日本バッティングセンター考 の商品レビュー
全国の経営者を訪ね開設のきっかけや興亡を聞きその歴史をまとめた本。巨人、ボウリング、Jリーグ、イチロー、筋肉番付、様々な変化点の中でバッティングセンターは生き残りのため様々な経営努力を続けている。冒頭にある気仙沼のエピソードは泣いた。良い本です。
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<目次> 第1章 被災地に生まれたバッティングセンター 第2章 バッティングセンターの誕生 第3章 ボウリング流行の終焉と、その後 第4章 ブーム最盛期の記憶 第5章 救世主イチローとストラックアウト 第6章 新世代の登場 第7章 日本のバッティングセンターは海を越...
<目次> 第1章 被災地に生まれたバッティングセンター 第2章 バッティングセンターの誕生 第3章 ボウリング流行の終焉と、その後 第4章 ブーム最盛期の記憶 第5章 救世主イチローとストラックアウト 第6章 新世代の登場 第7章 日本のバッティングセンターは海を越えて 巻末対談 ピエール瀧×カルロス矢吹 <内容> いまや風前の灯火のドライブインや遊園地をまとめた本が出ていた(読んでいた)ので、その類いかもと思いきや、まともな(失礼!)バッティングセンターの成り立ちをまとめたものだったが、社会学的な考察はない。新しい室内型のものも紹介されていない。古き良きアーム型などのバッティングセンターの経営者を何人かインタビューしたものだ。そういう意味でちょっと中途半端。
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少年野球まで野球をやっていて、中学校の仮入部で外周を3周走らされて、それがしんどくて野球を辞めた。 それくらい根性がなくて野球に対する愛着がない自分だけど、25の今まで「ボールを打つ」という感覚が手の中になんとなくあるのは、バッティングセンターのおかげだと思う。 バッティングセンターの場としての存在感はすごくて、1回しか行ったことないようなところでも記憶に残る。 ・秋葉原ヨドバシの屋上 ・スウィングスタジアム千葉みなと ・歌舞伎町のホストたくさんいるとこ ・君津駅出た近くの坂登ったとこ ・市川コルトンプラザのすぐ近く ・川崎ラウンドワンのスポッチャの上 それぞれ誰と行ったか思い出せるのが嬉しい。
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読了。 バッティングセンターでのイベントにて著者とご一緒し購入させていただきました。 バッティングセンターの歴史や全国に実在している店舗のインタビュー事例など興味深く面白い内容で楽しめました。野球は市民スポーツとしては参入障壁が高く草野球などもなかなかプレイする機会がない中、バッ...
読了。 バッティングセンターでのイベントにて著者とご一緒し購入させていただきました。 バッティングセンターの歴史や全国に実在している店舗のインタビュー事例など興味深く面白い内容で楽しめました。野球は市民スポーツとしては参入障壁が高く草野球などもなかなかプレイする機会がない中、バッティングセンターのおかげで野球をしたい、と思い立った時にいつでも楽しめる施設。その裏に様々なストーリーが存在していました。
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あのイチローが子どもの頃にバッティングセンター で腕を磨いていたのは有名な話です。 バッティングセンターは、どちらかというとそれま ではゲームセンターのような娯楽施設としてみられ ていましたが、イチローのエピソードによって、プ ロへ、さらにはメジャーリーグへつながる入り口と し...
あのイチローが子どもの頃にバッティングセンター で腕を磨いていたのは有名な話です。 バッティングセンターは、どちらかというとそれま ではゲームセンターのような娯楽施設としてみられ ていましたが、イチローのエピソードによって、プ ロへ、さらにはメジャーリーグへつながる入り口と して認められたのです。 現在では元プロ野球選手による野球教室なども開か れて、「道場」のようなポジションを得ている施設 もあるそうです。 しかしここまでの道のりはどのようなものであった のか。 日本で最初のバッティングセンターは、1965年錦糸 町の楽天地にできたらしいです。今のパルコですね。 それから約半世紀、バッティングセンターという施 設がどういう歴史を経て、現在の立ち位置にあるの か。 冒頭に掲載されている宮城県気仙沼市のバッティン グセンターの件は涙を誘います。東日本大震災で亡 くなった家族との約束を果たすために、バッティン グセンターを造るという、日本版フィールドオブド リームです。 今でも地方の幹線道路沿いには忘れられたようなバ ッティングセンターを目にする機会があると思いま す。 日本の原風景を愛する人たちに贈る一冊です。
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2022/09/01 23:53 確かに今のこの時代、バッセンの経営は大変だろう。俺自身、草野球やってた頃はほんと良く行ってたけれど、今じゃちょっと足が向かないもんな。その頃行ってた新所沢のセンターが今もあれば、ふらっと行くんだろうけどな。 でもやっぱり、無くなってしまわないよう...
2022/09/01 23:53 確かに今のこの時代、バッセンの経営は大変だろう。俺自身、草野球やってた頃はほんと良く行ってたけれど、今じゃちょっと足が向かないもんな。その頃行ってた新所沢のセンターが今もあれば、ふらっと行くんだろうけどな。 でもやっぱり、無くなってしまわないように、見かけたら行ければ良いよな。 最後のピエール瀧と著者の対談も面白かった。
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全国各地に細々と生き残ノスタルジックなバッティングセンター。その歴史から現在まで。野球愛に満ちた好作品。 昭和に生まれた庶民の娯楽はおしなべて転換期に差し掛かっているという。 ゲーセン、ボーリング、カラオケ。スマホ全盛の時代。バッティングセンターも生き残るのが難しい時代。 錦...
全国各地に細々と生き残ノスタルジックなバッティングセンター。その歴史から現在まで。野球愛に満ちた好作品。 昭和に生まれた庶民の娯楽はおしなべて転換期に差し掛かっているという。 ゲーセン、ボーリング、カラオケ。スマホ全盛の時代。バッティングセンターも生き残るのが難しい時代。 錦糸町の楽天地に始まり全国に広まったバッティングセンター。一時衰退するもストラックアウトとイチロー効果で復権。 本書は全国のバッティングセンターを訪れ経営者に取材した作品。震災後の気仙沼、生き残った父子が作った気仙沼フェニックスバッティングセンターの話は涙なしには読めない。 スナック。ドライブインと並んでバッティングセンターはノスタルジックな日本文化の一部だろう。 さあ、本書を読んでバッティングセンターに行こう!
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次のやすみはバッティングセンターに行く。 高校時代のチームメイトが、キャッチングの技術向上のため、キャッチャーミットを持ってバッティングセンターに行った逸話を思い出した。
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日本のバッティングセンターの歴史から現状の経営問題、後継者問題まで平易な言葉で書かれているが、その内容は大変深い。なぜがボーリングの歴史も学べる。 バッテイングセンターだけではなく日本の娯楽史を考えるのに大変面白い一冊
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本書を知ったキッカケは『日刊トロマガ』といって、 ライター北尾トロ氏のメルマガで知った。 北尾氏と本書の著者は仲間だ。 著者は言う。 「バッティングセンターの本を作りたい」 「いいねー!やれよ」とトロ氏が答えた。 その会話から5年位は経って完成したのが本書。 第一章から涙が出てしょうがないし、 決して電車では読めないなあ。 2011年の東北震災で被害にあった人のお話。 気仙沼フェニックスバッティングセンターの代表千葉氏からバッティングセンター(以後BC)を始めた話を聞いた。 震災から2か月後の5月。 気仙沼から2時間の所にある、BCを見つけて少年野球をしている息子瑛太と入った。 震災のうつ状況を吹っ飛ばす程の気分転換ができた。 その時に息子が言った一言で千葉氏はBCを気仙沼に作ることを決めた。 『ねえ。お父さん、BCを作ってよ、僕お父さんに連れていってもらえるからいいけど、打ちたくても行けない友だちがいっぱいいるから』。 その時に『ああ、いいよ』と迷いなく返事をした。 しかし、BCを作るのに、なんと1億円かかることがわかった。 そして、涙の1章のラスト。それは読んでくださいね。 その後、2章では、BCの歴史を勉強したり。 3章では、ボウリング流行とBCの関係を知り。 4章では、BCブーム最盛期のお話で盛り上がり。 5章では、BCが危ない時に、イチロー選手の一言で 救われる話があったり。 6章以降は、新しいBCの時代を感じたりした。 そして、あとがきにて著者はこう締めくくった。 『日本のバッティングセンターは永遠に不滅です。』 本書は、懐かしのバッティングセンターに哀愁を感じる貴方にオススメの本です。
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