神道はなぜ教えがないのか 増補版 の商品レビュー
神道について、仏教等と比較しながら、「ない」という特徴を挙げて歴史的に解説 人間は得てして自分が眼にしたものについて昔からずっと伝統があって確たるものであるような幻想を持ってしまうが、神道についてぼんやり持っていたイメージを崩すこと助けとなった 「ない」という性質も不思議
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なるほど「ない宗教」ね、面白い。 岡田斗司夫さんのYouTubeで紹介されていたので読んだ。 神社行きたくなった。
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※このレビューにはネタバレを含みます
話が分散していて、かつ用語に関する説明が少なく、結局なぜ教えがないのかというテーマに即した箇所は、繰り返し提起だけは何回かされただけで、「おわりに」の数ページで締められた。ううう。
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今まで知らなかった神道やその他の宗教との関係を知ることができて勉強になった。 教養としてはちょうど良い。
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神道とは何かを、記録と他の宗教との関わりの中から特異性を確認できる本。知っているようで知らないし、日本人が無宗教と答えてしまいがちな背景にも繋がる。ない事を受け入れることは足るを知るともまた違い、受け入れる事なのだろう。
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神道の歴史が気になって読んでみたけれども、個人的関心と遠い内容が多く読み飛ばしてしまった部分もあった。 キリスト教は民族宗教を圧倒してきたが、神道は「ない宗教」であるゆえ仏教と競合することなくここまで来た、とのことだが、宗教の特徴だけが理由でなく、それぞれの宗教が人格形成に与える...
神道の歴史が気になって読んでみたけれども、個人的関心と遠い内容が多く読み飛ばしてしまった部分もあった。 キリスト教は民族宗教を圧倒してきたが、神道は「ない宗教」であるゆえ仏教と競合することなくここまで来た、とのことだが、宗教の特徴だけが理由でなく、それぞれの宗教が人格形成に与える影響も関係してるのではないか、と、思い、日本人の性格に与えた影響も気になった。
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神道は日本人にとって身近であるが、著者は『皆目見当がつかなくなってくる不思議な宗教』だと指摘する。書名が示すように、そもそも神道には中核となる明瞭な教義が存在しないようだ。著者は神道の専門家ではなく宗教学者であり、豊富な周辺知識とともに、神道の『ない』について多角的に語っている。...
神道は日本人にとって身近であるが、著者は『皆目見当がつかなくなってくる不思議な宗教』だと指摘する。書名が示すように、そもそも神道には中核となる明瞭な教義が存在しないようだ。著者は神道の専門家ではなく宗教学者であり、豊富な周辺知識とともに、神道の『ない』について多角的に語っている。日本人に馴染み深い『ある』宗教である仏教との比較も多い。著者は最終的に『ない』ことは『実は強みなのではないだろうか』と主張している。現代はあまりに流動的であり、『ある』ものは古びてしまうからである。そして『自己を「ない宗教」の世界に浸す』ことで『何かに出会うことができるかもしれないのだ』と結んでいる。この期待がどういうものなのか、私は概念としては十分に理解できていない。しかし、そのような経験があること自体は知っている。 私はもともと神道にはさして興味が無かった。ところが、旅行のついでに奈良のとある神社に寄ってみたとき、なぜか不意に、神にうたれたとしか表現しようのない不思議な感覚を覚え、しばらくぼんやりと歩いていたのだった。それから私は神道に関する本を何冊か読んでみた。そのときは、それなりにきちんと学問としての神道を吸収したいと思っていたのである。しかしながら、なかなかしっくりくる本に出会えなかった。どうにも「スピリチュアル」が過ぎて辟易したり、あるいは逆に「単なる歴史上の事実の羅列」のようで読んでいてどうしても楽しくなかったりしたのである。その理由が本書を読んで少し理解できた。神道には中核となる明瞭な教義が『ない』というのがそれである。そんな神道を論じようとすれば、著者が思いのままに書くか、単なる歴史上の事実のみを書くか、その極端な二択になりがちなのだろう。 余談であるが、基本的に冷静な記述が続く本書の中で唯一、著者の思想のようなものが感じられた部分があったので引用しておく。 『昭和天皇は、戦後、昭和五〇(一九七五)年まで八回にわたって靖国神社に「親拝」しているが、A級戦犯合祀以降はそれを中止しており、合祀との関係がささやかれてきた。その後の天皇も一度も親拝していない。靖国神社に祀られた英霊は天皇のために戦死したとも言えるわけで、天皇が親拝しなくなったことは、極めて重大な問題である。』 これには私も同意する。誰も彼も時代の子である。よほど極端な事例を除いて、私は過去の時代に属する人間を、現代の倫理観で事後的に裁くかのような思い違いには反対だからである。
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言われてみれば神道には教え(教義)がない。こういうものが宗教として成り立つのかどうか考えてしまうが、自然に対する畏敬がそのまま信仰になった素朴なアニミズムと言うのは案外こんなものかもしれない。それが未開の少数民族でなく、一億を超える人口を持つ日本で今も変わらず続いているところが稀...
言われてみれば神道には教え(教義)がない。こういうものが宗教として成り立つのかどうか考えてしまうが、自然に対する畏敬がそのまま信仰になった素朴なアニミズムと言うのは案外こんなものかもしれない。それが未開の少数民族でなく、一億を超える人口を持つ日本で今も変わらず続いているところが稀有なのだろうか。 イスラム教は厳しく偶像崇拝を禁じていると聞いた時に、いったい偶像なしでどうやって信仰心を保てるのか謎だったが、神道も同じだとの指摘になるほどと思った。言われなきゃ気づかないほど神道には宗教感がないとも言える。新たな気づきを得た一冊となった。
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宗教といえば教えや経典があるものと考えがちだ。日本古来の神道には明確な教義がない。島田裕巳は『神道はなぜ教えがないのか』でその理由を探る。神道は自然への畏敬と日常の中で神と共にある感覚を重んじる。教えよりも「感じる」信仰なのだ。決まった掟がないからこそ時代や地域に応じて柔軟に姿を...
宗教といえば教えや経典があるものと考えがちだ。日本古来の神道には明確な教義がない。島田裕巳は『神道はなぜ教えがないのか』でその理由を探る。神道は自然への畏敬と日常の中で神と共にある感覚を重んじる。教えよりも「感じる」信仰なのだ。決まった掟がないからこそ時代や地域に応じて柔軟に姿を変え人々の暮らしに溶け込んできた。変わらぬ神社の風景や祭りの賑わいにそれは息づいている。教えがなくとも心に根づくものがある。神道は日本人の無意識の中に今も生き続けている。
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「ない宗教」であることをテーマに、神道を歴史中心に解説してくれる セクシュアリティ研究に続き、日本の宗教の話もあんまり詳しくなかったのでおもしろかった 他の宗教に比べて神道がどのように「ない」のか、そしてそれが日本の独特の宗教観にどのように影響を与えたのかがざっくりわかった
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