愉快なる地図 の商品レビュー
100年近く前の女性バックパッカー(トランクだけど)の旅行記。 戦争の影がつきまとうシベリア鉄道と国家とは何かが見える樺太が特におもしろかった。 ヨーロッパは今とあまり変わらないなあと思った。たぶん、フランスやイギリスはもうその頃には成熟しきった国だったからだろう。 林芙美子には...
100年近く前の女性バックパッカー(トランクだけど)の旅行記。 戦争の影がつきまとうシベリア鉄道と国家とは何かが見える樺太が特におもしろかった。 ヨーロッパは今とあまり変わらないなあと思った。たぶん、フランスやイギリスはもうその頃には成熟しきった国だったからだろう。 林芙美子には感性の柔らかさと意志の強さが常に同居していて、どちらかに傾くことがない。それを自由というのだろうか。
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本を読んでいると、作家や作品への言及が在る場合が多々見受けられる。そういう記述を読んで、作品に関心を覚えて読んでみるという場合も在るように思う。 他作品で言及が在った樺太への紀行が収録されていると知り、入手して読んでみた文庫であった。なかなかに興味深い一冊であった。 1930年の...
本を読んでいると、作家や作品への言及が在る場合が多々見受けられる。そういう記述を読んで、作品に関心を覚えて読んでみるという場合も在るように思う。 他作品で言及が在った樺太への紀行が収録されていると知り、入手して読んでみた文庫であった。なかなかに興味深い一冊であった。 1930年の台湾、満州、1931年から1932年の欧州、1934年の樺太、1936年の北京と様々な形で発表された紀行が収められている。瑞々しい感性や自由を愛する気概を持った女性が奔放に何処へでも出掛けて行くという様子、その中での思索というような事柄が綴られた本書である。 表紙にトランクを沢山抱えた女性のイラストが在る。これは欧州を目指した旅のイメージなのだと思う。作中、4つのトランクを持参した旨の描写が在った。(序に、4つ持つのではなく、凄く大きいのを1つにして、小物を入れる鞄を持つ程度の方が動き易かったかもしれないというような話しも在った。)そして本書は、文庫本として紀行関係の文章を集めて編んだということらしい。本書の下敷きになる単行本化何かが在るのでも無いようだ。そこは如何でも構わないと思う。多数の作品を精力的に発表し続けた著者の、伝わっている作品を択んで集めて本にするというのは、それ自体が意義深いことなのだとも思う。 本書を手にしようとした契機となった樺太への紀行を最初に読み、以降は最初から順に読んだ。結局、様々な媒体に順次発表した文章が集められているので、余り順序を気にせずに読むことが出来る。一応の内容的纏まりとなっている中、例えば欧州を目指す旅に関する部分では、順次色々な所を通り抜けて目指したパリに到る時系列で文章が積上げられているので、その順を追う方が判り易い。が、そういうことでもないのであれば、眼に留まった順に読めば善いと思う。方々の雑誌のような媒体に発表された記事という形の文章を集めている訳である。実際、自身は本書を手にした切っ掛けの樺太紀行を最初に読み、以下順次読み進めて何ら支障は無かった訳である。 少し驚かされるのは、1930年代前半、昭和の初めの方というような時期、こうした文章が公にされる媒体が色々と在ったことが示唆され、そういう場で活躍する著者のような人達が多く在ったということで、何か凄く「豊かな文化」というような様子を想うのだ。そして欧州辺りへ空路という現在の様子とは異なるが、シベリア鉄道を利用する旅、船旅がなかなかに充実しているようにも見えるということだ。欧州に限らず、台湾、中国大陸、樺太と、何となく思う以上に旅客輸送の色々な事柄が整備されていることに気付かされる。更に言えば、殊にシベリア鉄道での移動の場面等は、かなり時代を下っても雰囲気は変わらないであろうと思う場面が多々在った。そういう辺りに驚きながら本書を読み進めた。 欧州旅行に関しては、下関から釜山へ船で渡り、朝鮮、満州を経てシベリア鉄道に入り、モスクワを経てポーランドやドイツを経由してフランスに着いているようだ。この時代、経路としては敦賀からウラジオストクへ渡る形も在ったらしいが、著者が択んだ経路もよく知られていたようだ。そしてこの経路での旅の感じが活き活きと伝わる文章なのだが、或いはなかなかに貴重であるようにも思った。 樺太を訪ねる紀行で、当時の稚内の様子が描かれる。未だ屋蓋式防波堤(現在の北防波堤ドーム)が竣工する前の時期である。少し冴えない港町という風情が描かれている。樺太への連絡拠点として伸びている最中の感じだ。やがて辿り着く樺太だが、少し複雑な想いを抱かざるを得なかった場面も在ったようではあるものの、新興の街であった敷香に好感を抱くようになったようだ。凄く率直に、何にでも「素」の状態で向き合い、思ったことを綴っているという感じが好い。 こういうく率直に、何にでも「素」の状態で向き合い、思ったことを綴っているという感じは本書の各篇に共通している。何やらロシア語が飛び交っているハルビンの様子から、パリやロンドン迄、何処でも一緒だ。欧州からの帰路、船が寄港したナポリに著者は立寄っている。その中で、ボンベイの遺跡見物よりも、生きているナポリの街を歩いてみたいとしている。結局、この辺りなのだと思う。動いて、辿り着いた場所で、そこに在るモノ、そこに暮らす人々を観たい、それらに触れたい、そして感じたことを綴って伝えたいというのが著者の「在り方」なのであろう。 非常に愉しく、時間と空間を超え、1930年代の世界の旅を疑似体験出来るような内容の一冊だ。広く御薦めしたい。
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詳細は、あとりえ「パ・そ・ぼ」の本棚とノートをご覧ください。 → http://pasobo2010.blog.fc2.com/blog-entry-1986.html 林芙美子の名前は知っているけれど、本はちゃんと読んだことはないと思います。 一体どんな話が飛び出すのか、読む...
詳細は、あとりえ「パ・そ・ぼ」の本棚とノートをご覧ください。 → http://pasobo2010.blog.fc2.com/blog-entry-1986.html 林芙美子の名前は知っているけれど、本はちゃんと読んだことはないと思います。 一体どんな話が飛び出すのか、読むのが楽しみです。 内容が細かいので、TVドラマ化されたらいいなと思いました。
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まだ林芙美子をよく知らない。 NHK「100分de名著『放浪記』」の回で林芙美子の文章の魅力に目覚めた。 上記番組で指南役を務めた、作家の柚木麻子さんが、とっても新しいんです、今こそ読んでほしいと言っていた意味がよく分かりました。 この本は、その林芙美子の若き日の紀行文を収めた...
まだ林芙美子をよく知らない。 NHK「100分de名著『放浪記』」の回で林芙美子の文章の魅力に目覚めた。 上記番組で指南役を務めた、作家の柚木麻子さんが、とっても新しいんです、今こそ読んでほしいと言っていた意味がよく分かりました。 この本は、その林芙美子の若き日の紀行文を収めたもの。 1930年から1936年の作品。 「放浪」がいよいよ海外へ舞台を移した。 令和の今だって、女一人で海外旅行なんて怖くてできやしない。 ましてやこの時代、女ができることは非常に狭い範囲に限られている。 そこへ一人で旅立つ芙美子に、すっかり魅了されてしまった。 旅の目的があったりしたようだが、それは書かれていない。 だいたい私たちが今、旅行というと、ガイドブックに沿って見るべき名所旧跡を巡ることになるが、芙美子の旅はそうではない。 まだよく理解できていないけれど、松尾芭蕉みたいな「漂白の思いやまず」という気持ちから旅に出るのではないか。 芙美子にとって、旅の空こそが自由に息ができる場所だったのだろう。 気持ちはとても分かるし、私も若い頃はよく旅に出た。でも国内がせいぜい。 芙美子は名所旧跡よりも、そこに生きる人々に興味があった。 感動したものはそのままに、汚いものははっきり汚いと書く。 そうして表現や比喩が秀逸である。 最初の台湾では、出版社の企画で、女流作家たちが講演会をするためのツアーだった。 芙美子さんには窮屈だったらしい。 面白かったのは・・・一つ例を上げさせてほしい。 台湾総督に「どうか皆さんの口から全島へ良妻賢母を説いてくださるように」と言われた時の芙美子さんの頭の中。 ソクラテスか何かの哲学書の中の「禿(はげ)の定義」を思い出した。 一口にハゲと言っても、まだ髪はたくさんあるものの後退している、頭頂部が薄くなっていると「ハゲ」と呼ばれる。 一方、ツルッツルで髪が1本も無くても「ハゲ」と呼ばれる。 髪の本数も程度もまるで違うのに、一口に「ハゲ」だ。 それと同じく、一口に「良妻賢母」といってもいろいろだろう。 どの程度の「良妻賢母」が講演を聴きに来るのか、自分の講演は歓迎されるのであろうか、と書いている。 まず私個人は、その良妻賢母何たらかんたらというセリフに反発を感じ、そういう講演じゃ無いんだよ!と思う。 むしろ逆。 芙美子さんのこれも皮肉と取って良いのだろうか。 次のシベリア鉄道編は、満州事変の起きた年。 危ない。 普通だったら旅行しない。 しかし芙美子さんは、国と個人は別と考えているようだ。 素晴らしいコミュニケーション能力。 しかしそれゆえに、「個人は連帯できるのに国家は対立の構図」に憂える。 これらの旅の後は、もう自由に国境を超えて旅することはできなくなると思う。 旅人・作者はどうやって生きていったのだろうか。
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林芙美子の海外への旅、紀行文集成。その主な行程は以下のようなもの。 1930年1月 台湾 1930年8月 大連、ハルビン、杭州、蘇州 1931年11月~1932年6月 シベリア鉄道を使い、パリ、ロンドンへ 1934年5月 樺太 1936年10月 北京 最初の台湾行こ...
林芙美子の海外への旅、紀行文集成。その主な行程は以下のようなもの。 1930年1月 台湾 1930年8月 大連、ハルビン、杭州、蘇州 1931年11月~1932年6月 シベリア鉄道を使い、パリ、ロンドンへ 1934年5月 樺太 1936年10月 北京 最初の台湾行こそ準公的な団体行動であったが、残りは基本的に一人旅。この時代に女性が一人で海外への旅をするというのは珍しいことだったのではないだろうか。文章を読んでも、「何とかなる」との精神でバイタリティーを持って行動していることが良く分かる。 シベリア鉄道の三等列車の旅では、乗り合わせたいろいろな乗客とのちょっとしたふれ合いを語るところが楽しい。 中国への旅では、日本と中国との軍事衝突が起きていた時期でもあり、中国の人たちの日本に対する見方や批判行動などについても言及がされている。この数年後には著者は中国戦線での従軍記を書くことになる。そんなことを想いながらこの辺りの文章を読むと、少し複雑な心境となった。 最近の中公文庫、編集の妙が感じられて、ついつい購入してしまう。本書もそんな一冊。
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林芙美子の紀行文をまとめた オリジナル編集の文庫本。 ハンディで嬉しい。 283ページの本とはいえ 芙美子さんって一文がわりと長いので なかなか読み終わらなかった。 旅の記憶も濃ゆいしね。 鉄子としてはシベリア鉄道もいいけど 満州鉄道の記録も良かった。 それからパリを拠点にバ...
林芙美子の紀行文をまとめた オリジナル編集の文庫本。 ハンディで嬉しい。 283ページの本とはいえ 芙美子さんって一文がわりと長いので なかなか読み終わらなかった。 旅の記憶も濃ゆいしね。 鉄子としてはシベリア鉄道もいいけど 満州鉄道の記録も良かった。 それからパリを拠点にバルビゾンまで 足を伸ばしていたなんて! 私が大好きな画家たちの絵を 芙美子さんも同じように愛でていたとは 時を超えて嬉しさを覚えます。
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●は引用、その他は感想 ブックレビューに”沢木耕太郎や下川裕治の先取りのようだ”というコメントがあったが、自分もそういった印象を受ける。バイタリティーに富んだ人なのだろう。だから、興味があるとそれを実行してしまう。本書では、軍国主義の台頭に嫌悪感を表わしているのに、たぶん同時に...
●は引用、その他は感想 ブックレビューに”沢木耕太郎や下川裕治の先取りのようだ”というコメントがあったが、自分もそういった印象を受ける。バイタリティーに富んだ人なのだろう。だから、興味があるとそれを実行してしまう。本書では、軍国主義の台頭に嫌悪感を表わしているのに、たぶん同時に語られる愛国心の発露が、この後の従軍記者時代につながるのだろう。一見すると一貫性が無い様に見えるが、本人にすれば一貫しているのだろう。 文庫オリジナルの編集として、パリ→ロンドン→パリという移動を、年代と場所でくくってパリを一つにまとめて文章を配置している。時系列で文書を配置した方が読みやすくなるような気がする。 ●台所と云えば、パリーの住宅は、ほとんどアパルト住いが多いので、日本のように、あんなきまりきった台所を所有している家は少い。それに、たいていは戸外のレストランを利用する家族が多いので、大した台所も必要ではないのであろう。日本のレストランが、まだまだゼイタク視されている間は、一家の主婦が台所から解放されると云う事ははなはだ遠い事であろうと考える。 ●言葉の通じないせいもあるだろうけれども、全く不思議なインショウになってしまった。何故なら、私の眼にはいったロシヤは、日本で知っていたロシヤと大違いだから。日本の無産者のあこがれているロシヤは、こんなものだったのだろうか!日本の農民労働者は、ロシヤの行った革命にあこがれているのだろうか。―それだのに、ロシヤの土地もプロレタリヤは相変わらずプロレタリヤだ。すべて、いずくの国の特権者はやはり特権者なのだろう。あの三ルーブルの食堂には、兵隊とインテリゲンチャ風な者が多かった。廊下に立って眠った者達の中には兵隊もインテリもいない。ほとんど労働者風体の者ばかりではなかったか。 ●黒い龍と云う名を、度々ロンドンの新聞で見るんですけれどもあれはいったい何なのでしょうか。ロンドンの平和論者の一部には大ヤバン国日本とやっつけていますが、(中略)これでは日本も軍隊や右翼から革命が起こるのですかね。厭なことだ。 ●上海まで戦争が拡がって行ったようですがいったいどうなるのでしょう。外国に来ていると、毎日の新聞で、日本の評判が悪いのが気になる。全く、上海までも戦争に行かなければならないのですかね。トラファルガル広場の、中国コミンタンの示威運動も、あまりパッとはしなかったけれど、中国婦人の火を吐く愛国の演説には感激してしまいました。ねえ、誰だって国を愛しているのだ。国を愛しきっているのです。
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旅だけがたましいのいこいの場所――台湾、満洲、欧州など、肩の張らない三等列車一人旅を最上とする著者の若き日の旅。文庫オリジナル。〈解説〉川本三郎
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