シンクロと自由 の商品レビュー
福岡県で「宅老所よりあい」の代表を務める、老人介護職に長年携わってきた57歳の著者の介護経験を断片的に綴ったエッセイ集。全8章、約280ページで、各章で介護の現場で起きた印象的な出来事と著者の考察を伝える。改ページ・改行が多めで、全体にゆったりした構成となっている。 まえがきで...
福岡県で「宅老所よりあい」の代表を務める、老人介護職に長年携わってきた57歳の著者の介護経験を断片的に綴ったエッセイ集。全8章、約280ページで、各章で介護の現場で起きた印象的な出来事と著者の考察を伝える。改ページ・改行が多めで、全体にゆったりした構成となっている。 まえがきで著者が「エビデンス重視の時代と逆行する本だ」と紹介する本書は、介護について何かしら明確な正解やデータを提示しようというではなく、あくまで著者の個人的な体験の数々を読者と共有することで老いについて考える機会を与えてくれる。介護をするお年寄りにはぼけを抱えた人たちが多く、お年寄りと介護者のあいだでは日常的にすれ違いが起こる。しかし、そんなお互いに思いどおりにはならない関係はむしろ本来は当たり前のことであり、同時に介護を通してお年寄りと介護者の感覚が「シンクロ」する状態が立ち現れるのだという。 また、著者は長年の介護の経験から、ネガティブに捉えられることが一般的な「老い」にある別の側面にも着目する。老いには機能低下の文脈にはおさまらない躍動があり、「それは、これまでの社会生活で得た概念から解放されることで発揮され」るのだという。お年寄りは身体的にはどんどんと不自由になっていくのだが、そのことで結果として「時間と空間の概念からはますます自由になっていく」。それらを目にしてきた著者があとがきで記す「長生きしたいと思うようになりました」という思いは、もちろん死への恐怖からではなく、「老いて衰えることを実感したい」という主観的に体感する老いへの前向きな好奇心にある。 著者による介護の方針としては、本書内ではそれほど積極的にアピールされてはいないものの、お年寄りを束縛したり閉じ込めたりといった措置を避けることを大事にしていることが伝わる。この点は第5章にある、「語弊を恐れずに言えば、当事者にとっての悲劇は運悪く死んでしまうことよりも、他者から縛られたり、閉じ込められても抵抗できないまま生きていくことではないか」という著者の思いにはっきりと表れている。そして、個人的には自分自身が終末期を迎えた際のことを考えれば、このようなスタンスで運営されている介護施設が健全に成り立っているという事実に、暗いニュースが伝えられることも少なくない介護の現場への希望として映る。 「明日からの介護にすぐ役立つことはありません」と断りながらも、介護の現場の難しい場面や介護者の精神的なきつさについても隠さず伝える本書は、介護職を志す読者はもちろんのこと、全ての人はいずれ介護する・される可能性をもつことを考えれば、誰にとっても無縁ではない。身近な人が本書に登場するお年寄りと同じことが起きたり、もしくは自分自身がいずれはそのような立場に立つことを想像しつつ本書を読むことで、先取りして疑似的に体験する機会を与えてくれる有意義な著作だと思えた。
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