勇気論 の商品レビュー
本書では、勇気とは?から始まり、勇気と正直と親切が深い関係にあると話が展開していきます。 勇気を持つ人とは、他者と繋がれないと諦めるのではなく、他者と繋がる事は簡単には出来ない事を認め、それでもいつかは繋がると信じて、諦めずに繋がるまでの孤独に耐える事の出来る人。 正直な人とは...
本書では、勇気とは?から始まり、勇気と正直と親切が深い関係にあると話が展開していきます。 勇気を持つ人とは、他者と繋がれないと諦めるのではなく、他者と繋がる事は簡単には出来ない事を認め、それでもいつかは繋がると信じて、諦めずに繋がるまでの孤独に耐える事の出来る人。 正直な人とは、自分の剥き出しの欲望ではなく自分の考えを客観的に注釈を付けられる正直さを持つ人。 親切な人とは、ほとんどの人が見逃してしまう他者が発するわずかなシグナルも聞き取る事ができる人。 勇気も正直も親切も我々が普段考えているような意味とは少し違う解釈かもしれません。 勇気があるから正直で親切で、正直だから勇気があり親切で、親切だから勇気があり正直でいられると言う、分かりやすい起点と終点があるようなものではありませんでしたが、この3つの徳目のぐるぐると回るような関係が人間の人間性に関わる重要な土台だと思いました。 筆者の本は分かりやすくどんどん読めてしまうのですが、後から本の内容について考えると、あれ?どんな事が書いてあったっけ?となり、考えながら読み重ねる事で自分なりの理解が深まるような気がします。
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勇気論についてメールのやり取り形式で問答されている。ただ、勇気に特化した訳ではなく、正直や親切とはなにかと哲学になっていて著者の考え方が展開される。なかなか深い内容。 冒頭では勇気は孤独に耐えることと定義されている。自分を基準に正しいか正しくないか周りに流されない姿勢が勇気だと。...
勇気論についてメールのやり取り形式で問答されている。ただ、勇気に特化した訳ではなく、正直や親切とはなにかと哲学になっていて著者の考え方が展開される。なかなか深い内容。 冒頭では勇気は孤独に耐えることと定義されている。自分を基準に正しいか正しくないか周りに流されない姿勢が勇気だと。最近の漫画も仲間や友情のテーマが多く勇気、孤独を扱うものが少ないと。
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この本の表紙に描かれているイラストが素朴で可愛らしい、読んでからまた見てみるとこの本で内田先生が述べていることだと気がつきます。 「勇気」という言葉から連想するのはやはり、“勇気りんりんるりの色〜”というメロディーライン、あの「少年探偵団」の主題歌です。先生と年代が近いので、私も...
この本の表紙に描かれているイラストが素朴で可愛らしい、読んでからまた見てみるとこの本で内田先生が述べていることだと気がつきます。 「勇気」という言葉から連想するのはやはり、“勇気りんりんるりの色〜”というメロディーライン、あの「少年探偵団」の主題歌です。先生と年代が近いので、私も先生と同じことを思い浮かべました。まずこの「勇気」という資質が現代日本に足りないものと述べています。 この本は編集者と先生の往復書簡をまとめたものなので、読み易い内容になっています。編集者の問いに対する先生の答えは、ああそうか、やっぱりそうなんだなあと一々腑に落ちたり、それでいいんだなあと安心したりします。 現代日本において「勇気、正直、親切」という徳目が顧みられなくなっていること、孤立することが極端に忌避されていることに焦点を当てて、文献などからそれぞれの言葉の意味や現象を探っています。 「最も重要なのはあなたの心と直感に従う勇気」とスティーブ・ジョブズの卒業式の式辞を引用しています。学校教育では「自分のヴォイスを見つける」ことが大切な目的の一つで、教育現場でよく言われる「大きな声でハッキリと」と言うことの実践とは正反対の「とても一言では言えないこと」つまり口ごもったり、言い淀んだりの方が大切だと知り、安心した訳です。 ヒーローは「いるべき時にそこにいる」。自分を呼ぶ声が聴こえる(ミッション)というような状況は、体験的に納得がいきます。 以前に読んだ「修行論」にもあったように危機回避能力を養うために感受性を磨き、考えなくても動く身体を作るやはり大事なことなんだと改めて思います。
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昨年TVドラマのあるシーンを見て、つい号泣してしまったときのこと。 そのとき、ふと気づいたのです。 自分はこの手の“勇気のパターン”にすこぶる弱いことに。 その謎を紐解きたくなり、手に取ったのが内田樹さんの『勇気論』でした。 往復書簡形式で、内田樹さんらしく知性の高い話をわか...
昨年TVドラマのあるシーンを見て、つい号泣してしまったときのこと。 そのとき、ふと気づいたのです。 自分はこの手の“勇気のパターン”にすこぶる弱いことに。 その謎を紐解きたくなり、手に取ったのが内田樹さんの『勇気論』でした。 往復書簡形式で、内田樹さんらしく知性の高い話をわかりやすく展開してくれます。 ひとつ分かったのは、私が涙する勇気は、その場が抱えている踏み出せていない言動を、誰かが先陣きって発揮してくれたものであるということ。 ただそれだけではここまで涙する理由としては、ちょっと弱い。 私は同時に何か“美”らしきものも感じていた気がするのです。 「勇気と美のつながりとは何か」 こうして新たな問いが芽吹いたのでした。
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目立つことを避ける風潮があるうちは革新的なものは何も産まれない。 人間の暴力を駆動しているものは、自分とは発想の異なる相容れないものに対する憎悪と恐怖である。 それを改善するのが勇気、つまり他者を認める寛容性と忍耐力である。
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いまの日本人に一番足りないものは何だろうか https://books.kobunsha.com/book/b10125505.html
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2025/12/21 16:43 いや、これは借りるんではなくて買うべき本だった。 最初から最後まで、後書までこれはっていうことがつまってる。 座右の一冊にした方がいい本。
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「連帯を求めて孤立を恐れず」 孤立に耐える!恐れない! 勇気がある人になりたいと思う。 「だまされることも一つの悪である」69ページ 伊丹万作の言葉が長く引用されていたが非常に印象に残った。厳しい言葉だと思うが、なるほどと思う。 「だまされるということはもちろん知識の不足か...
「連帯を求めて孤立を恐れず」 孤立に耐える!恐れない! 勇気がある人になりたいと思う。 「だまされることも一つの悪である」69ページ 伊丹万作の言葉が長く引用されていたが非常に印象に残った。厳しい言葉だと思うが、なるほどと思う。 「だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。」(伊丹万作) 被害者の立場に自分を置いたところで役はない。「人を見る目を養う」。生きていく上でとても大事なことだと思う。
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今の日本に足りないものは『勇気』から始まる知的大喜利。勇気は孤立を耐える力がなぜ後退したのか?少年ジャンプのせい、少年ジャンプが物語の基本を『友情・努力・勝利』を流布させたせい。『勇気・正直・親切』から展開する九つ話を展開する。日本だけでなく、世界中で暴力が猖獗をきわめてるのは理...
今の日本に足りないものは『勇気』から始まる知的大喜利。勇気は孤立を耐える力がなぜ後退したのか?少年ジャンプのせい、少年ジャンプが物語の基本を『友情・努力・勝利』を流布させたせい。『勇気・正直・親切』から展開する九つ話を展開する。日本だけでなく、世界中で暴力が猖獗をきわめてるのは理解も共感もできない他者を前にした時の不快に耐えられない弱さが蔓延してある。それこそ他者の他者性に耐えられないとは孤立に耐えられないのと同じ。他者との断絶を初期設定としてコミュニケーションの橋を架ける、孤立に耐えられるのはいつか他者との連帯できると信じて行くこと。それが成就する日まで生き延びため『勇気』が必要だと言う事。
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往復書簡という形式がなんか読みやすかったです。毎回最初に返事が遅くなってごめんなさいと言っていろいろ言い訳をするのが人間臭くて、そんな話が挟まるからこそ、頭休めしながら一気に読めました。 内田樹さんの本は何冊か読んだことがあるので、惻隠の心や身銭を切る話は読んだことがありました...
往復書簡という形式がなんか読みやすかったです。毎回最初に返事が遅くなってごめんなさいと言っていろいろ言い訳をするのが人間臭くて、そんな話が挟まるからこそ、頭休めしながら一気に読めました。 内田樹さんの本は何冊か読んだことがあるので、惻隠の心や身銭を切る話は読んだことがありましたが、勇気から繋がるとは思ってもみなくて、何でもつながるもんやなー、何て思いました。 内田樹さんの何かの本で思いつくまま話すのがいいと言っていますが、この本もまさに思いつくまま話してる感じでした。それでも話はまとまると信じて書き切っていくのはもう才能ですね。 本の中で話す前に定義を決めるのではなく、話終わった後に共通のものを見て定義を決めるのだと言っていたのは、まさに共通了解を作ることそのものだと思いました。共通了解は他者と作るのもかと思っていたら、なんと自己完結することもあるんですね。 最近読んだ「客観性の落とし穴」の本で、体験からくるまだ言葉にできないことに向き合う話がすごく頭に残っていたのですが、この本でも「自分のヴォイス」という表現で同じようなことを言っていましたのも印象的でした。 言い淀んだり、黙り込んだり、同じ話を繰り返したり、、、はっきり語れないけど語ろうとする「自分のヴォイス」に向き合えるようになること。それが正直に生きること。と言われると、自分に正直に、また相手にも正直に生きてもらうために、言い淀む時間もしっかり取るようにしたいですね。 モヤモヤもたまには頑張って話してみようかなって気になりました。 もう一つ、印象に残ったのは、いるべき時にいるべき場所にいる話。頭で考えたら導けないことはたくさんあるので、なんか感じることを大事にする。都会のような大きな音が聞こえるところでは声を拾わないようになることは人間の特性。だから、声の小さいところにいて感覚を鍛えることも意識的にした方がいい。自然の中に行くとか。その感覚が鍛えられると、いるべき時にいるべき場所にいれる。 最後信じるのは感覚だ! 分からないこととどうしようもないことに直面して、でもやらなきゃいけない時にはもう感覚に頼るしかないですよね。 平時と有事で使い分けなのかもですが、常に平時じゃないので、有事に備えて感覚鍛えとかなきゃですね。 こういう時に思い出されるのはモンゴルの遊牧民。平時でも鍛えてるからつよい!そう思うと日常でも感覚で判断することを増やしていってもいいかもと思いますね。ビジネスと相性悪いのかもですが
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