冤罪と人類 の商品レビュー
https://x.com/nobushiromasaki/status/2044025646821888312?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw
Posted by
政治関係の件など少し冗長なところがあると思いつつも面白く読んでいたのに、後書きのやたら卑屈な異端だとか立派な専門書を参照しろだので白けてしまった。謙遜だとしても序章に書くならともかく500頁超を読んだ後で言ってくるなよと思ってしまった
Posted by
立派な鈍器本である。以上。 簡潔に書くとこんな感想になってしまうのだ。だって、感想を 書こうと思うと愚痴になっちゃうのだも。 読んだ時間を返せっ!あ、そうじゃないよね。タイトルに惹かれて 内容も確認せずに購入した自分が悪いんだ。うん、そうだ。 でもね…ノンフィクション好きと...
立派な鈍器本である。以上。 簡潔に書くとこんな感想になってしまうのだ。だって、感想を 書こうと思うと愚痴になっちゃうのだも。 読んだ時間を返せっ!あ、そうじゃないよね。タイトルに惹かれて 内容も確認せずに購入した自分が悪いんだ。うん、そうだ。 でもね…ノンフィクション好きとしてはこんなタイトルを付けられ たら、手に取っちゃうでしょう。しかも、ハヤカワ文庫だし…。 死刑判決が逆転無罪となった二俣事件、この事件で活躍(?)した 紅林麻雄刑事が携わった事件は次々と冤罪事件となった。 何故、多くの冤罪事件が発生してしたのかの考察なのだが、どうにも 著者の筆が滑り過ぎている感がある。 ウェブサイト「少年犯罪データベース」を主宰している人だから 知識は豊富なのだろうし、勉強家で調査能力も優れているのだろう。 しかし、それは「書く能力」とイコールにはならないのだという ことを実感した作品だった。 著者自ら、「ここからここまでは読み飛ばしてくれて構わない」と 記述しちゃうんだものな。饒舌に過ぎる文章は、時に読み手にとって は拷問に等しいのだ。 タイトルに「人類」とあるけれど、取り上げられている事件は 日本国内の事件のみというももなんだかね…なのだ。 編集者の腕の見せ所で、もう少し文章を削れなかったのからしら。 あ…もしかして、削ってもこの分量だったてことかしら。 コレジャナイ感ばかりが募った読書だった。
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
人間の脳は、目の前の対象をそのまま受け入れるのではなく、あらかじめ用意しているパターンに沿って物事を認識しようとする。あるいは、その場で簡単な因果関係をでっち上げ、それに固執する。対象を図式化して捉えようとして、却って真実から遠ざかってしまうことがあるのはこのためである。 元々、人類は生存競争に有利なように、このような認識能力を発達させてきた。五感から入ってくるすべての情報を受け入れてしまうと脳が処理しきれなくなるので、情報を絞って取り入れ、記憶などによってあらかじめ用意したパターンに沿って処理する。そうすることによって、瞬時に判断して危険を避けたりできるのである。特に狩猟採集時代は正確性よりも素早い判断が生死を別つのだから、これは正しい進化の結果である。パターンに縛られない脳を持つことは、ある意味、人間としてのまともな能力がないことになる。 その能力のために、目の前にある現実が見えなくなることもある。かと云って、何も考えずにどのような対象も脳に入れてしまえばいいというものでもない。そのような者は、洞察力などないものだ。 たとえば、鬱病は<自己欺瞞>脳力を失ったために起こるという説がある。実際に、鬱病患者は目の前の現実を、ありのまま正しく見ることができると、ローレンス・アロイとリン・エイブラムソンの心理実験によって証明されている。しかし、それは時に自ら死を選ぶほどの苦痛を伴うことにもなる。鬱病から全快すると<自己欺瞞>が戻って自分自身の姿をありのまま正しく見ることができなくなると、これまたピーター・レウィンソンの心理実験によって証明されている。日常生活をつつがなく送るためにはある程度の<自己欺瞞>は必要で、いかに制御するかが問題となる。 ちなみに、狩猟採集時代の人間はリスクに臆病なだけでは獲物を捕ることができず飢え死にしてしまうので、正常な者は恐怖を感じるギリギリのところまで危険を冒すように、自然淘汰によって性格づけられている。その本能が消えていない現代人も恐怖が足りないと退屈し、サスペンス映画を観たりジェットコースターに乗ったりして、無意味に適度な恐怖を得ることで満足感を覚える。 <サイコパス>は最初から恐怖心がないので、常に堪えられないほど退屈し、再現なく自らを危険にさらす。彼らが利益のない快楽殺人を犯したり、独裁者となって無謀な戦争を仕掛けたり、<サイコパス>的経営者が利益だけでなく無闇にリスクそのものを追い求めてバブル崩壊や金融危機を招くなど、わざわざ自滅への道を突き進むのは、ブレーキが壊れた状態でアクセルを踏む本能だけが暴走するからだ。このようなリスク感覚に根本的欠陥を持つ者は早い段階で失敗して消え去ることがほとんどなのだが、千人や万人にひとりは確率的に偶然成功してしまい、それでも退屈に堪えられずさらなるリスクに挑むため社会全体を巻き込んで破滅させてしまうのである。
Posted by
ルポルタージュとして非常に面白いのだが、この内容で『冤罪と人類』というタイトルは主語が大きすぎると感じます。サピエンス全史に端を発するマクロ人類学ブームに乗った出版社のマーケティングに騙された気持ちになりました。
Posted by
読み始めると止まらなくなるくらい引き込まれてる内容だけど、途中で何の話なのかわからなくなるくらい、情報量が多いです。解説でも指摘されるけど白鯨や黒死館殺人事件と同様に奇書なんだと思えば なんか妙に納得する内容というか構成です。 途中、甲賀三郎、江戸川乱歩、小酒井不木、大坪砂男の名...
読み始めると止まらなくなるくらい引き込まれてる内容だけど、途中で何の話なのかわからなくなるくらい、情報量が多いです。解説でも指摘されるけど白鯨や黒死館殺人事件と同様に奇書なんだと思えば なんか妙に納得する内容というか構成です。 途中、甲賀三郎、江戸川乱歩、小酒井不木、大坪砂男の名前が出てきたりと探偵小説好きにはポイント高いです。
Posted by
道徳感情が冤罪の要因であるという分析や、それを導く過程で歴史を辿っていくのは、とても面白かった。 ただ、13章の認知バイアスの克服を巡る話では、それらしいことを言っているだけという印象が残った。
Posted by
長すぎて、上下巻に分けてくれないとブックカバーに収まらない! 面白いけれど、ちょっとタイトルと内容にミスマッチがありすぎるのではないだろうか。
Posted by
正直なところ読み飛ばしたところが多く、読み終わったというのははばかられますが、いったん登録。 表紙とタイトルと内容が自分の中でうまく結びつかず、読み続ける気力が続かなかったのですが、気持ちを整理してもう一度はじめから読み直そうか悩み中。
Posted by
『冤罪と人類』というタイトルと西洋画の表紙から、かなり大きな内容なんだろうと思って読むと、紅林麻雄を中心とした〈二俣事件〉などの冤罪事件に関する経緯が前半〜中盤を占め。 それらを昇華した時に、サイコパスと恐怖心の欠如、自己欺瞞と間接互恵性と認知バイアスでこうした殺人事件や冤罪事...
『冤罪と人類』というタイトルと西洋画の表紙から、かなり大きな内容なんだろうと思って読むと、紅林麻雄を中心とした〈二俣事件〉などの冤罪事件に関する経緯が前半〜中盤を占め。 それらを昇華した時に、サイコパスと恐怖心の欠如、自己欺瞞と間接互恵性と認知バイアスでこうした殺人事件や冤罪事件が起こるカラクリを理論化したのが後半少しといった所か。 正直、前半中盤にこれだけページ数を割く必要があったのかしら。 個人的には理論部が面白かったけれど、そもそもサイコパスが起こした殺人事件と、自らの名誉欲や保身のためにでっち上げた冤罪事件を、評判のための罪としてまとめることは可能か?と思う。 鬱病の人は、自己欺瞞の能力が低いと書いてある。 自分や世界のありのままの姿を直視するしか出来ないことは、どんなにか精神的に傷つけられることなのだろう。 知らず知らずに、自分は目や耳を逸らし、生きていくのに都合の良い現実を生み出している。 そうした都合の良さが、より権威的に、正義を象徴するまでになったのが冤罪ということか。 自分が見えなくした現実は、誰かを傷つけ貶めている。その可能性に、果たして自分は気付いているのだろうか、と考えると、堂々巡りしてしまうなぁ。 道徳的正しさを追求し過ぎることで、社会のバランスを崩し、恐慌を起こしてしまうという流れも考えさせられる。(果たして、正しさだけが純粋に原因たりえるかという検証は必要だが)
Posted by
- 1
- 2
