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煉獄の時 の商品レビュー

4.6

10件のお客様レビュー

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2023/08/30

矢吹駆シリーズ。セーヌ川に浮かぶ船で発見された女性の首なし死体には、奇妙な装飾がなされていた。そして目撃者によりその船は犯行当時密室に近いものだったことが判明する。事件を捜査するうちに、39年前に起こった首なし死体事件との関連も見え、しかし事件はさらに混迷へ。現象学、哲学等も交え...

矢吹駆シリーズ。セーヌ川に浮かぶ船で発見された女性の首なし死体には、奇妙な装飾がなされていた。そして目撃者によりその船は犯行当時密室に近いものだったことが判明する。事件を捜査するうちに、39年前に起こった首なし死体事件との関連も見え、しかし事件はさらに混迷へ。現象学、哲学等も交え、質量ともに重厚なミステリです。 現代(とはいえ1978年ですが)と過去との繋がりが徐々に見えてくるところが読みどころではあるのですが。しかし繋がりが見えるほどにわからなくなってくる部分も多くて、頭がぐるぐるしてきます。「無頭女」を巡る解釈、クロエと名乗る女の正体、そして事件の動機。考えるほどに分からない……って思っているのは私だけじゃないよね。船の事件におけるナディアの推理、ちょっと近いことを考えてしまったり……さすがにそれはなかったか。 過去パートは大きな二つの大戦の狭間ということもあり、暗澹としつつも刺激的な情勢にハラハラさせられます。もちろん、現在が平和な時代だからこそこのような物語も楽しめるのですけれどね……。 今回も暗躍するイリイチの影、過去の事件から繋がる因縁(ああでも過去作をかなり忘れてしまっている)、シリーズファンにも読みどころはたくさんです。読み終えた後の充足感が半端ありません。

Posted byブクログ

2023/06/23

重厚長大という言葉がぴったりの本。 全部理解するのは困難(というか、話の筋をおさえるのも大変)だけど、細かい伏線をしっかり回収していてある種の爽快さはある。 本題からは少しずれるが、主人公は今で言うところのアセクシュアル、アロマンティックな人。このシリーズが最初に出たのは1979...

重厚長大という言葉がぴったりの本。 全部理解するのは困難(というか、話の筋をおさえるのも大変)だけど、細かい伏線をしっかり回収していてある種の爽快さはある。 本題からは少しずれるが、主人公は今で言うところのアセクシュアル、アロマンティックな人。このシリーズが最初に出たのは1979年とのことなので、先見の明があったというか、ちょっと驚き。

Posted byブクログ

2023/06/15

幼少時の全能感を段階的に去勢していくことで 人間は社会性を身につけていく というのが、精神分析の考え方であるが 人間の考えなんてのはだいたい逆説から逃れられないもんで 徹底した去勢こそ、未だ見ぬ新人類への道だという そういう発想も出てきてしまうわけなんだ その背景には、新しい神と...

幼少時の全能感を段階的に去勢していくことで 人間は社会性を身につけていく というのが、精神分析の考え方であるが 人間の考えなんてのはだいたい逆説から逃れられないもんで 徹底した去勢こそ、未だ見ぬ新人類への道だという そういう発想も出てきてしまうわけなんだ その背景には、新しい神と古代の神の対立の図式がある つまり、割礼を要求する新しい神と 生贄を要求する古代の神の対立である してみると、ニーチェの言った超人というのは むしろ近代から中世をすっとばして 一気に古代へと逆行する存在なのかもしれない これは古代神が仕掛けた時限式の陰謀だ ギリシア悲劇というのも要するに 間をつなぐための生贄の代替物であったような気がする しかしながら、もはや神は死んだと言われる時代に 生贄を捧げる相手はいない だから現代のそれは単に相対化されて 切り捨てられ、忘れさられる存在にすぎなかった 超人への道とは、かように非人間的なもので かつて神に抗ったタイプの人々が いまやふたたび神を見出そうとするのも無理のない話だった 矢吹駆の宿敵とされるニコライ・イリイチ・モルチャノフなどは 聖書に書き加えられることのない最後の預言者を 目指しているのかもしれない それは仏教的な「消滅」という観念の簒奪・剥奪でもあろう タイトルにある「煉獄」とは 「哲学者の密室」に書かれたコフカ収容所での出来事を指し その他、過去の事件関係者が深く絡んでくる作品でもあるため シリーズ未読者にはあまりオススメできない クレールとサルトルがよく似た別人であることは 「バイバイ、エンジェル」を読むとわかる

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2023/01/06

青春小説と探偵小説の高次元での融合ではないか。語弊を恐れずに言えば、青春小説とは自らが殉ずることのできる死に場所を探す物語であり、探偵小説とは剥奪されて奇形となった物(語)を修正していくお話だ。その二つが接続し、大きな物語となって暴力により奪われた存在を鎮魂する小説として読んだ。

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2022/11/23

シリーズ作品なので、ここから読む方は少ないかもしれないが、読めないことはないかもと思われる作品。しかしすごい長さと登場人物達の思考、語りがなかなか専門分野で繰り出されるので、読み終わったとき謎の達成感を得られる。人は生まれる国を選べないけれど、その土地に染みついた血や歴史の影響を...

シリーズ作品なので、ここから読む方は少ないかもしれないが、読めないことはないかもと思われる作品。しかしすごい長さと登場人物達の思考、語りがなかなか専門分野で繰り出されるので、読み終わったとき謎の達成感を得られる。人は生まれる国を選べないけれど、その土地に染みついた血や歴史の影響を少なからず受けるところはあるのかもと考えさせられた。世界史の勉強を改めてしたくなった。

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2022/11/17

ー 下からの集産化革命のために闘って斃れるなら本望だが、その可能性は当面のところ失われた。 全体主義でない革命は必然的に敗北するという、二十世紀革命の現実性を背負ったルヴェールの断定をどのように覆すことができるのか。 闘うための旗を奪われた青年であろうと、切迫した戦争からは逃れ...

ー 下からの集産化革命のために闘って斃れるなら本望だが、その可能性は当面のところ失われた。 全体主義でない革命は必然的に敗北するという、二十世紀革命の現実性を背負ったルヴェールの断定をどのように覆すことができるのか。 闘うための旗を奪われた青年であろうと、切迫した戦争からは逃れられないし逃れるつもりもない。しかし革命の旗が存在しないとしたらどうすればいい。この戦争を前に取りうる立場は三つしかない。 第三共和政のブルジョワ秩序を守るために戦うのか、ファシズムの側で戦うのか、ボリシェヴィズムの側で戦うのか。 フランス人の大半は第一を、親ドイツ派のフランス右翼の一部は第二を、コミュニストは第三を選ぶだろう。スペインの集産化革命を支持しアナキストの側で戦ったイヴォンには、ファシストやコミュニストと手を組むことなど考えられない。残るのは第一の選択だが、資本主義と植民地主義の血にまみれたフランス第三共和政が、ソ連やナチスドイツの抑圧体制と比較して悪の程度が少ないとはいえない。三者ともに打倒の対象であることに変わりはない。p402 ー ー 一連の出来事を全体として捉えるなら支点的現象は〈消失〉、しかも二十世紀的に条件づけられたそれだと、事件の真相が解明されたあとでカケルは語った。 二十世紀的な消失の原理は、世界を覆う剥奪の原理に対峙することを宿命づけられている。 事物は移動したり形態を変えることはできても消滅しない、消滅できない。人間という特異な存在者のみが消えうる。消失可能性こそが人間存在を定義する。意識は指向性だとか、現存在は存在を開示するとか、対自存在とは脱自で無で自由だとか、現象学者たちはそれぞれの仕方で人間を捉えようとしてきた。 主観、意識、自我、あるいは現存在、実存などさまざまに概念化されてきた人間存在だが、それを消えうること、消失可能性から定義する視点は独特だ。p772 ー 上下2段組みで800ページ、長い…。 真ん中の300ページのほとんどが第二次世界大戦史ヨーロッパ編とホロコーストとほんの僅かの連続首無し死体遺棄事件。 現代の事件との繋がりを紐解いていく考察の長さはまさに哲学級。 盗難された手紙は“消えた”のか“奪われた”のか。 首無し死体の頭部は“消えた”のか“奪われた”のか、それとも首無し死体が必要なので頭部は“遺棄された”のか。 支点的現象の本質を捉えると必然的に事件が解決出来る名探偵カケルの現象学的推理は相変わらず難解。 本作のメインテーマは〈死〉と〈生〉を巡る〈消失〉と〈回復〉の物語なんだろう。 ただし、本質的な死の先には生はないのと同様に、本質的な消失の先には回復はない。回復があるのは、消失が“可能性としての消失”である限りなので、そういう意味で、ホロコーストの先、第二次世界大戦の先、を遠回しに問うている作品。 とは言え、”洪水のあとに残った東側の収容所国家と西側の福祉国家は、いわば陰惨な暗黒の地獄と凡庸で明るい地獄が無限抱擁する息苦しい世界”であったとしても、戦後のその先の現代社会はそこまで単純化できない新世界となってしまっている。この新世界の基軸がぼやけてしまっている今、私たちはどんな世界にいて、誰と闘うべきなのか分からないでいる。 遅れて生まれてきてしまった私は、誰と闘うべきなのか分からないまま40年を過ごしてしまった。 『嘔吐』『存在と無』『想像力の問題』『自由への道』『呪われた部分』『内的体験』『言葉と物』『狂気の歴史』『監獄の誕生』と高校生から大学生と読んできても、結局は行動せずに漠然と過ごしてしまい、そのまま今に至る。 まっ、結局、闘う相手は見つからなくて、革命闘士にはなれないけれども、笠井潔先生の『煉獄の時』を読めて良かった。 伏線を最後に回収しまくる、という点では、本当に素晴らしいミステリーだった。 早く続編も出版してくれ。

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2022/10/31
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矢吹駆シリーズの前2作を読んだ者として、読み終わってひとつやり遂げた感があります。 日本の奇妙な敗戦とフランスの奇妙な戦勝についての考察が強く印象に残りました。

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2022/10/09
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思想面について語る知識も言葉を持たないので過去編の構造についてだけ。 作中ではリヴィエール教授がイヴォンのことを話すという体で過去編が始まるが、この過去編はイヴォンを視点人物として構成されている。 わざわざ教授がイヴォンになりきって話すというようなことをするとは考えられない。 つまり、ここでナディアたちがリヴィエール教授から聞いた話と過去編とでは、厳密に考えれば別物の話の可能性が出てきてしまう。 ナディアの思考や作中の会話により、過去編の語りの重要なポイントは読者が読んだ過去編と照らし合わせて了解できるようにはなっているが、イヴォンの心情は確実に教授の話では語られない(あってもイヴォンの思いを又聞きで話すぐらい) この謎は作中の終盤にナディアが今回の話を小説とするときに、過去編を間に挟むことが示唆されることで解消される。 タイトルは違うかも知れないが、『煉獄の時』という、後にナディアが書いた作品の、ナディアが書いた過去編だからこそ、イヴォン視点で心情まで含めて描かれている。 この場合であれば現代と過去編はナディアという同一作者によるものであり、教授の語りと過去編は同じものなのだと理解できる。 けれどもここで物語の信頼性という面で逆転が発生してしまう。 過去編がナディアが書いたものではなく、それ自体が神の視点で描かれた物語ならば、読者はそこに描かれた心情も(作品世界において)確かなものとすることができる。 一方でこの過去編がナディアが書いたものだとするならば、イヴォンの心情や細かい描写の数々はナディアという書き手のフィルターを通して推測・想像されたものということになり、それらが実際に正しいものだったのか信じることが出来なくなってしまう。 神の視点で描かれている場合はナディアたちが聞いた内容と読者が知っている情報に乖離が生じ、ナディアの書いたものであればイヴォンという人物の物語が本当なのか確実性が失われる。 悩ましい話。 ただこれはミステリでワトソン役が後に小説として書くというよくある形式の根底に常に存在する話だし珍しくもない話ではある。 それが今作で強く意識されてしまったのは、結局のところ教授の語りとして始まったのに、いきなりイヴォンの視点で過去編が始まったという部分が印象に残ったせいかな。 (『哲学者の密室』はどうだったっけ?)

Posted byブクログ

2022/09/25
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最低でもバイバイ、エンジェルと哲学者の密室は読了してることが条件。その後に読むべき本です。 過去作からずっと読んでいる矢吹駆シリーズのファンにとっては、過去作の登場人物に迫る形となり、それらを読み返したくなります。バイバイ、エンジェルは数ヶ月前に読み返したところだったので、運命を感じました! ミステリの真相自体は非常にシンプル(劇中ではフランス語読みでサンプルですね)だと思いました。少なくともどのようにして犯行は行われたか、なしとげられたか、という部分についてです。 複雑化したのは必要な情報がないこともそうですが、例えば、三本指は珍しい、首を落とすこと、遺体を毀損することは異常、とか。そういった前提があったからではないかなと。 笠井潔さんの作品の特徴は、政治的な思想や哲学、当時の世界情勢など、それらが物語の中にふんだんに盛り込まれているのですが、あくまでも私の感覚としては、『ホワイの部分のアンサー』がこれらの部分に該当しているのだと思っています。 読んでいる時はこれは一体……と思いながら、詳しくないことは調べたりしながらひーひー言って読むのですが、それを経て真相を知る頃には、この分厚い本で殴られたような衝撃がおこり、激しく感情が揺さぶられるのです。 過去編があってこそ、この事件はするっと落ちてくるんですよね。 フランス映画をみてるようなメロドラマのような青春群像劇は、現在Ⅱになって欠けているピースとなって真実を形作る役目を果たします。もやもやとしたところから一気に突き抜ける。ただ、すっきりしたというより、無情感がだいぶ強かったですが。 過去編があったから「ほら!戦争で引き裂かれたかわいそうな恋人たちのお話だよ、泣けるだろう?」という、押し付けがましい安っぽさは感じませんでした。むしろ、重すぎました。哲学者の密室よりも、更に。 ありえない話ですが、過去編があるのとないのでは、きっと全く違う印象になるのではないでしょうか! で、これは余談なのですが…… クレールのモデルであるサルトル、その恋人のエルミーヌのモデルであるボーヴォワール、そして、シモーヌ・リュミエールのモデルのシモーヌ・ヴェイユ、彼らの著作を一つずつ読んでみて、またこの本に帰ってきたいと思います。きっとまた彼らに対する感じ方も変わりそうです。 再読したらまた編集するかも。

Posted byブクログ

2022/09/07

【〈矢吹駆シリーズ〉11年ぶりの最新作!】著名哲学者の手紙の盗難と、川船で発見された全裸の首なし屍体、そして39年前のトランク詰め首なし屍体。3つの事件を駆は追う。

Posted byブクログ