河合隼雄の幸福論 の商品レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
河合隼雄先生2冊目読了。もっと読みたくなる不思議な本でした。原題は「しあわせ眼鏡」だそうです。 印象に残っているのは、壮士の「無用の用」の木のお話、"生きにくい子"のカウンセラーの核兵器の平和利用という比喩と大人にとっての「異界」のお話、そして"音のない音"のフルートの和音を想像して吹くお話が響きました。 「幸福ということが、どれほど素晴らしく、あるいは輝かしく見えるとしてもそれが深い悲しみによって支えられていない限り、浮ついたものでしかない、ということを強調したい」 事例一つ一つのお話と古典や絵本や詩などの物語をかけ合わせた語り口調が、徐々に徐々に心をほぐしていくのだろうと感じました。
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幸福は手に入れるものではなく気づくものだ――心理学者・河合隼雄はそう語る。物や地位を追い求めても心が満たされるとは限らない。むしろ小さな喜びや人とのつながりの中にこそ本当の幸福は潜んでいるという。だが現代人は忙しさに追われその存在に気づく余裕を失いがちだ。河合は「不完全さ」や「揺...
幸福は手に入れるものではなく気づくものだ――心理学者・河合隼雄はそう語る。物や地位を追い求めても心が満たされるとは限らない。むしろ小さな喜びや人とのつながりの中にこそ本当の幸福は潜んでいるという。だが現代人は忙しさに追われその存在に気づく余裕を失いがちだ。河合は「不完全さ」や「揺らぎ」を受け入れる心こそ幸せの土壌だと説く。完璧を求めず今ここにある日常を味わうこと。それが静かな充足へとつながる。
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「幸福ということが、どれほど素晴らしく、あるいは輝かしく見えるとしてもそれが深い悲しみによって支えられていない限り、うわついたものでしかない、ということを強調したい。恐らく大切なのはそんな悲しみの方なのであろう。」 生あるものは必ず滅し、形あるものは必ず壊れる。望んだものが手に入...
「幸福ということが、どれほど素晴らしく、あるいは輝かしく見えるとしてもそれが深い悲しみによって支えられていない限り、うわついたものでしかない、ということを強調したい。恐らく大切なのはそんな悲しみの方なのであろう。」 生あるものは必ず滅し、形あるものは必ず壊れる。望んだものが手に入ったという幸福は、どんな形であれいつか必ず終わりがあることを内包している。あるいは、自分がその幸福を授かった裏には、その恩恵を受けられなかったたくさんの人がいるのかもしれない。 そうしたことを意識したうえでの幸福は、なんと重みを増す事であろうか。手放しで喜ぶ方が、爽快に違いない。しかし、そうすると幸福にしか目のいかない幸福のみ追い求める人生となるのだろう。 「成功したり失敗したりを繰り返しつつ生きるのが人生ではなかろうか。幸福というのはそれにつきまとっている一種の副産物と考えておく方がいいだろう。」 皆が幸福を追い求めながらも閉塞感が漂う昨今の現状は、幸せのロールモデルが不在だからと思っていた。これさえクリアすれば幸福になれますという図式が見えないからだと。だが、そうではなかった。幸せを求めすぎるがために、幸せから遠ざかっていたのかもしれない。幸せが人生のおまけだったとは。 追い求めるべきは幸福ではなく、ひたむきに生きることなのではないかと思ったのだった。
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今回初めて河合先生が以前は高校の数学の先生をなさっていたことを知り驚いた。理系と全く正反対に思える心理学も極めるとは素晴らしい。 語り口が優しく元気のない時にも読める。 『幸福がどれほど素晴らしく輝かしく見えても、それが深い悲しみに支えられていない限り浮ついたものでしかない』 悲...
今回初めて河合先生が以前は高校の数学の先生をなさっていたことを知り驚いた。理系と全く正反対に思える心理学も極めるとは素晴らしい。 語り口が優しく元気のない時にも読める。 『幸福がどれほど素晴らしく輝かしく見えても、それが深い悲しみに支えられていない限り浮ついたものでしかない』 悲しみを知っていることは幸福を味わうために必要なものなのか! 何度読んでも、その時々に感じ方が違う。
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著者の愛情深い生き方が端々に感じられて、とても素直に読めた本でした。 河合隼雄さんという方は、心理療法の「権威」でありながら、読んでいて威張るところがいっさい感じられない、まさに、かざらないで生きておられた、僕からすれば、最高に素敵で格好いい人でした。 そして、ご自身も含めた多く...
著者の愛情深い生き方が端々に感じられて、とても素直に読めた本でした。 河合隼雄さんという方は、心理療法の「権威」でありながら、読んでいて威張るところがいっさい感じられない、まさに、かざらないで生きておられた、僕からすれば、最高に素敵で格好いい人でした。 そして、ご自身も含めた多くの生き方・感じ方を紹介することによって、「幸福論」をつむぐところに、河合隼雄さんらしさが滲み出ていると思いました。 涙するところが多くありましたし、私自身もある種の理想や確信、希望を授かりました。 特に、最後のエピソードは、非常に感動的なものでありました。
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昔から河合隼雄が好きで久しぶりに手に取ってみた。 何かを掘り下げる内容ではなくエッセイ本。 現代人は物質面で豊かになった一方で、精神的にはどうなのかという問いかけに対する答えが全体として書かれている。 プレゼントで嬉しいのは、金額ではなくどこまで心を使ったか。 子育てで大切なのは...
昔から河合隼雄が好きで久しぶりに手に取ってみた。 何かを掘り下げる内容ではなくエッセイ本。 現代人は物質面で豊かになった一方で、精神的にはどうなのかという問いかけに対する答えが全体として書かれている。 プレゼントで嬉しいのは、金額ではなくどこまで心を使ったか。 子育てで大切なのはどれだけお金をかけたかでも、どれだけ時間をかけたかでもない。 どれだけ心を使ったかが一番大事。 人生において地位、名誉、お金、自己実現、いろいろあるが、心を使える人間関係を作ることが人生を豊かにする事かもしれない。
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豊かさとは、幸福とは、お金や地位ではない、という書はよくあるが、本書では、これまでの経験で教育的見地から子どもたちの成長を扱った話題が多い。多忙の中でも講演、ディスカッション、読書量とこなすパワーと積極性がすばらしい。2023.11.19
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臨床心理学の視点からの幸福論。 体系的な内容ではないがゆえに、誰にでも刺さる部分があるのではないだろうか。 簡単な事ではないが「自分自身にとって幸福と感じられるかどうかが問題」という言葉を受け入れて行動してみたい。
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河合隼雄先生が亡くなって16年が経つ。かつて講義を受けたことがあり、懐かしくもあったので手に取った。 30年近く前にかかれたせいか、はじめは古さを感じた。けれども、後半、「共鳴するからたましい」あたりから、だんだんとピッタリくるように感じる。ひとつに賭ける、昇りつめた幸福、生き...
河合隼雄先生が亡くなって16年が経つ。かつて講義を受けたことがあり、懐かしくもあったので手に取った。 30年近く前にかかれたせいか、はじめは古さを感じた。けれども、後半、「共鳴するからたましい」あたりから、だんだんとピッタリくるように感じる。ひとつに賭ける、昇りつめた幸福、生きにくい子、二人の女性、ゆとりのある見とおし、音のない音。 あとがきはご子息である河合俊雄さん。同じく心理臨床家であるので、これ以上の適任はいないということかと思う。しかし、自分の父親を推す息子はそうそういないのではあるまいか。外の顔と家族から見る顔は、違うものだから。それだけに、稀有な存在だったということかもしれない。あるいは、殉職の弔いの意味が今もあるのだろうか。 その日の講義も受講者でいっぱいだった、しかし開始時間をいくら過ぎても先生は現れない。ざわめきが広がるが、特に帰る人はいない。皆、待っているのだ。講義時間を半ば過ぎただろうか、助手がやってきて、「河合先生は来られないので、これを読んで下さい」とA3一枚のプリントを配付する。受講者はそのプリントを手に退席し始める。ビルの玄関あたりに私も出たところで、階上から河合先生がさっと降りてきて、横を抜けていく。女子学生が「ああ!」と言うと、河合先生はニンマリと振り返り、去って行った。事情があったのだろう。憎めない人だった。プリントの文章が何だったか忘れてしまったが、先生が講義を放ったこの日のことを思い出す。
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もともと「しあわせ眼鏡」というタイトルで新聞連載されていた。あの1995年前後のことである。それがいままた文庫として読むことができる。私にとってはそれが一番の幸せだ。心に響くことばがたくさんある。引用していく。・・・父親が自分のしていることを「しあわせ眼鏡」なんていうものをかけて...
もともと「しあわせ眼鏡」というタイトルで新聞連載されていた。あの1995年前後のことである。それがいままた文庫として読むことができる。私にとってはそれが一番の幸せだ。心に響くことばがたくさんある。引用していく。・・・父親が自分のしていることを「しあわせ眼鏡」なんていうものをかけて見ると「ハッ」と気がついて、子どものほんとうの「しあわせ」を、自分はお金をかけて努力して奪おうとしていることがよく見えてきたりすると、ほんとうに便利なのだが、などと思ったりする。(幸福とは何か) 「子どもの幸福」の一番大切なことは、子ども自身がそれを獲得するものだ、ということである。とは言ってもそれを「見守る」ことは、何やかやと子どものためにおせっかい焼きをするよりも、はるかに心のエネルギーのいるものである。(子どもの幸福) 佐藤学の著書からのエピソード。あまり授業に出ていなかった著者に音楽の教師がバッハ「シャコンヌ」のレコードを聴かす。それがきっかけで著者は最下位の成績から発奮して勉強を始めることになる。実は音楽教師もそのころ行き詰っていた。教師自身のために「祈る思い」でレコードをかけていたのだ。「象徴的経験は祈りを共有する人と人との出会いにおいて準備されるものなのである。」これは教育における一番大切なことを教えてくれるエピソードではないだろうか。(共鳴するたましい) 人間が幸福であると感じるための条件として ▷将来に対して希望がもてる ▷自分を超える存在とつながっている、あるいは支えられていると感じることができる――という二点が実に重要である。(幸福の条件) 個別的で具体的なことを土台とするが、それだけでは身勝手になったり偏ったりするので、あくまで個別的で具体的な実体験を基にしつつ、それを深めていくことによって、だんだんと一般性をもつように努める。(人生学) この考えの一番大きい欠点は、子どもの人生は子ども自身のものだという考えが、すっぽり抜けている点にある。子どもの幸福は、しょせん子ども自身がつくり出していくものである。・・・子どものことは子どもにまかせて、じっくりいこうという長い見とおしをもつと、親も子も、もう少しゆったりとできるのではないだろうか。(ゆとりのある見とおし) 幸福というものも、たとえ他人にはそれだけしか見えないにしても、それが厚みをもつためには、悲しみによって支えられていなくてはならない。(音のない音) 30年前に書かれたとは思えない。時代が変わっても変わらないものがある。具体的であればあるほど普遍的である。特に子育て中の親に読んでほしい。
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