水俣病闘争史 の商品レビュー
【鹿大図書館の所蔵情報】 https://catalog.lib.kagoshima-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BC16311380 【選書ツアーコメント】 水俣病という単語だけ、何が原因であるのかだけしか知らない人は多く、 その歴史も風...
【鹿大図書館の所蔵情報】 https://catalog.lib.kagoshima-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BC16311380 【選書ツアーコメント】 水俣病という単語だけ、何が原因であるのかだけしか知らない人は多く、 その歴史も風化しつつある。 そんな水俣病に関して、人々がどのように闘ってきたのかを知ることができる一冊。
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題名通り、水俣病に関しての闘争の歴史を通史的・俯瞰的に整理した書籍だ。「水俣病闘争に興味をもった人がすぐにアクセスできて、闘争を見渡すことができる簡便な一冊」をつくることが執筆動機であり、それは成功していると思う。 水俣湾周辺の漁村で水俣湾からとれた魚を食べた猫たちが多数死んで...
題名通り、水俣病に関しての闘争の歴史を通史的・俯瞰的に整理した書籍だ。「水俣病闘争に興味をもった人がすぐにアクセスできて、闘争を見渡すことができる簡便な一冊」をつくることが執筆動機であり、それは成功していると思う。 水俣湾周辺の漁村で水俣湾からとれた魚を食べた猫たちが多数死んでいっていることが分かったのが1953年のことである。後にチッソ水俣工場から排出される廃液に含まれる有機水銀が原因であると分かるが、当時は、原因不明の中枢神経系疾患とされた。そして、患者は猫だけではなく人間も含まれるようになる。この年の12月に、水俣病認定第一号患者の方の発症が記録されている。 その後、原因をめぐって、また、補償をめぐって闘争が繰り広げられていく。1968年になって政府が水俣病を公害病と認定し、この年に、水俣工場からの有機水銀の流出が止まる。法廷闘争の方は、初の判決が1973年に熊本地裁で下され原告・患者側が勝利する。 闘争は順調に進んだわけではもちろんない。会社側・国・行政との闘いに加え、市民からの差別や、市民の一部は、町唯一の大企業であるチッソがなくなると困るために患者側の闘争を支持せず、時に妨害をしようとした。また、患者側も一枚岩ではなく、6派に分かれており、患者を支援する団体の間でも対立があった。 そして、闘いは今も続いている。2021年8月末現在、認定患者は2283人(うち死亡1988人)。約1400人が認定申請中。また、約1700人による損害賠償訴訟なども各地で継続中である。 以上が、ごく簡単に整理した闘争の歴史である。 1973年の判決の骨子は下記の通りだ。 ①水俣病の発症は、被告チッソ水俣工場から放流されたアセトアルデヒド製造設備排水中の有機水銀化合物の作用によるものである ②被告チッソ水俣工場では、この廃水を工場外に放流するにあたり、合成化学工場として要請される注意義務を怠ったから、被告に過失の責任がある ③よって、被告は原告らに対し、不法行為に基づく損害賠償の義務がある 私の理解では、争点となったのは「過失の有無」であった。 チッソ側は、水銀化合物の生成・流出と、それによる発症を予知・予見できなかった以上、過失はないと主張した。自分たちには工場操業により、有機水銀が発生し、それが水俣病を発症する等ということは、事前には分からなかったし、技術的にも分かりようがなかった、ということだ。 一方で、判決は、いやしくも化学工場を操業し、外部に何らかの廃水を流している者は、リスクを予知し、対策を講じるべき義務を負うという考え方に立っており、それは、今の公害防止の考え方と同じだと理解した。 このようなことが認められるために、1953年の最初の発症患者の発生から判決まで20年が必要であった。 それも、スムーズな道のりではなく、上記したような色々な対立や紛争、対立を経たうえのことであり、事件は未だに終わっていないということだ。 とても、重い本を読んだというのが感想だ。
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「事件」、「闘争」の次世代が、当事者に聴き取りをしながら、資料を調べて書いているところに一番心を惹かれました。今、「水俣病闘争」を書くことの意味は、米本浩二には当然あるのでしょうが、読み手は読み手で見出さない限り「未来」はないのではないでしょうか。米本浩二が問いかけているのはそ...
「事件」、「闘争」の次世代が、当事者に聴き取りをしながら、資料を調べて書いているところに一番心を惹かれました。今、「水俣病闘争」を書くことの意味は、米本浩二には当然あるのでしょうが、読み手は読み手で見出さない限り「未来」はないのではないでしょうか。米本浩二が問いかけているのはそういうことだと思いました。 そうは言いながら、思い出に浸ってしまった読書でした。ブログにはなんとなくな思い出を綴りました。 https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202210230000/
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毎日新聞2022827掲載 評者: 池澤夏樹(作家) 熊本日日新聞2022925掲載 評者: 三砂ちづる(津田塾大学学芸学部多文化国際協力学科教授,疫学,衛生学) 日経新聞20221015掲載 評者: 梯久美子(ノンフィクション作家) 週刊金曜日20221021掲載 評者:長瀬海...
毎日新聞2022827掲載 評者: 池澤夏樹(作家) 熊本日日新聞2022925掲載 評者: 三砂ちづる(津田塾大学学芸学部多文化国際協力学科教授,疫学,衛生学) 日経新聞20221015掲載 評者: 梯久美子(ノンフィクション作家) 週刊金曜日20221021掲載 評者:長瀬海(書評家,ライター)
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水俣病闘争史を丁寧かつわかりやすく簡潔にまとめてくださった貴重な作品。ほとんど知識がなくても、石牟礼道子さんの本を読んだくらいでも、難しくなく、丹念に時系をたどり関係者の関わりを辿りその時々の患者さんのお気持ちをたどり世の中を辿ることができる。 石牟礼道子さんの苦悩、今時の流行り...
水俣病闘争史を丁寧かつわかりやすく簡潔にまとめてくださった貴重な作品。ほとんど知識がなくても、石牟礼道子さんの本を読んだくらいでも、難しくなく、丹念に時系をたどり関係者の関わりを辿りその時々の患者さんのお気持ちをたどり世の中を辿ることができる。 石牟礼道子さんの苦悩、今時の流行りの言葉となってしまって居心地悪いが、端的に自分のこと、自分ごととして、自分自身との戦いとして水俣に捧げられたお時間生き様。闘争手段、型式の上最後はお金のことにしかならない終わって終わりきれない闘争。70年ごろの、チッソ本社立てこもりなどのはげしくも熱のこもった闘いぶりも余すことなくシッカリと書かれている。共闘する知識人として日高六郎さんや見田宗介さんのお名前も。 当時もひどい企業論理、行政の対応であったが、今まさに腐敗しきり嘘と言い逃れと証拠隠滅などなどを常套手段にダブルスタンダード政治を政権与党がやっている有様で今であればさらにひどい対応がなされるかもしれないと、 それは、73年の裁判における原告勝訴の判決文のなかで、 裁判には限界があるとした上で、 企業側とこれを指導監督すべき政治・行政の担当者による誠意ある努力なしに根本的な公害問題解決はあり得ない という異例コメントがでたがそのようなことは企業政治行政未だにお構いなし努力なしな問題ばかりではないか、と思う。 水俣の海に生きた人たちの、お金をもらっても嬉しくもなんともない闘い、毎日食べていくことだけでも想像できないようなぎりぎりの闘い、水俣病になりおかげで人と出会えたという言葉、思いを苦しみやそれでも生きて笑える瞬間があることを言葉に紡いでいく様が本当に胸に迫る。 水俣病が発覚した頃の、新日窒、業界団体、行政の知らぬ存ぜぬ関わり無かったこと原因不究明を団結して決め込んだとき、 第二組合と第一組合になり、第一組合が同じように会社に搾取される者として、1人の人間、労働者として水俣病患者と共に闘わないできたことを恥じ反省する恥宣言のとき、 ハンストやテント村で闘いながら、弁護団や告発する会や市民会議、それぞれの立場に違いが顕著となってしまったとき、 裁判闘争に一定勝利しながらも誰もがまだまだ終わっていないという気持ちであったとき、それぞれの時それぞれの立場をほんとうに真摯に描き記されていて、 どの局面でも、全く2020年代ニッポン進歩してないのね、ヒューマンになれてないのね、石牟礼道子さんたちが人間はもうダメになってしまったけどいずれゴキブリやネズミが字を読むようになって理解いただけるかもしれないからとにかくしっかり記録していきましょうと始められた活動。なんとも肩身が狭く。本を読んでも読んでもなんの役にも立たない自分。水俣にもお伺いしたことがある、美しい海に驚き美味しいお刺身をいただきお話をお伺いしたことを記憶の彼方から引き出しながらなんの役にも立っていない自分を恥と思う。著者の米本浩二さんや河出書房新社さん、美しい装丁、感謝。
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