様との往時の思い出が並行して語られる場面は、具体的な言葉としての表現はないけれども、見守り続けてきたいのちへの強い強い愛を感じる圧巻のクライマックスである。同時に、愛するいのちを解体し見送ることのできる存在であることの非人間性、むしろ超人間性が恐ろしくも感じられる場面でもある。 この語り手がいなければ、御羊を饗する儀式は続いてきただろうか。御羊にはならない主人に作り出された語り手は、一族を守るものだったのか、一族を呪うものだったのか。人間性について、愛について、お伽噺めいて静かな非現実感の中から一気に生々しいいのちの現場へと展開する荒々しさに揺さぶられながら、強く心が刺激された作品だった。

Posted byブクログ

2026/08/30

お伽話のような家族史のような不思議な小説。 御羊になることは一族にとっては呪いのようで、「わたくし」にとっては一族への祈りのように感じた。 主人の最期を自らの手で捌き家族に与えること。有限の時を生きる彼らを見守る「わたくし」にとっては、そうして血を繋げていくことで彼らと再び会えま...

お伽話のような家族史のような不思議な小説。 御羊になることは一族にとっては呪いのようで、「わたくし」にとっては一族への祈りのように感じた。 主人の最期を自らの手で捌き家族に与えること。有限の時を生きる彼らを見守る「わたくし」にとっては、そうして血を繋げていくことで彼らと再び会えますようにという祈りのようなものなのかも。

Posted byブクログ

2026/08/20
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

死ぬと御羊になりそれを解体する役割を持つアンドロイドと、その羊を代々食べる風習を持つ一族の話。 幻想SFで少し読みにくさはあったけど綺麗な文章。オチはいまいちわからなかったけど、冬弥を助けるために手を上げたyouに感動。 登場人物たちみんなそれぞれ良さがあって魅力的で、youが愛するのもわかるなぁと思った。

Posted byブクログ

2026/08/15

ハヤカワSF公式Xの新刊情報で認知。「タイトル良し、カバーイラスト良し、あらすじ良し」と、三拍子が揃っていたので、予約して購入。(結局、読み始めたのは購入から1年以上経ってから。積読族あるある。) 男性が死の間際に「御羊」に変身する一族に仕える「わたくし」は、その肉を捌き血族に...

ハヤカワSF公式Xの新刊情報で認知。「タイトル良し、カバーイラスト良し、あらすじ良し」と、三拍子が揃っていたので、予約して購入。(結局、読み始めたのは購入から1年以上経ってから。積読族あるある。) 男性が死の間際に「御羊」に変身する一族に仕える「わたくし」は、その肉を捌き血族に食べさせることを生業としている。ついに当代の大旦那様が御羊になった日、「わたくし」は儀式の準備を進めるが、一族の者たちは「御羊」に対して複雑な思いを抱いていた。かれらはなぜ、何代にもわたり血族の肉を食みつづけるのか。人間は/機械は、何のために存在するのか―――(カバーそであらすじまま) 「男性が死の間際に"羊"となり、"羊"となった血族を残された者が食す」一族に仕える"アンドロイド(=わたくし)"の視点で描かれる幻想小説(多分)。 「今現在観察していることに関する記述」と「過去の記憶(記録)に関する記述」が、(ほとんど)切れ目なくつらつらと書かれており、これがまあ読みにくいのなんの。おそらく、全てを記憶して自由に記憶を呼び出せるアンドロイドが、誰に向ける訳でもなく述懐しているからだろうが・・・。(「好きな人には堪らないが、合わない人には苦痛」、本作が「幻想小説」であると評したのはこれ故。) ほぼ間違いなく、フィリップ・K・ディックの名作SF『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』が意識された本作。前述の作品では、「人間と機械(=人間と見分けのつかないアンドロイド)の差異」は「共感力」であり、それが「人間らしさ」として描かれている。本作で登場するアンドロイドは、経験によって「共感力」を得て人間に近づくことが可能であるが、毎夜、その日に積み重ねた"経験値"をリセットして、あえて人間に近づけないようにしている。それは、「御羊」となった一族の男性を捌いて、遺された者に饗するという役目や、「人間ではない完全なる他者」として気兼ねや柵のない聴き手としての役目を果たすための措置なのだろう。 上記内容を作品全体通して描かれていれば面白かった(=私の好みだった)のだが、これが明かされるのが本当に最後の最後で、作品の9割は、先述したようにアンドロイドのとりとめのない述懐を記述した内容なので、残念ながら私には合わなかった。

Posted byブクログ

2026/07/25

「きょうのあさ、だから今朝、大旦那様が御羊になられた。」 この文体(一族に雇われているアンドロイド)を、最後まで続けられることに、脱帽。男性当主が死ぬと、羊になり、その肉を家族が食するという伝統のある一族の話で、アンドロイドと人間とをわけるものとは、みたいなところに最後のほうはな...

「きょうのあさ、だから今朝、大旦那様が御羊になられた。」 この文体(一族に雇われているアンドロイド)を、最後まで続けられることに、脱帽。男性当主が死ぬと、羊になり、その肉を家族が食するという伝統のある一族の話で、アンドロイドと人間とをわけるものとは、みたいなところに最後のほうはなっていく。アンドロイドによる語りといえば、『お日様とクララ』を思い出したが、アンドロイドとの共生について、私個人はあまりリアルに想像できず、どちらにも乗り切れなかった。

Posted byブクログ

2026/06/25

語り手はアンドロイド。 男子が死ぬ間際に御羊になるという一族を、何世代にも渡って見守ってきた。彼ら彼女らは屋敷の敷地内で一生を終える。そのうち男は死ぬ間際に御羊になり、御羊になってからアンドロイドによって捌かれ、一族の者たちに饗される。なぜそのような儀式が必要なのか、なぜ彼らは御...

語り手はアンドロイド。 男子が死ぬ間際に御羊になるという一族を、何世代にも渡って見守ってきた。彼ら彼女らは屋敷の敷地内で一生を終える。そのうち男は死ぬ間際に御羊になり、御羊になってからアンドロイドによって捌かれ、一族の者たちに饗される。なぜそのような儀式が必要なのか、なぜ彼らは御羊になってしまうのか、そのような謎は謎のまま終わる。 けれど、アンドロイドがそれらを明かさなくても全然気にならない。アンドロイドが、人間的な性質を求められながらも人間にはなれない彼女が、今まで彼女が仕えてきた一族の人々、今もなお仕えている一族の人々との思い出を振り返る。一癖も二癖もある皆のことを。 その記憶はあたたかい。体温がある。思い返しているのは、記録のみを持つアンドロイドだというのに。 アンドロイドの奏でる本作の文体は、心地よく、声に出して読み上げたくなる。 アンドロイドは、一族の皆から、ユウとかゆうとかユゥーとかUとか、いろいろに呼ばれる。呼び名の数だけ、アンドロイドとの思い出があるのだろう。 そう思うと、初見ではややこしいなとしか思わなかった冒頭の家系図が、愛おしく思えてくる。 幻想的で素敵な作品だった。 最後の場面は、胸に迫るものがあった。

Posted byブクログ

2026/06/23
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

わたしはこの小説が刺さるほうの読者だった。 はるか昔から一族に仕えてきた少女型アンドロイドによる、静かな語りがよかった。血を分け与え生きてきた一族という独特の世界観だけれど、歴史書を見ていくと不思議と愛さずにはいられなくなる。 読者としては、無理なく自然に過去の記録を読ませてもらえるのがよかった。はじめは家系図がややこしいと思ったけれど、人と人との繋がりが頭の中にできてくると、本当に面白い。 一族の全員が束縛のなかで自由を思い描いて行ったり来たりと苦しんでいた。それでも仕来たりに従うことを選ぶ者、束の間でも自由を得ることを選ぶ者、反骨精神を隠し持つ者、さまざまな思いがあって胸が締め付けられた。 姑と嫁の絆の深さが意外だった。こういう一族の話って、嫁姑はいがみ合っていることが多いから。この作品ではむしろ、女同士の心の強い繋がりによって子孫を残しているという面すらある。 歴史の随伴者としてのyouも、自分を作った人の面影を子孫たちに見て、一族を丸ごと愛していることがわかってよかった。これは愛の話だったと思う。最後は少し泣いた。

Posted byブクログ

2026/05/26

独特の設定と語り口で紡がれる、とある一族の生き様。「わたくし」がその一人一人を愛しているのが伝わってきて良かった。ふわふわと温かな雰囲気だった。

Posted byブクログ

2026/04/30

 これはやさしい本当の物語。─これはやさしい偽りの記録。 ──  アンドロイドは電気羊の夢を見るかを想起させる要素が散りばめられながらも、その実、対極な作品であった。どちらかというと、日本のSF(少し不思議)の要素を色濃く受け継いだ作品である。そもそも本作に登場するサイエンスフィ...

 これはやさしい本当の物語。─これはやさしい偽りの記録。 ──  アンドロイドは電気羊の夢を見るかを想起させる要素が散りばめられながらも、その実、対極な作品であった。どちらかというと、日本のSF(少し不思議)の要素を色濃く受け継いだ作品である。そもそも本作に登場するサイエンスフィクションとしての要素は希薄である。科学技術が発達したことによる虚構は「you」のみであり、それ以外はファンタジーとしての虚構となる。つまり、物語の構造としてもアンドロイドは電機羊の夢を見るかとは全くの対極という立ち位置となる。  また、感じさせるテーマも別物であろう。「アンドロイドは電機羊の夢をみるか」は機械生命体であるアンドロイドが人間と同じ価値観、魂、意志を持てるのか問題定義を行う。その中で、相互理解という壁にぶつかることで理解し合うこと、共生の無意味さを思わせる作品である。対して本作は、機械生命体である「you」が人間になり得るものとして物語が展開される。そして、当然のように人間と共生し、共生するが故に生物としての違いに苦しむのである。前提が違う上で、追い求める過程も異なるのであるから対極な作品といえよう。  さて、本作は「フェイク」である。 (なにを当たり前なこと言っとるんじゃこいつは)と思われるだろうが、重要なのは「フィクション」と形容していないところである。本作には「本来の自分」を他人に見せる登場人物はいない。全員が分厚いペルソナを被っているのである。そのような状況で、「you」だけは全員の心の内を知っている。正確には、「you」だけにはペルソナを被った状態で接する必要がないと全員が思っている。嫌な言い方をすれば、「you」は機械であり、道具である。それを分かった上で共生してるものだから、他の「人間」には見せない「本来の自分」がまろびでてくる。だから「you」は一族の他者にしか見せない「ペルソナ」と、自分にしか見せられない「本来の自分」と二つを記録している。どちらも本物であり、偽物である。本来の自分であるときは、ペルソナの側面が偽物となり、ペルソナを被っているときは本来の自分が偽物となる。陰陽対極図的な関係を保つ。  本作で重要なのは、一族の男が御羊になることではない。人間を看取るということである。一族の人間が死ぬ間際、御羊に姿を変え、一族でその肉を食べる。死んでから御羊に姿を変えるのではなく、死ぬ間際に姿を変えるということは、確実に死ぬ瞬間を看取るものが発生する。故に、本作の最大のフェイクは御羊に転身する事であり、ファクトが看取りである。  羊を捌くのは「you」である。つまり、看取るのモノである。これは何を表すかというと、一族の男は「ペルソナ」と「本来の自分」の二つを視てきた「you」と最期を過ごすということである。家族でもなく、愛した人でもなく、「自分」の全てを知っている隣人と最期の時を過ごす。看取られる側からすれば、なんともやさしい終わりである。では、看取る側はどうなのか。それは貴方次第だろう。

Posted byブクログ

2026/04/12
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

アンドロイドは眠らないと人間に近づき、人間は永遠に眠る時、人でなくなる。その対称性が面白かった。あと、you への呼びかけが一人一人違ったことも、you が完全な他者ではあるけど、he/she で語られる三人称ほどには心理的にも物理的にも離れていないんだろうなと。諸々面白ポイントがありすぎて、考えがまとまらずにぐるぐるしてる。

Posted byブクログ