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AIに勝つ数学脳 の商品レビュー

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2024/07/22

 著者は私企業で教育プログラム開発に携わる数学教育の専門家。以前読んだ「暗号解読」の著者サイモン・シン氏との共同事業も行なっているようだ。原題は”Mathematical Intelligence -What We Have That Machines Don’t”で直訳すれば「...

 著者は私企業で教育プログラム開発に携わる数学教育の専門家。以前読んだ「暗号解読」の著者サイモン・シン氏との共同事業も行なっているようだ。原題は”Mathematical Intelligence -What We Have That Machines Don’t”で直訳すれば「数学的知性──我々にあり機械にないもの」となり、数学から見た人間と機械の所作の違いを炙り出そうというのが本書の狙いということになる。我々人間に備わった数学的知性の諸原則をつぶさに検証することで、「機械に数学的にやってもらう」ことと「自分自身で数学的に考える」ことの差異が明らかにされる。  本書は7章からなるが、最初の5章で人間に備わった数学的考察の原則(枠組み)が一つずつ紹介される。例えば人間にはおおまかに世界を捉える「概算」という能力が備わっているが、これはあらかじめ世界に関する概念を有し、それに照らして有意味/無意味の基準を当てはめつつ重要な要素を篩にかけて取り出す、ということに他ならない。機械的なアルゴリズムは概念も意味も持たないため、重要な要素もそうでないものも一緒くたにクランチしてしまうのだ。  また人間の脳は出来事を理解する際に、理論的整合性より不完全な直感を優先するという社会上の特性を持つが、畢竟過去のデータ間の相関関係を蓄積したもの(カーブフィッティング)にすぎない機械的アルゴリズムにはそのバイアスを増幅するリスクがつきまとう。これに対し、人間は世界に関する膨大な情報を抽象的な「心象風景」に圧縮して長期保存できるという能力を備える上、そうしたさまざまな抽象的な概念を複合的かつ総体的に纏めげる「統合」により数学的理解を高め、数学的推論のもとに真理と非真理を峻別する「論証」を行うことができる。そのような真理に関する論証は論理と情動の両面を手にする人間にしか不可能なもので、AIに論証を行わせようとすればそのような推論法則をあらかじめコード化して組み込んでおくほかはない。推論法則、つまりどのような場合に何を真とし何を偽とするかの判断は人間が行わなければ意味をなさないのだ。  しかも、ゲーデルがいみじくも示した通り、その推論法則を含むいかなる形式的体系も完全かつ無矛盾ではあり得ない。とすると体系に関する真理を理解するには、その体系を超えたメタ推論体系の領域に足を踏み入れねばならないが、それは矛盾を受け入れ新たな価値観のもとで行動できる人間のみに可能なわざだと著者はいう。確かにいかなる価値観も持たないAI・機械的アルゴリズムが矛盾を許容するような事態は想像し難い。さらに「P≠NP予想」(一定時間内に検証可能な問題が必ずしも一定時間内に解答可能とは限らないとする仮説)からは、機械的アルゴリズムが解答できるが正誤の検証が困難な問題が存在することが示唆されており、まさにそこに人間のもつ問題設定能力が発揮できる余地があるのだという。  最後の2章では、自分と他者の考え方についてメタ的に考察する際の原則に触れる。人間が何らかの活動に没入し集中力が相当に高まった状態を「フロー状態」と呼ぶが、これは自分の能力が課題の難易度に見合っている時にしか生じない。つまりインターネット検索などで解答のみを手軽に入手するのではフロー状態の至高の喜びを得られないことになる。さらに、強化学習に見られるアメとムチの方法論よりも、人間が内的に動機づけられて没頭する方がよりフロー状態による課題解決力が増強されるのだという。  本書における著者の最大の主張は、「人間と機械の協力」、つまりチェスや「四色定理」の証明で見られるように、人間の側が創造性を、機械の側が計算力を受け持つことで最大の成果が挙げられる、というもの。そして、逆に人間が創造性などの重要な決定を機械に委ねてしまうと、人間の生活に関わる重要なアルゴリズム上の判断を検証する能力を喪失することになると警鐘を鳴らしてもいる。ここで言外に「アルゴリズムを検証・評価する能力こそが『人間らしさ』である」と述べているのが興味をひく。そのアルゴリズムの評価軸は「倫理」と言い換えてもよかろう。やはり往々にしてコンフリクトする価値観の優先劣後の問題、すなわち倫理や哲学の問題は人間の手のうちに残されねばならず、またそれこそが人間らしさの本質ということになるのだろう。

Posted byブクログ