夢みる宝石 の商品レビュー
端的にいへば翻訳が上手くない 冒頭、拾はれた主人公が養父にいぢめられるシーン。胸糞が悪いが、ははあかういふ作風なのかとピンとくる。びっくり箱に思ひ入れがあるのだが、壊されてしまって逃げ出す。 しかし、どう思ひ入れがあるのか、丁寧に書いてほしい気がする。 翻訳はまだ慣れてゐ...
端的にいへば翻訳が上手くない 冒頭、拾はれた主人公が養父にいぢめられるシーン。胸糞が悪いが、ははあかういふ作風なのかとピンとくる。びっくり箱に思ひ入れがあるのだが、壊されてしまって逃げ出す。 しかし、どう思ひ入れがあるのか、丁寧に書いてほしい気がする。 翻訳はまだ慣れてゐないやうで、読みづらい文章がままある。
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288P シオドア・スタージョン (Theodore Sturgeon)1918年、アメリカ合衆国・ニューヨーク生まれ。1950年に、第一長篇である本書を刊行。1954年に『人間以上』(ハヤカワ文庫SF)で国際幻想文学大賞受賞。短篇「時間のかかる彫刻」(1970)はヒューゴー、...
288P シオドア・スタージョン (Theodore Sturgeon)1918年、アメリカ合衆国・ニューヨーク生まれ。1950年に、第一長篇である本書を刊行。1954年に『人間以上』(ハヤカワ文庫SF)で国際幻想文学大賞受賞。短篇「時間のかかる彫刻」(1970)はヒューゴー、ネビュラ両賞に輝いた。他の邦訳された著書に『一角獣・多角獣』(早川書房)、『不思議のひと触れ』『海を失った男』『輝く断片』(河出文庫)、『ヴィーナス・プラスX』(国書刊行会)などがある。1985年に逝去。没後、世界幻想文学大賞・生涯功労賞が贈られた。 夢みる宝石 by シオドア・スタージョン、永井淳 「愛する妻に死なれてからというもの――」(彼女はこの男の愛する妻をおぼえていた。彼が判事になる前、やっと夫の自惚れに迎合するだけの知恵しか持たなかった、粗野で頭のからっぽな女、それだけの人間だった)「――わたしはとても孤独なんだよ、ミス・ハローウェル。あんたのような人には一度も会ったことがない。あんたは美しいし、頭もいい。いや、それ以上の人だ。わたしはあんたという人をもっとよく知りたいんだよ」そう言って彼は作り笑いを浮かべた。 こうしたもろもろの富があるにもかかわらず、ホーティの部屋はいたって質素だった。ありきたりの家具以外に目につくものといえば、一台のテープレコーダーと再生装置――あらゆる楽器の音のあらゆるニュアンスや倍音の正確な再現を要求する耳のために、ホーティが自分で組み立てることになった巨大なハイファイ装置だけだった。その他の点ではごくありきたりの、設備もととのい、装飾の趣味もよい部屋と変わりなかった。ごくまれに、自分ほどの経済力があれば、マッサージ椅子やシャワーを浴びたあとに使う空気調節式乾燥室といった、ぜいたくな自動機器に囲まれて暮らすこともできるという考えがふと頭をかすめることもあった。しかし、その考えを実行に移す気にはなれなかった。彼の精神はきわめて知識欲に富んでいた。分析的な能力はすばらしかったが、それを応用しようとはめったに思わなかった。したがって知識は身につけるだけで充分であり、要求がないかぎりそれを利用する必要もなかったが、自分の力に絶対の自信を持っている以上、知識を利用しなければならないことはほとんどないといってよかった。 「本なんて!」ジーナは蔑むように言った。彼女はこれまでにかぞえきれないほどの本を読んだ。夢見る水晶の性質についてほんのささやかな手がかりでも与えてくれそうな本を、手当たりしだいに読みあさった。そして、生理学、生物学、比較解剖学、哲学、歴史学、接神論、心理学などについて新しい知識を得る(そしてホーティに教えてやる)たびに、彼女は人類こそ創造の頂点に位置するものだというひとり合点の確信を深めていった。答、答、――本はどんなことにでも答えてくれた。フダンソウの新種があらわれると、学者は指で鼻の脇をこすりながら、「突然変異だ!」とご託宣をたれる。それにちがいないことも時にはあるだろう。しかし――いつでもそうだろうか? 溝の中に隠れて夢を見ながら、ある種の不思議な 念動作用 によって、無意識のうちに創造の奇蹟を演じている生きた水晶はどうなるのだ? シオドア・スタージョンは相当に難解な作家である。解説担当者がのっけから難解さを売物にしては怠慢の謗りを受けるかもしれないが、熟考の末、ありきたりの解説者的視点では歯が立ちそうにないし、何も解説することにならないと観念したうえでのこの書きだしである。ただこの難解ということを今少し敷衍すると、作品の思想的内容が理解しにくいとか、文体が晦渋であるとかいうこととはちがう。強いていえば、発想のとっつきにくさ、馴染みにくさとでもいうことになるだろうか。SFやファンタジーの属性のひとつに、日常的思考の足もとを掬うということがあるとすれば、発想のとっぴさはひとりスタージョンのみの特性ではないわけだが、私見によればスタージョンの発想の馴染みにくさには他の作家と比較して明らかに質的なちがいがある。
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普通に未知なる生物の謎に迫るSFだなあ…と思っていたら後書きで述べられているように冒険譚であり、成長物語であり、復讐劇であり、また哲学的な問題にまで枝葉を伸ばした様々な要素が詰まったお話だった。 ただ未知なる謎に迫りつつ人間の醜悪さを描く皮肉たっぷりな物語の域を出ないのなら、結末にドテッとなっていただろうが冒険譚にはあの綺麗な締め括り方がぴったりだと思う。 人間からかけ離れた人間と、人間に近い姿形をした人間になりたかった存在、の対比も人間を人間たらしめる要素って何だ?と考えるきっかけになって良かった。文章が詩的でうつくしく、他の本も読んでみたい
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タイトルから、何か素敵な幻想ファンタジィっぽいものを期待してたのに、全然違った。でもこういう不気味で暗くて歪んでるようなファンタジィも好きです。
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孤児のホーティーは冷酷な養い親の元を逃げだし、飛び乗ったトラックでカーニバルの人びとに出会う。身分を隠してカーニバルに溶け込んだホーティーだが、養育係のジーナはホーティー自身も知らない彼の正体に気がついていた。カーニバルの団長〈人喰い〉モネートルが企む邪悪な計画からホーティーを救...
孤児のホーティーは冷酷な養い親の元を逃げだし、飛び乗ったトラックでカーニバルの人びとに出会う。身分を隠してカーニバルに溶け込んだホーティーだが、養育係のジーナはホーティー自身も知らない彼の正体に気がついていた。カーニバルの団長〈人喰い〉モネートルが企む邪悪な計画からホーティーを救おうと画策するジーナだが……。優しさと人間らしさをめぐる幻想的なSF小説。 スタージョンの最初の長篇ということで、終盤の怒涛の説明台詞といいご都合主義的な展開といい、完成度が高いとは言えない作品だと思う。けれど、この物語に描かれた優しさが好きだ。児童文学のようでありながら、辛い目にあった人の心をあたためるさりげない優しさのひとつひとつを取りこぼさずに拾っていく文章が好きだ。人間性と優しさの表現を音楽に託す音楽讃歌なのが好きだ。 ジーナは人間らしい尊厳を持ち、ホーティーにも同じように生きることを教えた。だが、ある意味で彼女を人間にしたのはモネートルだとも言える。ジーナはモネートルに支配され、自由を奪われていたが、自分一人に"人間らしく"語りかけるモネートルをどこかで憎みきれなかったのだと思う。ホーティーがケイとブルーイットに愛憎を振り分けて人間性を獲得したように、ジーナはモネートル一人に相反する感情を抱き続けることで〈完成〉した。おそらくモネートルはジーナをこそ水晶との仲介者にしようと教育してきたのだろう。でもそれは諸刃の剣だった。 水晶たちを生物兵器化して各地に疫病をばら撒くモネートルは巨悪だが、それに対して卑近で矮小などこにでもいるクソ野郎ブルーイットの邪悪さたるや、本当に忌々しい。ケイへのセクハラ・モラハラシーンが真に迫ってストレスフルなので、そこで一旦読むのをやめてしまうほどだった。語り手が一貫してケイの側につき、不快感と苦しみに寄り添ってくれるのが救いだな……と思いつつ読み進めると、いつのまにかホーティーの復讐劇が始まっている。 ホーティーからブルーイットへの復讐劇は作中で一番直接的な暴力が描かれる。同時に、描写が一番スタイリッシュで、ブラックな笑いがちりばめられた印象的な章だ。ホーティーがこんなことをするのはショッキングでもあるのだが、ジーナはブルーイットへの復讐心も彼を人間にするために必要なものだったと言う。クソ野郎がやられてスカッとするというだけではない、人間性の昏い部分が描かれている。 水晶人という無性的な設定がありながらジーナの愛情を女性的なものとして表現しているところや、ジーナの見た目が結局「普通の人間の娘」になること、個よりも優先すべきものとして種の保存が説かれることなど気になる点はあるものの、本作には優しさを書き記すための文体があることを教えてもらった気がする。 「だれにも言わないよね?」 「言わない。袋にはなにが入ってるの?」 「なんにも」 見せるように迫られたり、袋をつかまれたりしたら、ホーティーが彼女と会うことは二度となかっただろう。だがケイはこう言った、「お願い、ホーティー」 (p.20) これだけで八歳のケイがホーティーを人間として尊重したことがわかる。養家をでたホーティーが噛み締めるように味わう優しさのいちいちが、くどくない簡潔な文章で読者の心にも染み渡るのだ。 しかし、ジーナとホーティーがカーニーの外で"人間らしく"生きていくには「普通の人間」のようにならなくちゃいけない、ということへの懐疑は、この作品にはない。その先に進むにはキャサリン・ダンの『異形の愛』が必要だ。
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SF作家シオドア・スタージョン(1918~1985)が1905年に書いた処女長編小説。水晶(のように見える)の生物が夢みることで他の生物(人間をふくめて)生み出すという突拍子もないアイデアを基にした不思議な冒険小説でありボーイ・ミーツ・ガールの物語である。そのファンタスティックな語り口が魅力的だ。
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スタージョン『夢みる宝石(The Dreaming Jewels,1950)』 新訳を読了。 寂しがり屋の人間嫌い、 ないものねだりの変人スタージョン(←個人の見解です)の 処女長編……というほど長くはないSF幻想ビルドゥングスロマン。 孤児の少年ホートン、通称ホーティは ブル...
スタージョン『夢みる宝石(The Dreaming Jewels,1950)』 新訳を読了。 寂しがり屋の人間嫌い、 ないものねだりの変人スタージョン(←個人の見解です)の 処女長編……というほど長くはないSF幻想ビルドゥングスロマン。 孤児の少年ホートン、通称ホーティは ブルーイット夫妻の養子だが、孤独だった。 野球の最中に蟻を食べた(!)ことを糾弾されたホーティは 養父アーマンドと揉み合いになり、 クローゼットの蝶番に左手の三本の指を挟まれて重傷を負った。 ホーティは心の支えである玩具、 びっくり箱人形のジャンキーを引っ掴んで脱出し、 仲良しの少女ケイ・ハローウェルにだけ別れの挨拶をして、 咄嗟の思い付きでトラックの荷台に飛び乗った。 そこにはカーニー(巡業見世物)のメンバー、 少年のようで少年でない太っちょのハバナと アルビノのバニー、浅黒い肌をした小さくて美しいジーナ、 聾唖の〈ワニ革男〉ソーラムがいて、ホーティに優しく接してくれた。 ホーティはジーナの手で女装し、 彼女が考えたセリフを即座に覚えて暗誦すると、 妹キドーとして芸人の仲間入り。 一座のボスは通称〈人喰い(マンイーター)〉。 元は医者で人間を憎んでいるという本名ピエール・モネートルは 意外にも優しくホーティの傷を手当てしてくれたのだが、 内心には恐ろしい企みがあった…… ……と、そのまま見世物カーニヴァル内で 話が進むのかと思ったら違った。 無垢なホーティの純真、 マッドサイエンティスト〈人喰い〉モネートルの妄執と野望、 医師を目指す弟を支えるケイの献身とホーティへの思慕、 そして、何といってもホーティのためなら 自己を犠牲にするのも厭わないジーナの深い愛、 それらが、夢に見たものを実体化させる力を持った 奇怪な水晶の謎を巡って絡み合う物語。 若干“痛い”描写もあるし、何人も死んでしまうのだけど、 意外にも心温まるエンディングを迎えたのでホッとした。 何故ホーティが蟻を食べたのか、 終盤でちゃんと(本人も知らなかった)理由が 明かされたところがツボだった。 もう少し詳しいことを 後でブログに書くかもしれません。 https://fukagawa-natsumi.hatenablog.com/
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スタージョン「夢みる宝石」ちくま文庫、新訳版読んだ。やはりクライマックスの展開の文章、かなり難物だと思われ、この版ではちょっときつい。永井淳 訳を読み返してみるとクリアカットに訳されているのが分かる。原文はいまは掘り出してこないとすぐ読めないが、念のためあとで参照してみたい。 た...
スタージョン「夢みる宝石」ちくま文庫、新訳版読んだ。やはりクライマックスの展開の文章、かなり難物だと思われ、この版ではちょっときつい。永井淳 訳を読み返してみるとクリアカットに訳されているのが分かる。原文はいまは掘り出してこないとすぐ読めないが、念のためあとで参照してみたい。 たとえば、これ、クライマックスを映像化するとして、どういうふうにコンテ切るのか考えると、永井淳訳はかなりうまく「できる」。新訳はその点ややこころもとない感じがあるのだ。原文はどうか、永井淳氏にサポートされているのかどうかは確認しなければならない。 スタージョンの文体って、かなりクセがあるのだけど、なんとなく「分かって」しまうのだよなあ・・・ 永井淳 訳ではひょっとしたら訳文に助けられているのかもしれないけど、「ビアンカの手」原文で読んだら、細かい部分は分からないまでも、なんとなく読めてしまったことがあるので、たぶん原文に固有のクセだろうと思うし、翻訳でうまく伝わらないリスクもありそう。 たぶんスタージョンのコンプレックスみたいなのが分かる人とそうでない人で、受容体の生え方が違ってるのではないか・・・。「ジョリー、食い違う」のラスト一文とか分からない人には全く分からないのではないか、とも思うな・・・ スタージョンは「人間以上」よりも「コズミック・レイプ」子どものころに読んでうわーと思ったのだが、もういちど死ぬまでにきちんとどこかで読み直しておかないといけないなあ・・・。
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