聖と俗 対話による宮台真司クロニクル の商品レビュー
祭りの太鼓が鳴りやみ屋台の灯が消えると、日常は何事もなかったように戻ってくる。その切り替わりの瞬間にこそ「聖」と「俗」の境目がある。宮台真司は制度や物語が弱まった社会で、聖が失われ俗だけが肥大する危うさを指摘する。一方、近田春夫は大衆文化の只中から、俗の側にこそ本音と時代精神が宿...
祭りの太鼓が鳴りやみ屋台の灯が消えると、日常は何事もなかったように戻ってくる。その切り替わりの瞬間にこそ「聖」と「俗」の境目がある。宮台真司は制度や物語が弱まった社会で、聖が失われ俗だけが肥大する危うさを指摘する。一方、近田春夫は大衆文化の只中から、俗の側にこそ本音と時代精神が宿ると見抜いた。高尚さと軽さは対立ではない。聖は俗に降り、俗は聖を必要とする。両者が往復を失ったとき、社会は空洞化する。いま求められるのは浄化でも迎合でもなく、その緊張を保つ感覚なのだ。
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対談というかインタビュー。 近田春夫氏が絶妙な合いの手を入れるのと、ちょいちょい鋭い質問を投げかけるので、宮台真司氏も「いい質問」という言葉から答えているので、気持ちよく話しているのが感じられる。 宮台真司氏のナンパ師としての活動や、援交女子高生との関係、大学教授など、様々な立場...
対談というかインタビュー。 近田春夫氏が絶妙な合いの手を入れるのと、ちょいちょい鋭い質問を投げかけるので、宮台真司氏も「いい質問」という言葉から答えているので、気持ちよく話しているのが感じられる。 宮台真司氏のナンパ師としての活動や、援交女子高生との関係、大学教授など、様々な立場や視点を通してみる、当時の世相はとても興味深く、世代は違うので、同じ目線ではなかったにせよ、同じ時代を見てきた自分の目が、いかに表面しか見てなかったか感じさせられる。
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副題の「対話による宮台真司のクロニクル」そのまま. ナンパ師,テレクラ修業など驚きの内容に圧倒されながら読了.対話だけど自伝.
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