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魚で始まる世界史 増補 の商品レビュー

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2024/05/12

肉食のイメージが強いヨーロッパだが、肉の供給が安定するまで常食するのは魚だった。カトリックが定めた〈魚の日〉、ニシンの回遊ルートが動かしたハンザとオランダの経済、大英帝国を築きあげた塩ダラの輸出事業、魚を使った悪口が頻出する「テンペスト」と奴隷制など、魚食から見える西洋史。 ...

肉食のイメージが強いヨーロッパだが、肉の供給が安定するまで常食するのは魚だった。カトリックが定めた〈魚の日〉、ニシンの回遊ルートが動かしたハンザとオランダの経済、大英帝国を築きあげた塩ダラの輸出事業、魚を使った悪口が頻出する「テンペスト」と奴隷制など、魚食から見える西洋史。 バリー・コリンガム『大英帝国は大喰らい』でも一番最初の章はプア・ジョンと呼ばれる塩ダラを扱っていたが、その辺の食糧事情をより詳細に綴った一冊。 著者が英文学者なので、まえがきでまず「テンペスト」のキャリバンとタラの悪口に触れ、第一章は魚の宗教的な意味合いから語り起こす。言われてみると、キリストの奇跡は肉ではなく魚を増やすのだった。 面白いのは魚は多産の象徴であり、海で勝手に増えてくれるけれど、肉はまず農業革命が起きて餌の供給が安定しないと生産も安定しないというところ。カトリックが肉食を性欲と結びつけて忌避したのは、結局食糧事情による方便だったのかもしれない。 バルト海のハンザ同盟がニシン漁で天下を取ったものの、気まぐれに回遊ルートを変えるニシンのせいで天下がオランダに移ったというくだりは皆川博子『風配図』の未来世界の話だった。そしてニシン漁でも海戦でもオランダに負けたイングランドが、タラ漁で世界を制し始める。 ニシンの長期保存技術を独占していたオランダや塩田に恵まれたフランスに比べて、イングランドが"持たざる者"だったからこそ暴力を行使して盛り返してくるという歴史の動きは面白い。新教国になってフィッシュデイを廃止したら漁業が衰退し、緊急時の海軍を兼ねていた漁師たちが失業するので慌ててフィッシュデイを再施行するとか、その後フィッシュデイを厳守している旧教国に塩ダラを輸出して貿易を牛耳ったりとか、漁業がキリスト教世界の力関係とこんなに深い関係にあるとは思ってなかった。

Posted byブクログ

2024/03/18

ヨーロッパではあまり魚が食べられてるイメージが強くなかったけど、実はそうではなくてニシンやタラは重要なものだったという初めて知る知識に惹かれ購入。イギリス、オランダ、フランス、スペイン、アメリカあたりの歴史に興味のある方におすすめ 私が思ったよりもかなり前の時代から魚と人々の生活...

ヨーロッパではあまり魚が食べられてるイメージが強くなかったけど、実はそうではなくてニシンやタラは重要なものだったという初めて知る知識に惹かれ購入。イギリス、オランダ、フランス、スペイン、アメリカあたりの歴史に興味のある方におすすめ 私が思ったよりもかなり前の時代から魚と人々の生活や政治、軍隊、宗教なんかとの繋がりがあってしかもそれがかなり強い繋がりだったことに驚いた。 昔の時代は特にだけどやっぱり人間は食べ物ファーストなんだな。生きていく上で欠かせないものだし。 あと巻末の方に当時の魚料理のレシピが載ってるんだけどこれ大丈夫??みたいなレシピが多くてそこも面白かった。作る勇気はない。 ヨーロッパの漁業の歴史を時代の流れに沿って学べる。世界史の授業をあまり覚えてないことが残念だった。詳しい人なら多分もっと楽しめるはず。

Posted byブクログ

2024/03/12

 ヨーロッパの食べ物というと肉を想像するが、西洋の食の中心が肉というイメージが確立するのは、18世紀に、肉類を一年を通して供給するシステムが確立してからのことであり、それまでは、魚の方が肉よりも消費量が多かったそうだ。それには、当時のカトリック教会の世界では一年のおよそ半分が断食...

 ヨーロッパの食べ物というと肉を想像するが、西洋の食の中心が肉というイメージが確立するのは、18世紀に、肉類を一年を通して供給するシステムが確立してからのことであり、それまでは、魚の方が肉よりも消費量が多かったそうだ。それには、当時のカトリック教会の世界では一年のおよそ半分が断食日であったが、魚を食べることは奨励されていたためということもあったらしい。  こうした経済的需要を満たすために、それを支えるための漁獲、保存加工、輸送の経済システムが発展したのだが、その主要な商品だったのがニシンとタラ。そして漁業と言えば船と船乗り。それはこの時代、海軍のベースであり、国家の盛衰を左右するものとなる。本書は、そんなニシンとタラを通して巡る世界史の旅。今までほとんど考えたこともない視点から眺めた歴史ということで、非常に面白かった。  とても勉強になったと思ったところは、次のような箇所。 〇ニシンについて  回遊魚であるニシンは、なぜか回遊コースを変えることがあり、11世紀にはバルト海に押し寄せていたニシンが、16世紀には北海に移動してしまう。これが、リューベックを中心とするハンザの繁栄が、オランダに移る大きな要因であったとのこと。そして、オランダはシェットランド諸島からスコットランド、イングランドと南下して漁獲をするのだが、当時のイングランドの漁船や加工技術ではオランダに太刀打ちできなかった。国内漁業の保護のためそれを何とかしようとしたのがスチュアート朝下のイギリス。  直接的にはスペインやポルトガルの覇権を打破するためではあったが、こうした時代だからこそ書かれたのが、グロティウスの『自由海論』であり、オランダの主張に反駁するためにチャールズ一世がセルデンに命じて出版させたのが『閉鎖海論』であった。 〇タラについて  ニューファンドランドがカボットにより発見されたが、そこはタラの大漁場であった。そしてタラのメリットと言えば、加工品の日持ちが大変良いということ。ニシンの塩漬けが良くて2年というのに対し、タラは5年は持つらしい。これは長期の航海には大変重宝される。  このタラの供給を巡って、イングランド→ニューファンドランドにタラ漁に必要な塩などの物資が、ニューファンド→イベリア半島にプア・ジョン(捌いたタラに塩をして数日置き、その後日干しにしたもの)が、イベリア半島→イングランドにサック酒(イベリア半島、カナリア諸島等で造られた白ワイン)が、という三角貿易が成立した。  そして、タラの漁場であるカナダ東部からニューイングランドの地域に関して、オランダ、フランスを駆逐して、イギリスが覇権を確立することになる。  なお著者は元々英文学者なのだが、シェイクスピアの『テンペスト』の中に、「お前を干ダラ(ストックフィッシュ)にしてやるからな」という台詞があり、ストックフィッシュとは何だろうと思ったのが執筆のきっかけだったという。そんな英文学者の著者の面目躍如なのが、第5章の「『テンペスト』の商品ネットワーク」。舞台となる島はどこにあるのか、先住民のキャリバンのイメージは何かを問いつつ、サック酒やプア・ジョン、ストックフィッシュというワードが出てくることなどを指摘する。『テンペスト』を読んだ時には完全に読み飛ばしていたが、当時の時代背景がそんなにも読み取れるものかと驚いてしまった。

Posted byブクログ