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白い鶴よ、翼を貸しておくれ の商品レビュー

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7件のお客様レビュー

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2025/06/29

541ページの厚さのこの本を手にして、読み切られるのか?と心配したけど、そんな心配は無用でした。 アメリカ人宣教師の夫婦がチベットの奥地・ニャロンへ布教に入り、領主と仲良くなる。やがて地域に溶け込み、子供・ポールが生まれる。やがてポールは領主の子・テンガやニャロンの人々と共にゲ...

541ページの厚さのこの本を手にして、読み切られるのか?と心配したけど、そんな心配は無用でした。 アメリカ人宣教師の夫婦がチベットの奥地・ニャロンへ布教に入り、領主と仲良くなる。やがて地域に溶け込み、子供・ポールが生まれる。やがてポールは領主の子・テンガやニャロンの人々と共にゲリラとなり、中国共産党と戦う…。 僧院のラマたちの懐の広さに心が洗われます。その僧院を武力で守るかどうか、駆け引きにモヤモヤさせられます。 文化大革命の結果がどうなったのかは知っているけれど、当時の盲信ぶりが伝わってきました。(私も途中で一瞬、共産党の言い分は正しいんじゃない?と思わせられた) どこでどう折り合いをつけるのが正しいのか、どうしてニャロンの街をそっとしておいてくれないのか。もう、納得いきません。 その一方で、ニャロンの人々が伝統的に性に奔放なところや、遠い街まで略奪しに行く習慣があること、ゲリラとして残虐な行動を良しとするところなどは、複雑な気持ちになります。 読んで良かった。 習慣の違いや宗教の違いを許容する大切さを改めて考えさせられました。

Posted byブクログ

2025/02/21

 自分たちの国で自分たちの暮らしがしたい、ただそれだけ。--チベットはニャロンの戦士たちの戦う理由は実に単純明快。後半の中国共産党との戦闘は、その結果とも言える現在が現在なだけに読み進めるのが苦しくもあったが、野鄙で勇猛な彼らの生き様は眩く爽快だった。  以下の2箇所が、特に心...

 自分たちの国で自分たちの暮らしがしたい、ただそれだけ。--チベットはニャロンの戦士たちの戦う理由は実に単純明快。後半の中国共産党との戦闘は、その結果とも言える現在が現在なだけに読み進めるのが苦しくもあったが、野鄙で勇猛な彼らの生き様は眩く爽快だった。  以下の2箇所が、特に心打たれた表現。 「(前略)もし国家の間に本物の敬意とでも呼べるようなものがあれば、敬意にもとづく責務から、お互いを助け合うようになるだろう。でもそうした本物の敬意がない場合は、まず守りに入ってしまうだろうね」 ※第4部(第31章) ➖➖➖ (前略)人生において本当に重要なのは勝ち負けではなく、自分たちの権利のために立ち上がること。勝ち目があろうとなかろうと関係ない。 ※第4部(第32章)

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2025/06/29

チベットといわれると、思い浮かぶシーンがある。チベットのある仏教都市で暮らす人々(僧侶たちを含む)を追ったNHKのドキュメンタリーで、鳥葬のシーンがあったのだ。死んだ後で自分の肉体を餌として他の生命(鳥、主に禿鷹)に捧げることで、最後の徳を積むということだった。自分は死んでも、他...

チベットといわれると、思い浮かぶシーンがある。チベットのある仏教都市で暮らす人々(僧侶たちを含む)を追ったNHKのドキュメンタリーで、鳥葬のシーンがあったのだ。死んだ後で自分の肉体を餌として他の生命(鳥、主に禿鷹)に捧げることで、最後の徳を積むということだった。自分は死んでも、他の生き物の食べ物になることで、生をつなぐという考えに衝撃を受けた。 そういう考え方を見て、私は仏教徒というと、穏やかで利他的で受動的なイメージを持っていた。 ところが、以前に読んだチベットを舞台の一つとした小説の中に、チベット人は人が悪いというような記述があって混乱し、当作を読んでもあまりに荒々しく激しいチベット人の気性に更に混乱した。 よく考えてみると、大国に囲まれて、厳しい高地の自然の中に住む人たちなのだから、穏やか一辺倒ではいられないのだろう。そんなだったらあっという間に侵略されてしまうし。 で、私のイメージはあくまで偏見なのだと痛感した。そして、たいへんな困難の中でも自分たちのアイデンティティを守り通そうとするチベットの人たちを、とても誇り高い人たちだと思った。 あと、貧富の差が大きく、身分や生まれた場所で人生が決まってしまう時代にあって、中国共産党のイデオロギーってとんでもなく魅力的で、貧しい生まれの人たちを強く惹きつけたんだなと感じたし、やっぱり現実世界で理想をそのまま実現することは難しいよなと思った。

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2022/10/05

今年の1月から数えて、ようやく100冊目に突入! この節目には、(恐らく)人生初のチベット文学に挑戦した。しかも中国の支配下に入る前の話。 1925年アメリカ人のスティーブンス牧師夫妻は、キリスト教布教の召命を受け、チベットのニャロンに赴くことになる。 ニャロンはキリスト教にと...

今年の1月から数えて、ようやく100冊目に突入! この節目には、(恐らく)人生初のチベット文学に挑戦した。しかも中国の支配下に入る前の話。 1925年アメリカ人のスティーブンス牧師夫妻は、キリスト教布教の召命を受け、チベットのニャロンに赴くことになる。 ニャロンはキリスト教にとってまさに未開の地。全チベット人を改宗せん勢いで現地に踏み込んでいく姿勢は、まるでフロンティア・スピリットに溢れた西部アメリカ開拓民のようだった。 その頃のチベットは、他国の権限はおろか、外国人の立ち入りさえ厳しかった。各地域はポンボ(土地の長)によって支配されており、ニャロンの谷の一つもタゴツァン家が支配している。 だからタゴツァン家やラマ(高僧)が布教活動を許可したのが驚きでしかなかった。(同じ仏教国なのに、どこかのキリシタン排斥国とは全然違う) それがタゴツァン家との交流を生むと同時に、最初の悲劇を生み出してしまうのだが… 出立の第1部、怒涛の第2部、友好の第3部、分断の第4部、闘いの第5部(エピローグ含む) 計5部の構成だが、それぞれにテーマがあるとしたらこんな感じだろうか。 少なくともこの5部で、チベットの風習・衣食住の輪郭は何となく掴めた。そして非道な仕打ちを受けた涙の近現代史も。 血気盛んではあるが、他国には絶対に干渉せず、古くからの暮らしをひたすら大切にする人達。何より(一部を除き)みんなおおらかで伸び伸びとしている。 これが、支配前のチベットで生まれ育った著者の記憶にある風景なのかな。 「俺たちの方はたぶん歴史のごみ箱に放り込まれる運命なんだ」 「人生において本当に重要なのは勝ち負けではなく、自分たちの権利のために立ち上がること。勝ち目があろうとなかろうと関係ない」 何故そうまでして支配する?人々の心の拠り所で生活の一部だった宗教まで解体されなきゃいけない? 宗教同士の衝突はよく聞く話だが、今回は無宗教(中国共産党)が脅威に成り代わっている。中国共産党の圧倒的戦力と"洗脳教育"により、彼らの日常が内から、外から駆逐されていくのが耐えられなかった。場面転換の前に本を閉じ、涙を拭いて心を整理してからでないと読み進められなかった。 もっとも喪失感・憤りを禁じ得なかったのは著者の方だろう。1955年ロンドンの大学を卒業したが、生まれ故郷はもはや事実上の独立国でなくなっていた。2007年にようやくチベットを訪れた時、彼の見知った風景は見る影もなかったという。(その失望がエピローグに表れていた)そして、本書が遺作となった。中国の支配が、本書のような新しいチベット文学を誕生させたというのは皮肉なものだ。 本書は間違いなく100冊目という節目に相応しかった。谷のみんなが育み、最後まで消えなかった家族愛・友愛・郷土愛が翼を広げ、より多くの読者の心に届くといい。

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2021/08/01

読みながら、このハマり感、「熱源」と「真夜中の子供たち」を思い出した。これらが好きな人はきっとこの本も好きと思う。

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2021/05/30

一人一人に信念があり、それを否定はできない 信念がぶつかる場面には争いが起こり日常が奪われる マイノリティーとマジョリティーの分かれ道 今では簡単に当たり前に使われる「多様性」 誰もが他人を否定すべきでない。 しかし、多様性を受け入れられる寛大さがあるか。 奪われた人たちに目を向...

一人一人に信念があり、それを否定はできない 信念がぶつかる場面には争いが起こり日常が奪われる マイノリティーとマジョリティーの分かれ道 今では簡単に当たり前に使われる「多様性」 誰もが他人を否定すべきでない。 しかし、多様性を受け入れられる寛大さがあるか。 奪われた人たちに目を向けられているか。

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2021/02/06

人民解放軍が来るまでの、チベット、カム地方の文化、自然、暮らし方、人生観、宗教観記録したという点だけでも十分な価値がある。ストーリー展開も面白く、まるで映画やアニメを見ているようにイメージが豊かに広がる描写力も素晴らしい。中共が入る前、というか、おそらくいつの時代にあったであろう...

人民解放軍が来るまでの、チベット、カム地方の文化、自然、暮らし方、人生観、宗教観記録したという点だけでも十分な価値がある。ストーリー展開も面白く、まるで映画やアニメを見ているようにイメージが豊かに広がる描写力も素晴らしい。中共が入る前、というか、おそらくいつの時代にあったであろう若い世代と年配者、親世代の宗教観や習慣に対する考え方の差異、とか、セブンイヤーズインチベットなどで見られる虫も殺さぬチベット人のイメージとは違う一面も見られたし、かっこよさで名高いカムパのイケメン、勇猛ぶりを存分に楽しめる。チベットに物理的に帰ることはできても、かつてのチベットに帰ることはできない。イギリスやブータンで人生の多くを過ごした著者が亡くなる前にこの壮大な自由を愛し求めるカムパの物語を完成させたことは、生きていること生き続けることの希望を感じさせてくれる。 蔵西さんの帯とイラストも、表紙も、この本の存在そのものが美しい。 輪廻の少年というドキュメンタリー映画をみた。ラダックに転生したまだ幼いリンポチェは、チベットのカムに住んでいた、と前世の記憶をいい、カムから迎えが来たらカムに帰れるのだがまだカムから誰も迎えに来ないと寂しそうに語ったのでこの小説に出てくるテンガやリンポチェたちを思い出し涙が出た。

Posted byブクログ