土偶を読む の商品レビュー
【フレーズメモ帳】 白銀比は1:1.41(ルート2)で構成される比率で、日本では「大和比」とも呼ばれ、日本人が最も好む縦横比ともいわれている。白銀比は法隆寺の金堂や五重塔、あるいは伊勢神宮のけんちくなどにも用いられており、全体の景観に独特の安定感を与えている。身近なところでは、コ...
【フレーズメモ帳】 白銀比は1:1.41(ルート2)で構成される比率で、日本では「大和比」とも呼ばれ、日本人が最も好む縦横比ともいわれている。白銀比は法隆寺の金堂や五重塔、あるいは伊勢神宮のけんちくなどにも用いられており、全体の景観に独特の安定感を与えている。身近なところでは、コピー用紙やノートで用いられるA判やB判も縦横が白銀比である。あるいはドラえもん、アンパンマン、キティちゃん、トトロなど、日本人に馴染みのあるキャラクターも縦横がほぼ白銀比になっている。なお、西洋では1:1.61の「黄金比」がより好まれると言われる。
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(01) 土偶は読み物だろうか,という疑問が浮かぶ.「読む」ことも比喩であって,著者はイコノロジーの適用を読むこととしている.いわゆる絵ときであるが,ある特定の時代の西洋絵画のように,ほぼ明確になっている年代や作者から系譜をたどり,編年として象徴体系を細密に描くことができる範疇は...
(01) 土偶は読み物だろうか,という疑問が浮かぶ.「読む」ことも比喩であって,著者はイコノロジーの適用を読むこととしている.いわゆる絵ときであるが,ある特定の時代の西洋絵画のように,ほぼ明確になっている年代や作者から系譜をたどり,編年として象徴体系を細密に描くことができる範疇はあるだろう.先史時代の土偶にそれは可能であるのだろうか.可読な文献記録のない時代の断片のような図像史料として土偶を「読む」試み(*02)が本書である.しかし,既に手厳しく批判されているように,この試みにあたって,アカデミックに既に決定されつつある編年を参照する労を省き,ほぼ感性のみで読み解こうという姿は危うい.その危うさをスリルとして,あるいは与太話(*03)として楽しむこともできなくはない. (02) 当時の植生あるいは貝類の生態が,土偶が示す図像に並行して語られていく.トチノキ,クリ,イネ,ヒエ,オニグルミ,サトイモなど,野生から栽培までグラデーションのある食用植物を土偶の主に頭部とされる一面に類似を見出していく.また,ハマグリ,イタボガキなどの貝類をモチーフにした土偶があると断定していく.その断言は,不気味なぐらいに虚しく響いている.アナロジーが状況証拠であることを説きながらも,その一方で圧のある主張などの矛盾を見ていく作業は楽しいものになるかもしれない. (03) 「インストール」という比喩も散見される.縄文時代の野生の思考,いわば縄文脳をインストールして,当時の遺物である土偶を眺め,現在の自然環境を観察し,類似を発見するという方法を採用している.土偶には,言うまでもなく魔力がある.その魔力が導くさまざまな精霊を著者は自らに憑依させているとも言える.「インストール」という語の珍妙な響きは,オカルティックであり,縄文にも土偶にも縛られない何かが,著者にこの本を,半ば自動筆記として書かせているようにも感じられる.
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非常に面白く読んだ。 それなりに形態学と考古学てき事実を組み合わせ、学際研究の嚆矢かと思われたのだが、、、、 本書を読む方は、これに対する批判書である「土偶を読むを読む」も併せて読まれることを結構強くお勧めします。 本書において考古学的見地を勘案しているように主張されていることが...
非常に面白く読んだ。 それなりに形態学と考古学てき事実を組み合わせ、学際研究の嚆矢かと思われたのだが、、、、 本書を読む方は、これに対する批判書である「土偶を読むを読む」も併せて読まれることを結構強くお勧めします。 本書において考古学的見地を勘案しているように主張されていることが、いかに不十分であるかということ、土偶の編年的形態推移がいかに勘案されていないかということがよくわかります。 両方読み合せると、本書はアーティストによる主観の域を出ず、研究者としての取り組み方としては大変問題があるように思えました。
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◆土偶の変遷は重点的に利用された植物資源の変遷を示している。 ◆土偶のモチーフや用途を巡っては諸説あるものの、いずれも客観的な根拠が乏しく、研究者の間でも統一的な見解が形成されていない。
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これはなんなんだ。 縄文時代の土偶を独自の解釈(!!!)により土偶とは何なのか、完全なる新説を本書で発表している。という私の理解が正しいのか?もよくわからない、とにかく私は面白く混乱してる今も。 私の勝手な推理汗によると、本来ならこういった研究は雑誌に投稿して査読されて日の目...
これはなんなんだ。 縄文時代の土偶を独自の解釈(!!!)により土偶とは何なのか、完全なる新説を本書で発表している。という私の理解が正しいのか?もよくわからない、とにかく私は面白く混乱してる今も。 私の勝手な推理汗によると、本来ならこういった研究は雑誌に投稿して査読されて日の目を見るというのが一般的(違いますかね?)かと思っていた。けど、終章の方で著者自身が「誰も彼も相手にしてくれないからこうなったら自分で本出しちゃうゾ」的なスタンスでいるみたいで。いやもう、それ自体がぶっ飛んでます。 こんだけ新しい説だと、古参の考古学メンバーからは胡散臭く思われそうだが(多分実際にそうだったと思われる(笑))、文字を持たなかった縄文時代の事は正直誰にも本当の所はわからないハズ。だから著者の新説も「有り」なんじゃないかと私は考えますw 土偶が女性を具現化してるんじゃなくて植物(貝 を含む)をモチーフにしてることにまず閃き、その後は実際にフィールドワークを重ね縄文脳インストール作戦(この命名どうよw)により仮定を検証する。 書き物としての面白さもあり、それほど堅苦しくなく、土偶何も知らん私でも興味かなり出た。出てきた土偶の本物全部見てみたい位に充分に。 ただひとつ。みみずく土偶とイタボガキは全然納得いかずこれは無し寄り無しかと。是非他の読者のお考えも聞きたい所。
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縄文遺跡好きで見に行っていたときに縄文ZINEというフリーペーパーをみつけ、それのSNASを見つけたところこの本に反論する「土偶を読むを読む」という本を出していて気になったので、まずはその元ネタからと思って読んだ。 土偶は食物(植物や貝)に対する呪術に使われたもので、それらをモ...
縄文遺跡好きで見に行っていたときに縄文ZINEというフリーペーパーをみつけ、それのSNASを見つけたところこの本に反論する「土偶を読むを読む」という本を出していて気になったので、まずはその元ネタからと思って読んだ。 土偶は食物(植物や貝)に対する呪術に使われたもので、それらをモチーフに造形されているという仮定で検証していくスタイル。言われてみればそっくりだったりしてそうかもな、と興味深く読んだ。 ただ、断言してしまってるのがどうなのかという感じで、素人目にも証拠不十分と感じるし、過去の研究者達をあざけり、ただの連想で「俺の土偶論」を言っているだけと書いているが、あなたもそんなに違わないのでは?と思ったり、、現代のゆるキャラやネットの画像をあげてさも普遍的なキャラクター造形の例みたいにしてるのもちょっと悪質なミスリード感 本当に縄文の人と私たちの感覚って変わらないのだろうか、私は相当違う気がする。その辺りはどっちが正しいとか永遠にわからないのではと思う。(著者は全てクリアにできるという思想のようだ)
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教科書に書かれているような縄文時代のイメージを覆す一冊。知識欲が満たされるのと同時に、これまでの縄文時代に対するイメージが新しく置き換わっていく気持ちよさがあった。最初のハート形土偶のくだりは驚きで声が出るほどだった。 分厚くてとっつきにくいと思うかもしれないけど、図や写真...
教科書に書かれているような縄文時代のイメージを覆す一冊。知識欲が満たされるのと同時に、これまでの縄文時代に対するイメージが新しく置き換わっていく気持ちよさがあった。最初のハート形土偶のくだりは驚きで声が出るほどだった。 分厚くてとっつきにくいと思うかもしれないけど、図や写真がいっぱいあって実質半分ぐらいの分量に感じる。文章も面白い。歴史が好きな人には確実におすすめできる一冊。
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第43回サントリー学芸賞 社会・風俗部門受賞作。 土偶とは、「日本最古の神話」が刻み込まれた植物像という主張。 縄文時代に大量に作られた素焼きのフィギュア=「土偶」は、日本列島においては1万年以上前に出現し、2千年前に忽然とその姿を消し、現代までに全国各地で2万点近くの土偶が発...
第43回サントリー学芸賞 社会・風俗部門受賞作。 土偶とは、「日本最古の神話」が刻み込まれた植物像という主張。 縄文時代に大量に作られた素焼きのフィギュア=「土偶」は、日本列島においては1万年以上前に出現し、2千年前に忽然とその姿を消し、現代までに全国各地で2万点近くの土偶が発見されている。 一般的な土偶の正体として 「妊娠女性をかたどったもの」 「病気の身代わり」 「狩猟の成功を祈願する対象」 「宇宙人」…… などの説がこれまでに展開されているが、いずれも確証が得られていない。 本書では〈考古学の実証研究〉(データ)と〈美術史学のイコノロジー研究〉(図像解釈学)によって、国内で発見された名だたる土偶の真実を明らかにしている。 それは、身近な食べ物というのが著者の主張だ。 1 ハート形土偶 2 合掌土偶 3 椎塚土偶 4 みみずく土偶 5 星形土偶 6 縄文のビーナス 7 結髪土偶 8 刺突文土偶 9 遮光器土偶 これらは、オニグルミ、栗、蛤、イタボガキ、オオツノハタ、トチノミ、稲、稗、里芋 を象ったフィギュアだと言う。 かなり自信をお持ちのようで、従来の説や現在の学会を、単なる主観でしかものを見ていないと批判されているようだが、食べ物を現したものだと言う主張も、すんなりとは理解出来ない。 専門家ではないのでその正当性を評価出来ないとしても、決めつけ的な表現はどうなのかなと思ってしまう。 所詮誰も真実を証明できないこと。あまり他説を批判し、自説を断言するようでは、センセーショナルな主張で話題を集める類いとも逆に受け取ってしまう。 案の定、「土偶を読むを読む」という検証本が出ているようなので、それを読んでみよう。
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フィギュアから人の精神性を想像する 縄文人も現代人も同じ人 精神性は変わらないという前提に立って土偶を読む行為がとても面白かった 最初はビビッときたことがきっかけのように見えましたが、そこから一つずつ自分の仮説を紐解き、現地に行ってそれを感じている様が、カッコよく楽しそうでし...
フィギュアから人の精神性を想像する 縄文人も現代人も同じ人 精神性は変わらないという前提に立って土偶を読む行為がとても面白かった 最初はビビッときたことがきっかけのように見えましたが、そこから一つずつ自分の仮説を紐解き、現地に行ってそれを感じている様が、カッコよく楽しそうでした。成果が出ない時は悶々としていたのかもしれませんが、半年経ってその悶々が解消された時の感動なんかも伝わってきて、こちらもワクワクしました。 長くずっと持ち続けられる疑問 その糸口が見つかった時の気持ちよさ そんな生き方はとても素敵だなって思います それが人間精神の研究だとするとやめられなさそう 専門にとらわせず、全体を見る精神にも共感です。ただ、専門家を否定したいわけではなく、専門家も大事!専門家の判断が全てじゃない、社会はもっと複雑に判断されていく、ということはお互い念頭に置いておきたい。 あと、サトイモ栽培が短期間で消滅した仮説が気候変動の影響というのが、自然という凄く大きなものに柔軟に対応してきた人類の知恵みたいなものを感じました。サトイモいけると思った縄文人が数年でサトイモを捨てることになるなんて、相当勇気が必要だったんじゃないかと思い、そして、米でいけるとなったときの感動とかも大きかったんじゃないかと。 心折れずに試行錯誤してくれたからこそ、いま私がここにいるんですね。感謝です。 私もよく生きるための試行錯誤して次の人類に繋げていきます 追記 高校の歴史の授業で先生が言っていたトロイヤ文明を発見したシュリーマンのことを思い出しました。シュリーマンは考古学的にはただの素人で、ここにトロイヤ文明があると噂されていた地域があるが、考古学的には違うという見解を示していた場所を掘り起こして発見した、という経緯があるようです(本当かどうかは知りません)。時には素人目線、というのも凝り固まった頭をほぐすのにはいいのかもしれないです。それを一人でやれるといいけど、みんなの叡智を使って凝りほぐすというのもまた素敵だと思う。認め合うってこと
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熱い! 単純にビジュアルの説得力と面白さが凄い 形もそうだが模様の類似性はハッとするものがある ヒエの殻粒と刺突紋は確かにと膝を打つ 実際打ってこそないが あとは縄文のビーナスのトチの実と蛇の顔の関係は大変面白い なぜ蛇が神の使い 守り神 神そのものとされているのかたいへんおもし...
熱い! 単純にビジュアルの説得力と面白さが凄い 形もそうだが模様の類似性はハッとするものがある ヒエの殻粒と刺突紋は確かにと膝を打つ 実際打ってこそないが あとは縄文のビーナスのトチの実と蛇の顔の関係は大変面白い なぜ蛇が神の使い 守り神 神そのものとされているのかたいへんおもしろい ページを手繰る手が止まらない 実際止まりはするのだが
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