富士山 の商品レビュー
現代的なテーマを背景に、人生の岐路についての小気味よい短編集。多面的な自分の存在を感じるおもしろさを味わえた
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デビュー作こそ比類なき難解さを持つことで知られる平野啓一郎氏だが、以降発表されている作品は尋常の読解力と語彙力があれば問題なく読了、理解できるレヴェルであり、またジャンルもいわゆる純文学の枠のみに収まりきるものばかりではなく、この短編集含め読み易さと娯楽性を充分に兼ね備えている。 すべての作品を通じ一貫しているのは、"人間"と"社会"を描くことであり、またそれを実現するために"今"という時代性を反映するツールを適宜取り入れていること。 関連して、著者のポリシーが前面に表されている箇所が特に近作では多く見られることも、実に"らしい"。 加えてこの短編集に収録されている作品には、近年著者が提唱している「分人主義」の考え方が随所に埋め込まれている。 パラレルワールドというギミックは何もSFの専売特許ではなく、そのような仮定や空想を広げることがあるいは自身の苦境を和らげたり、メンタルの健康を取り戻したり、心安らかに日々を過ごせる居場所を見つけたりする一助となり得る…そんな可能性を示しているようにも感じる。 著者の平野啓一郎氏は、現在に至るまで少なくとも履歴書の見かけ上は紛れもなく社会的強者に属する身ながら、おそらくは幼少の頃より、時に反発を覚えながら世の中の在り方に疑問を感じ、様々な屈託を抱えて長じてきた故に(そもそも不自由なく育ち不遇を感じることなく生きてきた人は文学で自己表現をしようなどと思わない)、公権力やそれに類する存在に対しては厳しい目を向け自律を求める一方で、いわゆる弱者と呼ばれる人たちやマイノリティとして不当な扱いを受ける人たちに代わって声を上げ、彼らが今より生き易くなる方向に世界が変わることを望んで発信を続けている。 今回の作品群には、そのような著者の思想が存分に反映されているのではないかと思う。 「鏡と自画像」の書き出し、最初の段落は珠玉の名文。 シンプルかつ本質的で、日本語としてのリズムと構成も完璧。 冒頭以降もばちりばちりと寸分違わずはまる絶妙な比喩を繰り出しながら、張り渡された綱から落ちることなくクオリティは保たれ続け、素晴らしい文学作品に仕上がっている。 新人作家が今これを発表したら芥川賞を取るのではないかな? いや完成度が高過ぎて不自然か…。 著者の作品に投影された言説には若干風紀委員のような雰囲気があり、読んでいる最中、例えば会社でハラスメント研修を受けながら「自分は大丈夫かな…?」と自問自答をしている時のような、名状し難い居心地の悪さというか緊張を強いられることがある(苦笑)。 「辛くなると、痛み止めを飲むように『計画』のことを考えた。するとその間だけは、少し心が楽になった。」
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「手先が器用」が好きだった。 もっと続きを読みたいと思ったけれど、この分量だからこその余韻なのかもしれない。相手にかける一言の重みを改めて感じる1篇だった。 自分も周りからの一言をもっと丁寧に掬い上げていたら、今の自分ではなく何か変わっていたのだろうかと考えてしまった。 子供の...
「手先が器用」が好きだった。 もっと続きを読みたいと思ったけれど、この分量だからこその余韻なのかもしれない。相手にかける一言の重みを改めて感じる1篇だった。 自分も周りからの一言をもっと丁寧に掬い上げていたら、今の自分ではなく何か変わっていたのだろうかと考えてしまった。 子供の頃に言われた大人からの何気ない一言はどう転ぶかわからない。 その人をずっと励ます心の支えとなるか、はたまた呪いのようにその人を縛ってしまうか。 その後の人生に影響を与えることが少なくないなと思っている。 日常の中で、私も周りの人に対して、いいところを1つでも多くさりげなく伝えていきたいと思わせてくれた。
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初、平野啓一郎さん。 難解だというイメージがあり今迄手を出せず。 原作の映画やドラマで欲を満たしていた。 こちらは本屋でどうしても気になったので読んでみた。 短編だからか読みやすかった。 というか面白過ぎて引き込まれ過ぎてすぐ読んでしまった。 特に「息吹」と「鏡と肖像画」が好みで...
初、平野啓一郎さん。 難解だというイメージがあり今迄手を出せず。 原作の映画やドラマで欲を満たしていた。 こちらは本屋でどうしても気になったので読んでみた。 短編だからか読みやすかった。 というか面白過ぎて引き込まれ過ぎてすぐ読んでしまった。 特に「息吹」と「鏡と肖像画」が好みでした。 こ、これは、、。 脳が震える体験。 最近本離れしていたんですが、本って凄いなってまざまざと思わされた。 ある意味衝撃というか。 最近は映画ばかり観ていたけど、本を読みたい!! いや、読まなければ!! と思いました。 平野啓一郎さん作品、次は「本心」を読んでみたくなりました。 いやほんと素晴らしい。
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一冊の本からこんなにも問いを投げられ、考える時間を与えられるとは思わなかった。 短編集なのでどれもすぐに読める。 しかし「もし、あの時…?」と想像しだすと思考が止まらなくなり、物語だけでなく自分自身にも重ねてしまうと、いくら時があっても足りない。 また作品の並びが絶妙だと思う...
一冊の本からこんなにも問いを投げられ、考える時間を与えられるとは思わなかった。 短編集なのでどれもすぐに読める。 しかし「もし、あの時…?」と想像しだすと思考が止まらなくなり、物語だけでなく自分自身にも重ねてしまうと、いくら時があっても足りない。 また作品の並びが絶妙だと思う。 先の三作品で息苦しさを感じていたところに、うんと短い【手先が器用】で一息つける。 ささやかだけど、ホロッとする素敵なストーリーだった。 そして最後の【ストレス・リレー】で、今まで味わったことのない達成感でフィニッシュ。 表題作【富士山】のラストに 〝富士山の正面というのは、どの方向から見た姿なのだろうかと考えた〟 というくだりがある 近頃読書を通してよく思うのは、人には様々な顔があって、きっとそれらはどれも本当の自分なのだろう、ということ。 この富士山も、まさしくそれを表しているのかなと思った。 この本は いるかさん・地球っこさん・松子さん との〝みんどく〟 今回は私が選書しました。 読みたい本の中で迷いながらも決めた一冊。 一緒に同じ本を読めて嬉しいです。 みんな、ありがとう(/^-^(^ ^*)/ 平野啓一郎さんの本を読むのはまだ二冊目ですが、すっきりとした文章で読みやすかったです。 全部で184頁の短編集でありながら、どっしりと読み応えのある一冊でした。
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短編集。 あっという間に読めました。 平野さんの短編は初めてでしたが、やっぱり僕はこの人の文章が 好きなんだなあと感じました。時折、スッと吸い込まれそうになる感じ。 たったいま読んだフレーズを、すぐにもう一度読みたくなり、読む感じ。 特に印象に残った作品は「鏡と自画像」かな。 「中田さんへの相談」とか印象派展でドガの自画像を見るくだりとか、とても好みです。 あと、「ストレス・リレー」も楽しかった。 なんだか誰にも起こり得そうなストレスが次から次へとやってくる。 読んでるだけなら楽しいんだけれど、さて僕はルーシーになれるだろうか。
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「鏡と自画像」と「ストレスリレー」が良かった。平野さんの本は読んだ後、読書が趣味で良かったと思わせてくれる本。
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地球っこさん、松子さん、aoi-soraさんとの「みんどく」。 今回の選書はaoi-soraさん。 面白かった~ 気になって気になって仕方がない。 ほとんど一気読みでした。 5編からなる短編集。 帯には あり得たかもしれない人生の中で、なぜ、この人生だったのか? 自分の人...
地球っこさん、松子さん、aoi-soraさんとの「みんどく」。 今回の選書はaoi-soraさん。 面白かった~ 気になって気になって仕方がない。 ほとんど一気読みでした。 5編からなる短編集。 帯には あり得たかもしれない人生の中で、なぜ、この人生だったのか? 自分の人生を愛し、誰かを愛するための小説 裏 帯 ささやかな出来事が人生を変える5つのストーリー 「富士山」 結婚を決めた相手のことを、人はどこまで知っているのか。 「息吹」 かき氷屋が満席だったという、たったそれだけで、生きるか死ぬかが決まってしまうのだろうか? 「鏡と自画像」 すべてを終わらせたいとナイフを手にしたその時、あの自画像が僕を見つめていた。 「手先が器用」 子どもの頃にかけられた、あの一言が中ったら。・・・・ 「ストレス・リレー」 人から人へと感染を繰り返す「ストレス」の連鎖。それを断ち切った、一人の小さな英雄の物語。 平野さんの文章はとてもきれい。(時に難しい表現や漢字がでてきますが) すごく短い短編ですが、「手先が器用」が好きです。 平野文学 大人のエンターテイメントでした。 素敵な時間をありがとうございました。
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■前説 死刑を切望する人間が誰でもよかったと無差別殺傷事件が起ころうとも、女性ひとりで夜道を歩くことができる治安のよい日本では、そういう災難が我が身に起こるとは思わない。 そもそも人間には理性が備わり、まして日本は銃社会ではないだけに、こういう痛ましい事件が起こっても、格差社会...
■前説 死刑を切望する人間が誰でもよかったと無差別殺傷事件が起ころうとも、女性ひとりで夜道を歩くことができる治安のよい日本では、そういう災難が我が身に起こるとは思わない。 そもそも人間には理性が備わり、まして日本は銃社会ではないだけに、こういう痛ましい事件が起こっても、格差社会だ、ネットで拡散される玉石混交の情報社会においては、精神が破綻した人間が出ても仕方ない…と、自然災害が起こると地球温暖化に影響しているのでは…と片付けるみたいに、紋切り型の解釈がなされ、ただただ不運としか言いようがないという言葉に収斂される。 運命ってなんだろう。人生の岐路を決めるものもあれば、ちょっとした思いつきや偶然の邂逅や関わりが、それから先の人生を大きく変えることもある。 『身に起こることは偶然はなく必然である』と語ったのは松下幸之助翁。まぁ、これは人生経験を重ねていくうちに醸成された『物事の受け止め方』を指しているのだろう。艱難辛苦を乗り越えた先の境地が達観にまで昇華したと、僕は見る。 なぜなら、それもこれも生命があっての話しだから。命があれば再生・復活の可能性は残されている。絲山秋子氏の芥川賞作『沖で待つ』には、会社の同僚が投身自殺の巻き添えで死が小説のモチーフになっている。はたして、巻き添え死を前にして、これも必然と言うのか。言えるのか。そんな死を前にした身内は、自殺者を憎み、この世に神様なんてものはそもそもいないんだと悟る。 ■あらすじ 本書は5つの話からなる短編集。通底するのは、『あの時、もし違う選択をしていたら、はたして今頃私はどうなっていたんだろう』…という運命の差配する、必然ではなく偶然の産物を描く。 それぞれの主人公は、小さな分岐点に立つ『今の自分』と、『もうひとりの自分』のいる世界について思い巡らせ、懊悩しもがく。考えたところで詮ないことと分かりつつも…。 『富士山』 40歳になる加奈はマッチングアプリで出会った彼がいる。コロナ禍でもあり、直接会う機会は少なかったが悪い印象はなく、お互いを知る機会として浜名湖へ旅行に出かける。予約は彼が行い、富士山が見える席を確保。たまたまダイヤが乱れ、20分遅れで到着した小田原駅で、加奈はある事件に出くわす… 『息吹』 暑さ凌ぎで入店したかき氷屋が満席のため、マクドナルドへ。近くの客から聞こえたきた大腸の内視鏡検査の話に触発され、念の為、受診してみれば初期の大腸癌が発覚。一命を取り留めた息吹であったが… 『鏡と自画像』 虐待されていた過去を持つ男は誰かを殺して死刑になることを望み、何人殺せば完全に死刑になるかを模索。そしてナイフを手にし、美術館へ。そこで、ある絵画にたまたま出会し… 『手先が器用』 「ともちゃんは、やっぱり手先が器用ね」…それは幼い頃に祖母にかけられていた言葉。方や母親は冷淡で… 『ストレス・リレー』 小島はシアトルから帰国便が遅れに遅れ、ようやく羽田に。空港内の蕎麦屋で天ぷら蕎麦を注文すれば、終わったと言われる。しばらくすれば、後からの客には天ぷら蕎麦が…。溜まりに溜まったストレスを女性店員にぶつけ、彼女はそのストレスを母親にぶつけてしまう。母親は母親で…、人から人へとたちまちにして伝染していくストレス。そのストレスの連鎖を断ち切ったのは… ■感想 身の毛がよだつ怖さはないが、現実社会に起こり得る偶然の交錯が不安を呼び、じわりじわりと侵食し、壊れていくリアルな描写に、何度か本を閉じては呼吸を整え、読み耽った。 本年はまだ1冊目ながら、年末の2025年度のベスト3にランクインするのは間違いないないだろうなと思える一冊。
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1話目の富士山と最後のストレスリレーが良かった ストレスリレーはまさに現実的な気がした 誰かが誰かに八つ当たりそのイライラをまた誰かに 少し余裕を持ってみんなや、周りに優しくしたい
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