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結核がつくる物語 の商品レビュー

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6件のお客様レビュー

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2023/10/08

北川扶生子著『結核がつくる物語 : 感染と読者の近代』(岩波書店) 2021.1発行 2013.10.3読了  戦前、結核は「死の病」「亡国病」として人々に恐れられ、結核にかかった患者は差別の対象となったきた。  社会がまだ安定していた頃は、不衛生な職場環境や貧困など環境に起...

北川扶生子著『結核がつくる物語 : 感染と読者の近代』(岩波書店) 2021.1発行 2013.10.3読了  戦前、結核は「死の病」「亡国病」として人々に恐れられ、結核にかかった患者は差別の対象となったきた。  社会がまだ安定していた頃は、不衛生な職場環境や貧困など環境に起因するものとして説明されていたが、戦局が次第に悪化していくにつれ、結核に感染するのは本人の体質や血統によるものだと言われるようになり、優生学思想により断種さえ敢行されていたという。  現実世界で結核患者が激しく糾弾される一方で、文学の分野では結核をドラマに仕立て上げようという動きが活発した。結核に侵された女の純愛を描いた徳富蘆花著『不如帰』、立身出世を夢見る青年が志半ばにして結核に倒れる姿を描いた田山花袋著『田舎教師』、殉教者としての結核患者を描く葉山嘉樹著『淫売婦』など、いま目の前にある現実とは違う「もうひとつの世界」を創造することで、現実を反転する価値を結核に与えようとしたのである。しかし、そうした試みは現実の結核患者の姿を何重ものイメージによって覆い隠す結果にもつながっていく。  筆者は、結核に関する専門書や文学などのフィクションの世界から離れて、結核患者向けの月刊誌『療養生活』に投稿された結核患者の生の投稿文から、当時の結核患者の日常の姿を浮き彫りにしようとする。  その際、一つの判断枠組みとして筆者が用いたのが正岡子規の「写生文」である。  写生文とは、平易な言文一致体で平凡な個人の生活を眼に見えるように描くというもので、写実主義文学や自然主義文学、生活綴方運動など、日本のリアリズムの大きな水脈となった。  写生文には、自然主義とは違い、「自分の生活を笑うスタイル」や「共感しつつ距離をとって書く」特色があり、これが、結核患者に「病いを日常として描く表現法」を準備したのだという。  『療養生活』は田邊一雄が1923(大正12)年に創刊した雑誌で1965(昭和40)年まで40年あまりにわたって刊行された。田邊一雄は自身も結核患者であったが、自然静臥で結核が治った経験から、結核患者を啓蒙し助けたいと思い立ち、『療養生活』を創刊したという。『療養生活』には、田邊一雄が提唱する自然療法の実践を支えるメディアという側面を持ち、療養を「修行」と捉え、自然療法を神の導きであると説くなど、結核を自己責任の問題に片付けようとする系譜に連なるものがあり、この点、注意が必要だが、その一方で、結核患者同士で情報を交換し、交流を深める場としても機能していた。  例えば、『療養生活』には、詩・短歌・俳句・川柳・エッセイなどの投稿欄があり、ここには結核患者の肉声のこもった投稿が寄せられ、仲間である結核患者から共感のこもった感想が寄せられていた。また読者交流欄「まどゐ」には、苦難を明るく伝えるという暗黙のルールがあり、自分を戯画化して、笑いをとってみせるパフォーマンスが読者の支持を集めた。  ここでは、結核患者は〈患者〉というレッテルから解放されて個性を発揮し、彼らを責める言葉は笑いで換骨奪胎して無意味化されていた。  戦中期の国内の状況を考えるとき、結核患者向け専門誌の片隅に、仲間うちの共感の中で自分の感情を解放できるコミュニティがあったということは非常に興味深い。ここに筆者は、非日常化されていない、ありのままの結核患者の姿を見るのである。  ただし、結核患者たちがどのように生きたのかを研究するという目的を考えると、『療養生活』を取り上げるだけでは根拠に乏しいだろう。もっと他の資料も取り上げるべきであった。また、結核文学を結核患者自身がどのように受容していたのかの考察がないのも残念だった。さらなる研究を期待したい。 URL:https://id.ndl.go.jp/bib/031184364

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2023/04/22

 コロナ騒ぎが始まって以来、いわゆる感染症と社会のかかわりにふれた本がたくさん出ているようです。この本も、題名だけ見るとそういうご時世の、まあ、便乗本(?)のように見えますが、少し違います。  スーザン・ソンタグの「隠喩としての病」とか柄谷行人の「日本近代文学の起源」とかに触発さ...

 コロナ騒ぎが始まって以来、いわゆる感染症と社会のかかわりにふれた本がたくさん出ているようです。この本も、題名だけ見るとそういうご時世の、まあ、便乗本(?)のように見えますが、少し違います。  スーザン・ソンタグの「隠喩としての病」とか柄谷行人の「日本近代文学の起源」とかに触発されての、何年にもわたる研究成果の書籍化で、流行にのって書ける本ではありません。近代日本文学を書き手と読み手という双方から考える上で、見逃すことができない結核とハンセン氏病という感染症の実像を解き明かした、読み応えのある労作でした。  ブログにも少し書きました。覗いてやってくださいね(笑)。  https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202303060000/

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2022/11/23

主に戦前・戦中期の国内結核療養事情のレポート。 古典的な展開と描写。 一部、コロナ流行期の現代にダブル部分がある。 有効な治療法が無いことと、不治の病であった部分の非合理性。

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2022/01/04

「亡国病」とも言われ明治~昭和にかけて流行した感染症である「結核」。文学の分野では数多の作品が描かれ、神格化された美の病のイメージも付与されたほど、一つのジャンルを形成していった病でもある。それだけ当時の日本人にとって身近にあった感染症だったわけですが、では実際の市井の患者達の一...

「亡国病」とも言われ明治~昭和にかけて流行した感染症である「結核」。文学の分野では数多の作品が描かれ、神格化された美の病のイメージも付与されたほど、一つのジャンルを形成していった病でもある。それだけ当時の日本人にとって身近にあった感染症だったわけですが、では実際の市井の患者達の一人一人の置かれた状況、患者自身の声を、当時の思想統制や軍国主義(優生思想)の流れと絡ませつつ読み解く。 読んでる最中、コロナ禍の現代にも共通する日本の欠点・利点をあれこれ思い浮かべつつ読了。 患者一人一人の闘病生活はそのまま切実な日々の営みであり、一方で結核患者向け雑誌の投稿欄では己を「患者」という枠から解放する彼らの姿がとても興味深い。現代も近代も変わらない所がある。筆者の真摯な姿勢とあわせて、読んでとても良かったと思える一冊でした。

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2021/10/15

【琉球大学附属図書館OPACリンク】 https://opac.lib.u-ryukyu.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BC05331568

Posted byブクログ

2021/03/27
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

あとがきによると著者が研究に取り掛かったのは2009年からのようなので、現在の状況に向けて書かれたものではないと思うのですが、驚く程現在の状況に重なるものがあります。そして感染症対策について政府の後手や病床の逼迫による自宅療養、患者を追い詰めるような空気などは今にはじまったものではないことが分かります。 病気に感染すること自体が大きな意味を持ってしまう状況で、患者がどのように精神を保ったのか、ということに非常に興味を持っていた自分にとっては、まさに求めていた内容でした。個人の力ではどうにもできないこともありますが、辛い状況を何とか乗り越えようとしてきた人々の様子を知るだけでも励まされるものがあると思います。著者の控え目ながら患者に寄り添うような筆致が素敵です。

Posted byブクログ