シャドウ・ワーク の商品レビュー
2025年7月16日、夕べメルカリでタッチの差?でまとめ買い依頼されて私が「精神の幾何学」を買い損ねたときのライバルが「wrongpeacex」という人で、その人が過去に別の人にもコメントして買ってたのを調べてたら、この本もそうだった。
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イリイチのあまりにも有名な言葉である。1冊まるごとシャドウワークの本であると思っていたら、最後のわずか40p.の部分でしかなかった。
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※このレビューにはネタバレを含みます
タイトルが気になったので衝動買い。ちょっと想定していた内容とは違っていた、というのが最初の感想。「アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か」と同じような、支払われない労働に関する論説かと思っていたが、それに留まらない。 そもそも、人は生きるうえで現在のような市場で全てをやり取りする社会を必要として居なかった。生活に必要なものは基本、自給か、自給したもの同士の交換で成り立たせていた。賃金をもらって生活必需品と交換するのは、それでなければ生きられない貧民の生き方であった。この辺り、サピエンス全史にも、たしか人間は社会を作ることでそれまでよりも貧しくなった、という言説があった様に思う。 それがいつの間にか、賃金を貰う働きこそが唯一の価値を生む行為へとすり替わる。だが、マルクスの労働力の再生産の概念を待つまでもなく、人は食べ、眠り、住まなければ働くまでもなく生きていけない。だから、それを支える活動が必要になる。支払われない活動が賃金労働に必然的に伴われる必要があり、これがシャドウワークに繋がる。育児も、ケアリングも同様である。 つまり、シャドウワークは単に支払われない労働というだけでなく、人の自立と自存を奪う賃金労働という生き方を強要するうえで必然的に拡大していくものであり、それ故に無賃であるというよりも深刻である、ということらしい。 さらに、それまで存在したヴァナキュラーな言語が統一された「国語」ないし「母語」になることによって、生き生きとした人の交流、交歓が失われていくこと、代わりに学校という商品との交換が生じていくこと等、画一的な社会を整備していく事の弊害も説いている。これまで、統一された国語を学ぶことは人の学びを拓く行為と肯定的に受け止めていたが、どうもそれは一面的な見方なのかもしれない。 他にも現代社会を形作る要素についてさまざまに批判が加えられており、読了に時間を要したが、久しぶりに考えさせられる本だった。取り急ぎ印象をメモしたので、何回か再読して考えを整えたい。
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シャドウワークとは無料な仕事。ヴァナキュラーとは土着。 双方とも聞きなれない言葉。 家事などのシャドウワークは重要な仕事にも関わらず、無報酬。男社会が作り出した負の遺産かもしれません。
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