プールサイド の商品レビュー
『もしも志大に言われなければ、屏仔があまりにも静かなことに僕は気づかなかっただろう。彼は黙って料理を箸でつまんでいた。僕らが彼に酒を勧めると、コップを持って一息に飲み干した。コップを置くとき、なんと絨毯の上に置いたかのようにわずかな衝撃音も出さなかった。屏仔はそんなにも静かに、黙...
『もしも志大に言われなければ、屏仔があまりにも静かなことに僕は気づかなかっただろう。彼は黙って料理を箸でつまんでいた。僕らが彼に酒を勧めると、コップを持って一息に飲み干した。コップを置くとき、なんと絨毯の上に置いたかのようにわずかな衝撃音も出さなかった。屏仔はそんなにも静かに、黙ったままだった。まるで声帯の電源が切れてしまったかのような静けさだった。もしかすると屏仔の症状は、つまりその時に始まったんだ。僕は言った。彼の視線は定まっていたか。吐き気を催したり、体がこわばったり震えたりしていたか。そんなことはなかった。とにかくただとても静かで、沈黙していたんだ』―『虎爺/呉明益』 「歩道橋の魔術師」で呉明益を紹介してくれた天野健太郎氏が亡くなってから何年になるだろう。直接お会いしたことはないけれど、生前に一度だけレビューでいいねをもらったことが思い出される。その後、他の訳者によって呉明益の作品は翻訳され続けているし、自分もまたそれを手に取り続けているけれど、天野氏の拘り抜いた日本語への変換をどこかで思い起こしながら読んでしまっている。例えば、先日読んだ棟方志功の物語の中で、志功が語る言葉はやはり津軽弁である必要があるように思うのと同じように、翻訳では失われてしまう台湾の人々が聞いただけで感じる言葉の違い(複数の台湾原住民族、客家・福建係の内省人、外省人の言葉の違いや、世代による言葉遣いの違い)から感じ取るその人の背景を抜きには台湾文学の持つ深さは表現し切れないように思う(というようなことを意識するようになったのも天野健太郎氏の翻訳のお陰です)。とは言え、それが翻訳という薄膜を通り抜けてくれるかは難しいところではあるだろうけれど。 本書の中にも、作風の違いはあれ、性差や出自の違いを意識した作品が多いように思うけれど、そのことは恐らく台湾の置かれた地政学上の位置を反映したものでもあるだろうし、都市と田舎の対照が色濃く残る社会性が投映されているのかも知れない。ある意味平準化された日本語でそれを読むものは、慎重に作家が託したものを嗅ぎ取る必要はあるだろう。もちろん似たような感覚は自分たちにもあるという意識はある。例えば、物語の主題は異なってもそこに幻想を巡る展開が存在する短篇が多いように感じたけれど、それが小説として受け入れられる素地、すなわち都市に棲まいながらもどこか人智の及ばない自然に取り囲まれた風景、そしてそこに住む人々によって伝聞されてきた不可思議な物語を受け容れる土壌、が台湾の人々にはあるということなのだろうけれど、それは恐らく日本にもかつて存在していたものであった筈。それは島弧の縁に位置する島で、はっきりとした四季と多雨による植生(放っておけば全ては植物に飲み込まれてゆく、というのは決して普遍的な風景ではないです)が醸し出すもの。それ故、台湾の作家の作品にはどことなく郷愁感が伴うのだろう。などと小難しいことを言う必要は、本書を楽しむうえでは全くないのだけれども。 複数の作家の作品を集めた私花集ではどうしても好き嫌いは出てきてしまうものだけれど、そして本書はもちろん呉明益が目当てで手に取っているのだけれど、やはり彼の「虎爺」が強い印象を残した。地の文に話し言葉が紛れ込む。それを読んだ瞬間の眩暈のような感覚。心地よい。「雨の島」「自転車泥棒」をどこか彷彿とさせる短篇。そして甘耀明の「告別式の物語」。粘液質の肌ざわりを嫌でも感じざるを得ない語りは少々毒々しい(それが戦争というものの本質だからか)が、結末で全ては天に上る煙のように霧散してゆく。後で気付いたが「我的日本」で引用したのが甘耀明の「飛騨国分寺で新年の祈り」だった。やはりそういうのが好きなんだね、自分。
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台湾の作家11人による短篇集 そして自由な発想の不思議なストーリーの数々。 いろいろな社会問題を織り込んでいても、暗く重くなりすぎない台湾の作家さんならではの世界観に圧倒されました。
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「台湾」という地域 オランダ人、日本人、中国人の統治があり、それ以前から住む人たちも共存しているところ。 ひょっとしたら、中国本土より中華三千年の匂いを残しているのかも……。 もともと、呉明益が読みたくて、このアンソロジーを手に取った。 呉明益『虎爺』、夢と現実の境が見えないふ...
「台湾」という地域 オランダ人、日本人、中国人の統治があり、それ以前から住む人たちも共存しているところ。 ひょっとしたら、中国本土より中華三千年の匂いを残しているのかも……。 もともと、呉明益が読みたくて、このアンソロジーを手に取った。 呉明益『虎爺』、夢と現実の境が見えないふわふわとした、それでいて少しノスタルジーを漂わせる物語。 やっぱり、良いですね。 他にもいくつかお気に入りがあり、また、新たな出会いも感じられた、アンソロジーでした。他に二冊あるので、また、楽しめそうです。
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まだ完読できていないのですが…プールサイド、今まで読んだなか(川端、三島、稲垣、江戸川、ヘッセ、三浦、長野 他(敬称略…))でいちばん、ああ、これが読みたかった……!と思えた作品だったかもしれない。舞台設定はたしかにありがちな。でもあの、夏の台湾の、じっとりとした、しめりけを纏っ...
まだ完読できていないのですが…プールサイド、今まで読んだなか(川端、三島、稲垣、江戸川、ヘッセ、三浦、長野 他(敬称略…))でいちばん、ああ、これが読みたかった……!と思えた作品だったかもしれない。舞台設定はたしかにありがちな。でもあの、夏の台湾の、じっとりとした、しめりけを纏った空気から、(しかしここは、清潔で整然としている)からりと、秋の風が吹き ひとつの季節が、つながりが、まるで夢の中の出来事のように思い出される ような。な、なんだこの、押し流されるようなラストの、こどもたちの…うやむやに、でもしっかりと刻まれた感覚と、自分の不確かさ…よ、良かった。氏の他の作品も、読みたい。
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台湾の短編小説が集められたアンソロジー。ジェンダー、民族、動物、父子関係といった共通のテーマ性を持った作品が集まっている。 一番印象に残ったのは、虎爺に取り憑かれた友人の話を民族学者に聞かせる呉明益「虎爺」だ。 語り手の「僕」は、1994年、軍隊で初めて正月を過ごした日、中隊長...
台湾の短編小説が集められたアンソロジー。ジェンダー、民族、動物、父子関係といった共通のテーマ性を持った作品が集まっている。 一番印象に残ったのは、虎爺に取り憑かれた友人の話を民族学者に聞かせる呉明益「虎爺」だ。 語り手の「僕」は、1994年、軍隊で初めて正月を過ごした日、中隊長の指示で、小遣い稼ぎのための獅子舞を仲間たちとすることになる。そこで、仲間で一番の獅子舞の舞手だった屛仔に、虎爺が乗り移るのを見る。その10分か20分そこらの短い体験は、「僕」にとって「忘れたくても忘れられない」記憶となり、小説を書いた。物語は、その小説を読み、興味を持った友人の民俗学者に、「僕」がその経験を話して聞かせるという体で進む。 あくまで民俗学的な興味関心から、獅子舞のこと、虎爺の取り憑きのことを聞こうとする学者に対して、「僕」は、あくまで一つの忘れ難い思い出として、物語を語る。この構図が面白かった。 学者は、獅子舞の踊りの技や、村に獅子舞を踊りに行く際、「頭旗」を持っていった話に食いつく。しかし、「僕」にとってそれらは瑣末な話で、大切なのは、友人の屛仔が取り憑かれたことなのだった。 民俗学者によるインタビューを終えたあと、「僕」は、別れ際、屛仔に聞いたことを思い出した。「虎爺が乗りうつったときのこと、なにか覚えているか。つまり、おまえはわかってたのか。僕らがそばにいるのがわかっていたか。虎爺だってこと、わかってたか」。「僕」にとってこの出来事は、本当に起こった不思議な出来事で、学術的に記述されたりするような何かではなかったのだと思う。 鍾旻瑞「プールサイド」も面白かった。高校生最後の夏に、プールの監視員のバイトをした少年は、中年の男に誘惑される。初めての恋を通した少年の成長譚を年の差、ゲイカップルで描いたといった印象だった。 陳思宏「ぺちゃんこな いびつな まっすぐな」も予想外の結末で驚いた。バスケ部のエースで、クラスの級長だった少年は、突然、遠近感がなくなり、世界がぺちゃんこにしか見えなくなってしまう。それをきっかけに、彼は学校の外れ者となり、今まで関わることもなかった外れ者たちと仲良くなる。自分が周りから遠ざけられるようになることで成長する話かと思っていたが、結末は、全然、違った結末を迎えた。 「わしらのところでもクジラをとっていた」「白猫公園」は、ちょっと難しかった。再読しないとよく分からない。 全体として、様々なテーマ性のある作品が集められていたが、全体を通して感じたのは、ノスタルジックな雰囲気だった。過去を回想する、という小説自体の形式もそうだが、どことなく行ったこともない台湾に懐かしさを感じる、そんな小説だった。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
前作もだけどどの話にも奥行きがあって情景や匂いが浮かび上がるような気がする。なのにどこか幻想的。この短編集は夢十夜を読んでるみたいだった。 青春映画のような『ぺちゃんこな いびつな まっすぐな』はこのまま映像化してほしい。結末にゾッとする『海辺の部屋』この小説の薄暗く退廃的でどこか切ない空気に小川洋子を思い出す。『犬の飼い方』割り切れない部分も含めて家族であるということ。『名もなき人物の旅』はこの短編唯一のSFだけど急逝した父を惜しむ家族たちを優しく救う展開にじんわりとした。
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「海辺の部屋」怖すぎる。ぞっとした、すごい。 好きだったのは「ぺちゃんこな いびつな まっすぐな」と、「鶏婆の嫁入り」かな。
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