死者の贈り物 の商品レビュー
全ての詩が、なんとなく、死んでしまった長田弘の親しかった知人がふわっと浮かんでくるようなものを感じる。 詩には意味を求めず、言葉としての響きや美しさを愛でるだけでいいと谷川俊太郎が言っていた。 +++ 渚を遠ざかってゆく人 波が走ってきて、砂の上にひろがった。 白い泡が、白...
全ての詩が、なんとなく、死んでしまった長田弘の親しかった知人がふわっと浮かんでくるようなものを感じる。 詩には意味を求めず、言葉としての響きや美しさを愛でるだけでいいと谷川俊太郎が言っていた。 +++ 渚を遠ざかってゆく人 波が走ってきて、砂の上にひろがった。 白い泡が、白いレース模様のように、 暗い砂浜に、一瞬、浮かびでて、 ふいに消えた。また、波が走ってきた。 イソシギだろうか、小さな鳥が、 砂の上を走り去る波のあとを、 大急ぎで、懸命に追いかけてゆく。 波の遠く、水平線が、にわかに明るくなった。 陽がのぼって、すみずみまで 空気が澄んできた。すべての音が、 ふいに、辺りに戻ってきた。 磯で、釣竿を振る人がいる。 波打ち際をまっすぐ歩いてくる人がいる。 朝の光に包まれて、昨日 死んだ知人が、こちらに向かって歩いてくる。 そして、何も語らず、 わたしをここに置き去りにして、 わたしの時間を突き抜けて、渚を遠ざかってゆく。 死者は足跡ものこさずに去ってゆく。 どこまでも透きとおってゆく。 無の感触だけをのこして。 もう、島たちはいない。 潮の匂いがきつくなってきた。 陽が高くなって、砂が乾いてきた。 貝殻をひろうように、身をかがめて言葉をひろえ。 ひとのいちばん大事なものは正しさではない。
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有吉さんは人生を季節になぞらえました。年を重ねると死を身近に感じるようになります。人生でいえば秋。「碑銘を記し、死者を悼むことは、ふるくから世界のどこでだろうと、詩人の仕事の一つだった」という長田弘さんの名詩集『死者の贈り物』を選びました。
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たぶん5年後に読み返すとまた違った感覚、響くポイントが出てくると確信できる詩集。詩こそ読み手の読むタイミングで、受け止め方が全く変わるのではないか。 分からないけれど、なんとなく言わんとすることは想像できる。いますぐに見たい情景。ことばが自分の中で枯渇している時に、すーっとその隙...
たぶん5年後に読み返すとまた違った感覚、響くポイントが出てくると確信できる詩集。詩こそ読み手の読むタイミングで、受け止め方が全く変わるのではないか。 分からないけれど、なんとなく言わんとすることは想像できる。いますぐに見たい情景。ことばが自分の中で枯渇している時に、すーっとその隙間をやさしく埋めてくれるような本を求めている時にはけっこう刺さってくると思う。 ==== ■サルビアを焚く(一部) ことばは感情の道具とはちがう。 悲しいということばは、 悲しみを表現しうるだろうか? 理解されるために、ことばを使うな。 理解するために、ことばを使え。(p.41) ■その人のように(一部) 木があった。 ことばの木だ。 その木の影のなかに、 その人は静かに立っていた。(pp.49-50) ■わたし(たち)にとって大切なもの(一部) 何でもないもの。 朝、窓を開けるときの、一瞬の勘定。 熱いコーヒーを啜るとき、 不意に胸の中にひろがってくるもの。 大好きな古い木の椅子。 なにげないもの。 水光る川。 欅の並木の長い坂。 少女たちのおしゃべり。 路地の真ん中に座っている猫。 ささやかなもの。 ペチュニア。ベゴニア。クレマチス。 土をつくる。水をやる。季節がめぐる。 それだけのことだけれども、 そこにあるのは、うつくしい時間だ。(pp.56-57)
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僕も君も、いつ大人になったんだろう。 今は大人で子どもじゃない。 でもいつかは子どもだった。 何気ない毎日をただ着色しないで語る言葉が 生温かい本だった。
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感想 主観的な人生の短さが痛感される。それを受け入れた上で次の世代へと言葉を、精神を受け継いでいく。時間の流れに揺蕩う自分の姿を感じ取った。
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死にまつわる詩集。 私の人生経験が足りないためか、ちょっとわからないものが多かった。 親しい者の死という、個人的な事に対しては 自分で自分の言葉を紡ぐしかないのかもしれない。
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詩集。長田さんの透き通った言葉に触れていると、歴代のペット、かわいがってもらった親戚などが思い出された。当たり前だけど、もういないんだよなぁ、と。人に限らず場所や物もそう。詩としては、特に「箱の中の大事なもの」「わたし(たち)にとって大切なもの」に惹かれた。大事なものや大切なもの...
詩集。長田さんの透き通った言葉に触れていると、歴代のペット、かわいがってもらった親戚などが思い出された。当たり前だけど、もういないんだよなぁ、と。人に限らず場所や物もそう。詩としては、特に「箱の中の大事なもの」「わたし(たち)にとって大切なもの」に惹かれた。大事なものや大切なもの。一つ一つは、ありふれていて何気ないものでも、それらが揃うから平穏無事に暮らせるわけで、ありがたいことだなと思う。
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2015年に逝去された長田弘さんの詩集が、2022年の今、新刊文庫で読めることに感動しました。 元本は2003年10月にみすず書房より単行本として刊行されたものです。 ルビは文庫化にあたり、編集部で付けたものもあり、旧漢字は『長田弘全詩集』を参照して、新漢字に変えてあるとのことで...
2015年に逝去された長田弘さんの詩集が、2022年の今、新刊文庫で読めることに感動しました。 元本は2003年10月にみすず書房より単行本として刊行されたものです。 ルビは文庫化にあたり、編集部で付けたものもあり、旧漢字は『長田弘全詩集』を参照して、新漢字に変えてあるとのことです。 心に残したい詩、文章がたくさんありました。 長田さんの「死」との向き合い方、他者の「死」との共存の仕方は、中年期を本格的に迎え、親しい人との永遠の別れも多くなってくるであろう自分にも、響くものがありました。 読んでいると、他者と自分、生と死の境界線がなくなっていくような気がします。 長田さんの言葉と私の思いも輪郭がぼやけ、徐々に徐々に重なり合い、混じり合っていく気もします。 人にも自分にもやさしくなれそうな、そんな詩です。 いずれ死ぬ「覚悟」をキリリと持ち直し、生き直したくなりました。
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長田弘さんの詩集は近隣の図書館にあったものはすべてレビューをしたのですが、この詩集は図書館にはなく、初読でした。 タイトルが少し怖かったのですが(呪いとかを連想して)長田弘さんの詩が怖いということはあり得ないことでした。 死者が遺してくれた贈り物(ギフト)ですね。 あとがきで...
長田弘さんの詩集は近隣の図書館にあったものはすべてレビューをしたのですが、この詩集は図書館にはなく、初読でした。 タイトルが少し怖かったのですが(呪いとかを連想して)長田弘さんの詩が怖いということはあり得ないことでした。 死者が遺してくれた贈り物(ギフト)ですね。 あとがきで著者の長田さんは、『死者の贈り物』は親しかったものの記憶にささげる詩として書かれた。死はほんとうは、ごくありふれた出来事にすぎないのかもしれない。しかし、『死者の贈り物』にどうしても書きとめておきたかったことは、誰しものごくありふれた一個の人生に込められる。もしそう言ってよければ、それぞれのディグニティ、尊厳というものだった。ひとの人生の根もとにあるのは死の無名性だと思うと述べられています。 長田弘さんの詩はいつもわたしたちに何かとても大切な真理を教えてくれます。 「こんな静かな夜」 先刻までいた。今はいない。 ひとの一生はただそれだけだと思う。 ここにいた。もうここにはいない。 死とはもうここにいないということである。 あなたが誰だったか、わたしたちは 思いだそうともせず、あなたのことを いつか忘れてゆくだろう。ほんとうだ。 悲しみは、忘れることができる。 あなたが誰だったにせよ、あなたが 生きたのは、ぎこちない人生だった。 わたしたちとおなじだ。どう笑えばいいか、 どう怒ればいいか、あなたはわからなかった。 胸を突く不確かさ、あいまいさのほかに、 いったい確実なものなど、あるのだろうか? いつのときもあなたを苦しめていたのは、 何かが欠けているという意識だった。 わたしたちが社会とよんでいるものが、 もし、価値の存在しない深淵にすぎないなら、 みずから慎むくらいしか、わたしたちはできない。 わたしたちは、何をすべきか、でなく 何をすべきでないか、考えるべきだ。 冷たい焼酎を手に、ビル・エヴァンスの 「Conversation With Myself」を聴いている。 秋、静かな夜が過ぎてゆく。あなたは、 ここにいた。もうここにはいない。
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