エリート過剰生産が国家を滅ぼす の商品レビュー
クリオダイナミクス(歴史動力学)という分野を初めて知った。一方の出力結果に内戦や革命といった政治的破局を置き、もう一方の結果に政治体制の維持を置く。出力に影響する因子としてたとえば「国民の不満」を考えるが、定量的に評価できる指標として所得の「中央値」(当然、平均値ではない)や、所...
クリオダイナミクス(歴史動力学)という分野を初めて知った。一方の出力結果に内戦や革命といった政治的破局を置き、もう一方の結果に政治体制の維持を置く。出力に影響する因子としてたとえば「国民の不満」を考えるが、定量的に評価できる指標として所得の「中央値」(当然、平均値ではない)や、所得上位1%層のGDP占有率、身長(時期の比較ができればよいため、徴兵検査の結果データでもよい)を使い、「身長の伸び=健康状態の改善≒幸福度(の一指標)」といったロジックでモデルを構築し、過去の歴史に照らして検証する。非常に興味深い内容だった。(経済学のモデルとはレベルがまったく違う気がするのは気のせいだろうか) 「国民ひとりひとりが政治を動かす」という民主「主義」信者の理想は所詮お花畑ドリームであり、現実に社会を動かすのは一握りの権力者で、権力者が「たまに」国民に飴を施そうと気が向いたときのみ、国民のための施策が(中抜きされながら)遅々と実施される。 しかし、権力者とは陰謀論によくあるごく少数の黒幕ではなく、金脈と人脈を結合した権力の「ネットワーク」であり、どんな独裁者でもネットワークから切り離された瞬間に権力を喪失するという指摘は、皇帝ネロ失脚の生き生きとした描写もあって非常に説得力があった。 権力ネットワークへの参入は椅子取りゲームであり、既得権者はあらゆる手段で椅子にしがみつき、椅子の数が増えることもない。一方、ゲームの参加者は世襲であれ縁故であれ科挙であれマルサス人口論のごとく増加するため、その結果はエリートの「なり損ね」を量産する。 「超」富裕層の子女として人生の最初から勝ち組であるか、時代に合った才能を発揮して億単位の金を稼ぎ新規の勝ち組になった者はともかく、凡人より勉強ができる程度の秀才が奨学金という借金を抱えてゲームに参加しても勝ち目はなく、リベラル派が救済するのは変態か外国人だけ、という状況では、脱落したエリートの怨念が社会の破壊を志向するのは自明である。 本書には「架空の設定」として何人かの典型的な人物像が登場するが、彼ら・彼女らのショートストーリーだけでも十分に面白かった。 明治維新が単なる内戦扱いなのは当然として、日本に触れられていなかったのは少し寂しい。差別ではなく、単に「もともと分析に値する先進国ではない」という妥当な評価だろう。 付録の小説?にランチェスターの法則に沿った南北戦争の予測が出てきた。士気の高さだけを根拠として勝つ見込みのない戦争に突き進んだ国家はやはり愚かとしか表現のしようがない。
Posted by
- 1