コンヴィヴィアル・テクノロジー の商品レビュー
2025.07.01 イリイチの『コンヴィヴィアリティのための道具』が難解であったため、並行して積読していた本書を手に取った。理解を助けるのにセットで読んで正解だった。 何より、紙面デザインが抜群に心地よい。余白の取り方、一列の文字数、ページ番号が内側にあり目に入りづらいのもとて...
2025.07.01 イリイチの『コンヴィヴィアリティのための道具』が難解であったため、並行して積読していた本書を手に取った。理解を助けるのにセットで読んで正解だった。 何より、紙面デザインが抜群に心地よい。余白の取り方、一列の文字数、ページ番号が内側にあり目に入りづらいのもとても良かった。紙面デザインの威力を実感した。 第1章でイリイチの言うコンヴィヴィアリティについて簡潔にまとめられている。これを出発点として、まずテクノロジーが発達する世界に生きる人間の生物的な自律性と意味的な自律性から始まり、デザイン史を概観し、テクノロジーが自然を顕現させるものであり、挑発は第二の分水嶺を越えること、物事の本質は人間と人間の関係にこそあるとする。 コンヴィヴィアルテクノロジーとは、手放せる道具であるという著者の意見にはギョッとした。確かに、道具への依存を回避するためには、道具との距離感、時に手放せることも大事だ。 外部の世界と内部の世界の間の誤差を積極的に埋めに行く「つくる」と言う行為。それを助ける道具こそコンヴィヴィアル。何かをつくることに希望があるように感じた。 印象に残った内容 ・サブスクは使い続けてもらうことがゴールになってしまっている。それは第二の分水嶺を超えてしまう。依存を生み出す。 ・シャボン玉を手で壊す。シャボン玉のアフォーダンス。
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どこかで紹介されていて、気になったので読んでみました。 「コンヴィヴィアル」とは、ひとまず「共生」だと思っておけばよいと思います。 そして本書は、「コンヴィヴィアル・テクノロジー」というタイトルから類推できるように、人間と技術(テクノロジー)の共生について書かれた本です。 個...
どこかで紹介されていて、気になったので読んでみました。 「コンヴィヴィアル」とは、ひとまず「共生」だと思っておけばよいと思います。 そして本書は、「コンヴィヴィアル・テクノロジー」というタイトルから類推できるように、人間と技術(テクノロジー)の共生について書かれた本です。 個人的に強く共感した内容の一つは、二つの分水嶺、という考え方。 技術は、あるレベル(第一の分水嶺)を超えると、人の役に立つようになるが、行き過ぎると(第二の分水嶺を超えると)、人が技術に隷属するようになる、という考え方です。 身近なところで、このことを強く感じる事象が起こっているだけに、強く共感しました。 また、寛容と不寛容の話についても、強く共感しました。 こちらについては、周りの人の寛容さと不寛容さについて考えるとともに、自分自身の寛容さと不寛容さについても考える、よい機会を与えてくれる内容でした。 不寛容に対し、不寛容ではなく寛容で向き合うのはなかなか難しいことですが、衝突を超えてよりよい状態を目指すためにも、課題解決に向けた寛容をつねに心掛けたいものです。 著者はデザインエンジニアとのことですが、非常に博識で、深い思考を踏まえた文章を書かれており、見習うべき点の多い人物、という印象を受けました。 また、人間とテクノロジーとのあり方にとどまらず、もっと高い、そして、もっと広い視点で書かれた本書は、知的な刺激にあふれた良著だと思います。
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これは自分に課せられた命題でもある。 テクノロジーに関わる身として社会実装を進めていく立場として、忘れてはいけない。 ちょうどいい道具とは。常にここに立ち戻らないと!
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イヴァン・イリイチ 自分とは異なる他者との出会い、共に生きる技術 ちょうどいい道具としての自転車 バランス 過剰なテクノロジー 物理的な力ではなく、圧倒的な量の複雑な情報の力 デザイン =人間に着目し人間を動かす 科学と技術が出会うのは19世紀から→人間が従う→人間中心デザ...
イヴァン・イリイチ 自分とは異なる他者との出会い、共に生きる技術 ちょうどいい道具としての自転車 バランス 過剰なテクノロジー 物理的な力ではなく、圧倒的な量の複雑な情報の力 デザイン =人間に着目し人間を動かす 科学と技術が出会うのは19世紀から→人間が従う→人間中心デザインへ テクネー 自然の中にある隠された力を現わせさせるための知 脱人間主義 ⇔ 人類至上主義 原子力は自然からの自立 わたしたち 正しさ 「反証可能性」を残しつつも、反証されていないこと 自立 依存先を増やしていくこと(熊谷普一郎) 日本語の「共話」≠対話 相手の話を途中でテイクオーバーし発話を重ねていく 閉じた安心社会から 開かれた信頼社会へ さらに、なめらかな社会へ(鈴木健) 使い続けてもらえる「道具」 つくれる、手放せる「道具」 手の技は生きるための必要はなくなり、機械のボタンを押すだけに(新山龍馬) 環境との調和 オンとオフが溶けてゆく(筧康明) マニュアルよりも レシピ 本当にバッテリーレスで動くものって、腕時計と電卓くらいしかない(高宮真) 充電の無い世界 マルチモード準静空洞共振器 QSCR 無線給電タイル Alvus 空間LED光源 luciola
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コンヴィヴィアルという言葉をテクノロジーの人がどうやって使っているのかに関心があり購入。テクノロジーの依存によって自律性が奪われるという危機感については深く賛同するし、道具や制度によっても同じことが起こりうる。 デザインエンジニアという肩書も面白い。シンガーソングライターのような...
コンヴィヴィアルという言葉をテクノロジーの人がどうやって使っているのかに関心があり購入。テクノロジーの依存によって自律性が奪われるという危機感については深く賛同するし、道具や制度によっても同じことが起こりうる。 デザインエンジニアという肩書も面白い。シンガーソングライターのような、何か2つを同時にやってしまうというあり方は面白いかもしれない。
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分水嶺という考え方を学んだ。 "自転車"がコンヴィヴィアルである という見解にグッときた。 答えを出すでなく 自分で考えるための著書。 わたしも物事と物事の間合いを 取れるようになりたい。
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テクノロジーが急速に発達する中で、過度に依存せず共生していくにはどうすれば良いか。 テクノロジーのブラックボックス化は今後も進んでいくと思うが、ある程度はその中身を理解して、テクノロジーを自ら操作・調整できるようにしておく事が、良い距離感を保つ上では大事になると思う。 自分だけで...
テクノロジーが急速に発達する中で、過度に依存せず共生していくにはどうすれば良いか。 テクノロジーのブラックボックス化は今後も進んでいくと思うが、ある程度はその中身を理解して、テクノロジーを自ら操作・調整できるようにしておく事が、良い距離感を保つ上では大事になると思う。 自分だけでは出来ない部分を、他者、自然、テクノロジーで補いながら、バランスを取って生きていきたい。
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