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日本怪奇実話集 亡者会 の商品レビュー

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4件のお客様レビュー

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2025/04/12

 本書は、かつて<世界恐怖小説全集>の一冊であった平井呈一編『屍衣の花嫁 世界怪奇実話集』の復刊を願っていた編者が、あちらを世界篇としてそれに対するところの日本篇のアンソロジーを編むことで、東西怪奇実話の一対を作り文庫化しようと志して企画、編集したものである(詳しくは巻末の編者解...

 本書は、かつて<世界恐怖小説全集>の一冊であった平井呈一編『屍衣の花嫁 世界怪奇実話集』の復刊を願っていた編者が、あちらを世界篇としてそれに対するところの日本篇のアンソロジーを編むことで、東西怪奇実話の一対を作り文庫化しようと志して企画、編集したものである(詳しくは巻末の編者解説参照)。  明治末から昭和初期、文壇を怪談ブームが席巻したらしい。催された怪談会等に多くの文士や有名人が参加し、実話を披露しそれらを収集するのに余念がなかったとのこと。  第一部には、戦前の怪談実話を代表する田中貢太郎と平山蘆江の作品。自分は辛うじて両者の名前を知っていたが、現在その作品の入手は難しいのではないだろうか。貢太郎の方は比較的淡々とした文章の中に怖さが窺われるのに対し、蘆江は役者や芸者が登場人物ということもあり、いかにも情話という感じだった。  第二部は、平井呈一に所縁の人たちの作品を集めたとして、まず小泉八雲から始まる子、孫、曾孫と続く四代の人たちのエッセイが紹介される。八雲では「日本海に沿うて」が収められているが、あの有名な「兄さん、寒かろう?」「おまえ、寒かろう?」の怪談話は本作にあったのか、と気付いた。  さらに、渋谷道玄坂の下宿屋での怪異を描いた春夫の「首くくりの部屋」と足穂の「黒猫と女の子」の両作品合わせて読むと更に興が湧くし、滝井孝作のポルタ―ガイストを扱った「阿呆由」はちょっと珍しい作。  そして、後半では、鏡花や新派役者の喜多村緑郎、小山内薫、岡本綺堂、徳川夢声といった有名どころの作品が収められているが、畑耕一は初めて聞く名前だし、牧逸馬と黒沼健は高名だが、読むのは初めて。橘外男の「蒲団」は別の本で読んだことがあり今回再読になるが、グロさはあるものの何度読んでもゾッとする良くできた作だ。  (なお、黒沼健「雲散霧消した話亅には、消失、失踪した人の話が紹介されていて、その一つにH.P.ラヴクラフトが失踪して十余年の歳月が経過しているとあるのだが、この話は⁇)  最後の長田幹彦「心霊術」は、エクトプラズムを出すなどすごい力を持った霊媒師と、それを研究する心霊学者たちの様子を描く。その終わり方にやっぱりそうだったかとの思いはするものの、真剣に超常現象を研究しようとしたムーブメントがあった時代の熱気を味わうことのできる好編。  

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2021/12/30

怪奇実話……って響きは魅力的なような、嫌なような。しっかりと作りこまれたホラー小説に比べるといろいろ緩い気がするのだけれど、「実話」という冠が付くだけで恐怖度はぐぐっと増してしまうんですよねえ。じわじわと怯えながらもじっくり読みたい一冊。 再読だけれど、橘外男「蒲団」がやはりダン...

怪奇実話……って響きは魅力的なような、嫌なような。しっかりと作りこまれたホラー小説に比べるといろいろ緩い気がするのだけれど、「実話」という冠が付くだけで恐怖度はぐぐっと増してしまうんですよねえ。じわじわと怯えながらもじっくり読みたい一冊。 再読だけれど、橘外男「蒲団」がやはりダントツで怖い! 起こる怪異も怖いし蒲団に秘められていたものも怖いのだけれど、何が一番怖いって。結局あれが何でどういう因縁があったのかがさっぱりわからないところだと思います。いろいろと嫌なほうにしか想像が働かない……あの部分が明確に描かれていたら、面白くはあってもさほど怖くないんだろうけどなあ。 同じような感じでひたすら怖いのは、田中貢太郎「電球にからまる怪異」。これもまた不明な点の多い嫌さが印象的です。 小泉八雲「日本海に沿うて」はひっそりと怖いながらも、風情が感じられました。「鳥取のふとん」はふとん繋がりではあるけれど、これは切なくて悲しくて、だけれどほんの少しほっこりしてしまう物語でもあります。

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2021/04/22

(借.新宿区立図書館) 実話集ということであっさりした作品も多い。怪というより奇なる話も。後半になると実話という形をとる所謂怪談的なものもそれなりに。個人的には小泉八雲~凡にいたる四代の紀行・エッセイ的な話が興味深かった。

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2020/12/06

さすが「恐いもの怪しいもの」歴40年になんなんとする慧眼編集者・東雅夫君が担当しただけあって選択が渋い。しかし平山蘆江とか今の読者で知ってる人間はどれほどあるのだろうか。蘆江のような新聞の文芸欄担当の記者は花柳界の情報に通じており、そこから得た(もしくは得たという設定の)逸話が多...

さすが「恐いもの怪しいもの」歴40年になんなんとする慧眼編集者・東雅夫君が担当しただけあって選択が渋い。しかし平山蘆江とか今の読者で知ってる人間はどれほどあるのだろうか。蘆江のような新聞の文芸欄担当の記者は花柳界の情報に通じており、そこから得た(もしくは得たという設定の)逸話が多いのだが、若い読者にはこうしたストーリーの背景をなす風習や道徳観、つまり文化がもうほとんど理解できないだろう。惚れた晴れたはあくまで妓女と客の間のみで配偶者は絶対に対象にならないという、わずか90年前なら全国民が共有していた「自由恋愛」観は、もはや想像の埒外になっている。かくいう自分も徳兵衛とお初がなぜ手に手を取って冥土に旅立たねばならなかったか、学部生に講義でいくら説明しても理解してくれず、近松の心中ものの紹介を断念した苦い経験がある。 文芸担当欄記者が花柳界に通じていたのは、この時代芸人が芸妓と切っても切れない関係にあったからだ。田中貢太郎の「唖娘」という小話には伊井蓉峰の弟子だったという新派俳優が出てくるが、これを読むと当時地方巡業では旧派と新派の合同公演があり、両者が日替わりで芝居を打つということがあったことが分かる。地方の観客が新派劇をどのレベルで受け止めていたかが容易に推測できる。新派は特段「改革的」なものではなく、それ故に庶民に愛されたのである。こうしたドサ周りのことを「下廻(したまわり)」と呼んだこともこの作品を読んで初めて知った。 我々が忘れ去ってしまったのは遊女との恋の道のりだけではないのである。

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