現代思想(52-4) の商品レビュー
人生の意味を問う場面において、その問いが、問う人や問われる状況によって多様であり、その都度ちがうことが問題になっているという点が、各著者に共通して指摘されていた。特に印象に残ったのは、「人生の意味とは何か」という問いは、雑多な問いの束であり、人生の意味そのものもまた、そうした問い...
人生の意味を問う場面において、その問いが、問う人や問われる状況によって多様であり、その都度ちがうことが問題になっているという点が、各著者に共通して指摘されていた。特に印象に残ったのは、「人生の意味とは何か」という問いは、雑多な問いの束であり、人生の意味そのものもまた、そうした問いへの答えとしての雑多なものの束である、という表現だった。 だからこそ、この問いを考える際には、その問いをどう理解しているのか、何のために問うのかという目的を明確にし、問いを分解していくことが大切なのだと感じた。 それでも、この曖昧な問いが人の中に浮上してくるのは、自分や他人の人生に実際に価値があることを確かめたいという願いがあるからだ、とある著者は述べていた。この考え方はとても素敵だと思った。 「人生の意味は何か」と考えることが雑多な問いの束だとすると、「結局、人それぞれだよね」とか、「価値なんてない」という見方も出てきてしまう。 しかし、肯定的な価値づけを前提にして人生の意味を考えるという姿勢は、相対主義的でなく、むしろ建設的で、しかも押し付けがましくない魅力があるように思った。 最近読んだ『スマホ時代の哲学』にも、そこに通じる部分を感じた。 そこでは、「趣味」を通して孤独を獲得し、自己対話を深めることの大切さが語られていた。常に他者とつながり続けることが容易な時代にあって、ひとりの時間にモヤモヤしながらも自分と向き合うことそのものが、人生の意味を主観的に形づくる行為なのかもしれない。
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